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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
245/433

第245話 決着

審判の「競射!」という声が、張り詰めた空気を切り裂く。


張り詰めた空気の中、的が星的へと変えられる。直径36センチの霞的から、わずか24センチの星的へ。見た目には三分の二だが、感覚としては半分以下の面積になったように思える。ほんのわずかな集中力の欠如が、勝敗を分ける。一呼吸の乱れが、弓を引くわずかな力加減が、そのまま結果に直結する。


わずかに、観客席の空気が揺れる。

目に映る的はたった一回り小さくなるだけ。

しかし、引く者にとっては、目の前の世界が半分に縮んだような錯覚を起こす。

その白に、自分のすべてを置かなければならない。


それでも、六人の射手は、誰一人、表情を変えなかった。

心の奥で風が吹き荒れていても、外には出さない。

弓を持つ者の矜持。それが、そこにあった。

この舞台に立つために費やしてきた、想像を絶する練習量と努力。

予想してきたこと。

それが、極限の緊張の中で、彼女たちの心を支えていた。



栞代


弓を構えた瞬間、肩から背中にかけて、さっと冷たい感覚が走る。

白が小さい。息が浅くなる。だが、次の呼吸で、自分でも驚くほど落ち着いていた。

弦を引き、残心を意識する。

「……見えてる」

徐々に、白が輪郭を増し、焦点が研ぎ澄まされていく。

何かを掴み始めていた。

弓を引くという動作が、もはや意識的な行為ではなく、身体の深い部分から自然と湧き上がる流れのようだ。

一本一本の矢が、自分自身の成長を確かめるように、まっすぐ的に向かっていく。

矢が走る。

張りつめた空気に音が響いた。

中心。栞代の胸がひそかに熱くなる。



的場・ナディア・ヴィクトリア・アナスタシア


風が弓をなでる。

ナディアは、ふっと目を閉じてから、すぐに見開いた。

眉ひとつ動かさず、澄んだ横顔が射場の空気を支配する。

彼女は自分自身を絵画にでもするように、背筋をすっと伸ばし、弦を引いた。

矢を離すその瞬間すら、優美な動作。

白い的を貫いた瞬間、観客席の誰かが小さく息を飲んだ。




無表情。

仕草が、機械のように正確だ。

何も考えず、ただ、弦を引き、呼吸する。

紬にとって「的が小さい」という情報は、ただの数字にすぎない。

淡々と弓を引く。

彼女の射は、一切の感情を排した、機械のように正確で美しい。

ただ的に向かう。

矢が放たれる。中心に吸い込まれる。

彼女のまつ毛すら、微動だにしない。



曽我部瑠桜


両手が、ほんのわずかに汗ばむ。

(大丈夫、大丈夫……)

何度も何度も、練習で的を追った日々を思い出す。

「麗霞さんになる」

心でつぶやき、丁寧に矢を番えた。

ぎこちなさはない。

力を込めすぎず、弱すぎず――完璧な弓手で放たれた矢は、星的の白を貫いた。

胸の奥で小さな灯がともる。



杏子


すべての喧騒が遠のいている。

射場にいるはずなのに、どこか高い空の下にいるようだった。

「おばあちゃん、見ててね」

心の内でそっと呟き、弦を引く。

まるで、弓そのものが彼女の身体の一部になったかのように、しなやかで、力強い。

静謐でありながら、内に秘めた圧倒的な美しさを放つ。その姿は、周囲の喧騒を遠ざけ、ただ一人、弓と対話しているようだった。

矢は微塵も迷わず、白の中心を射抜いた。



雲類鷲麗霞


彼女が立つだけで、射場の空気が変わる。

足元から立ち上がる静かな気迫が、まるで見えない炎のように揺らめく。

この舞台に立つことを、誰よりも待ち望んでいた。

彼女の射には、杏子とはまた違う、すべてを超越したかのような威厳が満ちている。

放たれる矢の一つひとつが、まるで自身の存在を証明するかのように、力強く、そして美しかった。

伝統ある流派という背景。

麗霞は瞳を細め、弦を引き絞った。

その動きは、古の武士のようであり、同時にしなやかな舞のようでもあった。

放たれた矢が、星的の中心に突き刺さった瞬間、

観客席の心臓が、一斉に跳ねた。


一射、また一射。

四射、すべて的中。

両校の選手たちは、互いに一歩も譲ることなく、最初の四射を完璧に的中させた。

静寂と緊張の中で、誰もがその矢に、自分の誇りと夢を乗せていた。

射場を包む空気は、ただ張りつめるだけでなく、どこか神聖な光を帯びているようだった。神聖な祈りのようだった。



そして五射目。


栞代は、完全に「無」に入っていた。

もはや完璧の域に達しているようだった。

これまでの疲労も、重圧も、すべてを超越したかのような澄み切った一射。

弓と一体、空気と一体、ただ矢が放たれる感覚だけが身体を満たす。

栞代自身、自分がどこか遠くでぼんやりと弓を引いているかのような、その姿を自らが見ているような、不思議な感覚に包まれていた。

「無の状態とは、まさにこれか」と、ふと、自信が心に生まれた、

ほんのわずか、胸の奥に自信が芽生える。

だがその自信は、慢心と紙一重な感情だった。

その瞬間だった。

矢は、ほんのわずかに的の縁をかすめ、外れた。

通常であれば当たるはずの軌道。

小さくなった的に嫌われる。

わずかに逸れ、的を外す。


「……っ!」

声にならない声が喉に詰まる。

何が狂った? 何が違った?

脳裏が真白になる。

完璧だったはずなのに――。

わずかな慢心が、この一射を狂わせたのだろうか。


その動揺の波は、静かに、そして確実に射場全体に広がっていく。


鳳城高校、大前、的場ナディア。

本来なら、他人の矢など一切関係ない。

城高校の選手たちは、本来、対戦相手の射に左右されることはない。

ただひたすらに自分の弓を引くだけだ。

叩き込まれていたはずの鉄則。

しかし、この勝負の空気に満ちた射場は、あまりにも繊細だった。

栞代が放った小さな波紋は、的場ナディアの心にも届いてしまう。


わずかに肩が強張る。

――外すはずが、ない。

なのに、矢は同じように的枠をかすめて外れた。


どよめきが、しかし声にはならない。

観客席では、手を握りしめる者、うつむく者。

決して声を出せない分、応援席の空気が大きく揺れた。


完璧な射を見せ続けてきた両校。

一本外せば決着がつく、という極限の状況で、互いに矢を外した。

静まり返っていた応援席は、まるで堰を切ったかのように、小さな吐息と、かすかなどよめきがこぼれた。緊張と弛緩が、交互に会場を支配する。



そして、紬。

いつもと変わらぬ瞳で弓を構える。

しかし、全身を襲う疲労は限界を超えていた。

ここまで積み重ねてきた肉体的、精神的な疲労が、彼女の冷静さを奪ったのか。

本来であれば動揺に左右されることのない紬。

だが、放たれた矢が、わずかにぶれる。

星的の白を外れた瞬間、紬の眉がわずかに寄った。


「……まだ、だいじょうぶ……」

追いこまれた状況の中、光田高校応援席で、杏子を、そして光田高校弓道部を最後まで信じる声が零れる。

それを聞いた瑠月が、そっと目尻を拭う。

(おじいちゃん、すごいね。わたしも、信じるね。……杏子ちゃん)


高校生には、この極限の勝負を続けるのは限界なのか。諦めにも似た空気が流れ、鳳城高校の応援席にも、どこまで続くのか。杏子と麗霞の一騎討ちになるのか。そんなムードが漂い始めた。


曽我部瑠桜。

高校で麗霞を知り、麗霞の背中を追ってきた少女。

初めて握った弓を、何度も何度も、泣きながら引いた日々。

ただひたすらに麗霞に憧れ、その射を真似しようと努力してきた。そ

して今も、ただ麗霞を思い、弓を引く。

その想いを込めた矢が、星的の白をかすめて――残った。

的枠ぎりぎりに、鮮やかに。


会場の空気が波打つ。

その瞬間、鳳城高校の応援席から、抑えきれない喜びのざわめきが起こり、光田高校の応援席は、静かに息を呑んだ。勝負の明暗が、はっきりと分かれた瞬間だった。


それでも。

杏子は、変わらなかった。

その切迫した空気の中、全く変わることなく美しい。

静かな風の中に佇むように、淡々と、ゆるやかに、弦を引く。

心は波立たない。

ただひとつ、白い的を貫く未来を、そこに描くだけ。

矢は、凛とした音を残して、真ん中へ吸い込まれた。


最後の矢。

雲類鷲麗霞。

射位に立ったその姿は、すでに完成されたひとつの芸術のようだった。

風も、観客も、すべてが遠のく。

呼吸が、弓とひとつになる。


この場面を待ち望んでいたかのようだった。

重圧に打ち克ち、仲間たちの期待を背負う、堂々とした姿。

誰よりも美しく、完璧な射で放たれた矢は、まっすぐに的の中心に突き刺さる。

誰に言うでもなく、胸の内で呟く。

放たれた矢は、一直線に星的の中央を穿ち、揺るぎない音を残した。


光田高校の応援席に、静かな沈黙が流れる。

会場の全体から、ため息が漏れた。

鳳城高校の応援席が、小さな拍手の波で震える。


射場の風が、優しく頬を撫でていった。

栞代は唇を噛み、紬はただ目を閉じ、杏子は静かに受け入れた。

澄んだ笑みが浮かんでいた。


勝負は、決した。


鳳城高校は、選抜大会の連覇記録をまた一つ伸ばした。

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