第242話 杏子の想い
決勝戦。
――いよいよ、決勝戦だ。
おばあちゃんの夢を叶えたい、そう思ったのはいつからだっただろう。
数えきれない月日が過ぎて、そのたびに弓を握った手が震えたり、痛んだり、時にはくじけそうになったり。
でも、その度に、どこかでおばあちゃんの笑顔が私を引き戻した。
最初は、ただ――大好きなおばあちゃんと同じことがしたかった。
おばあちゃんが全国で準優勝してるのは、弓を始める前から知ってた。
おじいちゃんが散々自慢してたから。
すご~いっ。
そう言いながら、そのときの私はおばあちゃんの凄さも、重さも、分かってなかった。
ただ、ニコニコしているおばあちゃんの隣に居たかっただけ。
いつからだろう。
気づいたら、私は思っていた。
おばあちゃんが届かなかった、金メダル――。
全国大会の金メダルを、おばあちゃんにプレゼントしたい。
あの日、おばあちゃんにその気持ちを伝えたら、やっぱりいつものようににこにこ笑ってたな。おばあちゃんはいつもニコニコ笑ってるから、喜んでるのか分らなかったけど、少なくとも嫌がっては居なかった、はず。
おじいちゃんは違った。
おじいちゃんは反対だったなあ。わたしがやることは、やりたいことは、いつでもなんでもどんなことでもずっと味方だったのに、弓をやること自体は応援してくたけど、わたしが金メダルをプレゼントしたいって言ったら、初めて渋い顔したっけ。
でも今なら分かる。おじいちゃんは自由な人だから。
たとえそれが自分が立てた目標でも、縛られるのはイヤだったんだよね。
大丈夫だよ、おじいちゃん。わたしがわたしの意思で決めたんだから。
それでも、やっぱり一番支えてくれたのはおじいちゃんだった。
全然当たらなくて泣いたあの日も、弦を握る私の手を優しく包んでくれた。
だっておばあちゃんは、当たらなくても、わたしが泣きそうでも、いつもニコニコしてるんだもん。おじいちゃんは慌てふためいちゃうもんね。
それからかなあ、やっぱ、おじいちゃんの前で泣くのはやめようって思ったのは。
いよいよ、あと一歩まできたな。
それにしても。ここまではおばあちゃんも来てるんだよね。
おばあちゃんも、友達や仲間に支えられながら、ここまで来たんだね。
一緒だね。
考えると、今まで三度、全国大会に出るはずだっけど、なんか寸前で出なかった。
悔しいとか全然ない。その時々でちゃんと意味があったから。
最初は花音部長のお願い。冴子部長、沙月さん、それにつぐみにはほんっとに悪いことしたって今なら分かる。あの時は、瑠月さんが出場できるならって一心だったんだ。
去年の選抜大会はおじいちゃんが倒れて、大会出場どころじゃなかったし、今年の高校総体は、つぐみのために、おじいちゃんのめちゃくちゃな作戦に付き合っちゃった。栞代は怒ってたなあ。だから、おじいちゃんのために、そして栞代のためにも、もう一つ、乗り越えなくっちゃ。
だから今が初めての挑戦になる。初めての決勝。あと一歩で――夢が、叶う。
ここまで来られたのは、ほんとにみんなのおかげ。
誰一人居なくても、今わたし、ここに居ない。
そして、今一緒に居てくれる、栞代、紬。
栞代、最初に会った日から、どうしてそこまで?って思うくらい私を守ってくれた。ほんとにずっと側に居てくれた。
ほんと、どうして?
実は切り刻んで食べたいんだって言われても納得しちゃいそう。
こんなこと考えてるって言ったら、栞代、絶対に怒るな。ふふ。
……でもありがとう。
紬は、いつも知らんぷりしながら頑張る、面白い人。関係ないふりしながら、全力を尽くす臍曲がり屋さん。紬はソフィアが来てから随分と変わったね。少しずつ柔らかくなっていくのを見てたよ。
いつも一緒にいてくれてありがとう。
そして――鳳城高校。鳳城高校は凄い。麗霞さんだけじゃない。
強い。上手い。美しい。
その射には品格があって、見ているだけで胸が震える。
本当に、非の打ち所がない。
全く無名だった光田高校にも、一切手を抜かず、全力で弓道というものを示してくれた。
だけど……私たちが勝っているものだってある。
それは、笑いの多さ。絶対に負けないよ、だってうちには、あかねと真映が居るもん。ね、あかね、真映っ。
それから、……頼りなさなら、私が圧倒的に勝ってる。ごめんね、みんな。
鳳城高校は伝統も歴史もある。
そこからくる責任も。
その重さは、きっと私たちよりずっと大きい。
でも。
私は、どうしても見たいんだ。
おばあちゃんの笑顔を。
おじいちゃんの笑顔を。
そして――栞代と紬と、ずっと一緒に歩いてきて、支えてくれたみんなと一緒に笑いたい。分かち合いたい。だって、たまたま代表して弓を引くけど、みんな一緒だもんね。
その気持ちだけは、誰にも負けない。
誰にも。
だから、その思いを表現したい。
中田先生が教えてくれた。
おばあちゃんが教えてくれた。
弓道の素晴らしさ。
結果は自分の力じゃ及ばない。
できることをやるだけ。正しい姿勢を積み重ねることが、美しい射につながる。
先生……忘れてないよ。
おばあちゃんが褒めてくれるように、姿勢をちゃんと整えるからね。
ここまでの全部を出し切るよ。
最高の仲間たちと。
さあ。いよいよだねっ。
栞代っ。
紬っ。
みんな、行くよ。




