表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
241/432

第241話 決勝戦前

通路に飛び出した瞬間、それまで張り詰めていた空気が一気に解放された。

真映は両腕を高く掲げて歓声のかわりに全身で喜びを爆発させる。

「やったっ! やったよ、勝ったぁ!!」

スキップしながら足踏みを繰り返し、まるで夢心地の舞台にでも飛び込むようだ。

つばめは手をぎゅっと握りしめ、目尻に涙のきらめきを浮かべる。

楓はその場で、つられるように跳ね、顔を赤らめて無邪気に笑った。

一華は眼鏡をそっと押し上げ、抑えきれぬ微笑みを浮かべる。

「……勝ちます、次も。」

一華の静かな言葉には、呼吸とともに確かな自信が滲んでいた。

積み上げてきたデータは、鳳城高校の有利と示している。しかし、この程度の分析の差は、弓道のではあってなきがごとし。実際の試合でも、どうしても計れない「おもい」の部分が多い弓道の試合では、予想は遥かに難しい。ほとんど無意味の領域に思える。


「決勝も勝つって言うんだな?! よーし、そんじゃあさ、祝勝会、どんなメニューにする? ケーキ三段重ね? いや、焼き肉食べ放題? いっそ、夢のテーマパーク行っちゃう?」

と、真映が宙に大きく円を描き、次の勝利の味を夢見て小躍りする。

「真映。まだまだ早いよ~。それに、やっぱり当事者の希望を聞かないと~」

と楓が慌てて口を挟むが、「でも、楽しみ……」と顔を赤らめ、小さく呟いた。

四人の心が、射場に向かって静かに重なっていた。

そこには祈りと、誇りと、そして強い絆があった。


あかねとまゆ、そして瑠月は、頼まれている訳では無かったが、杏子の祖父母と寄り添っていた。

祖母はどこか泰然としていて、やはり杏子の祖母だなと思わせるものがあった。一方祖父は・・・・。

たぶん祖母と杏子に「会場では声を出ちゃダメ」と、あらかじめ釘を刺されているのだろう。必死に声を出すのをこらえている様子が、もう見ていて痛いくらいだ。

射場を見つめるその顔は、時に真っ青になり、次の瞬間には真っ赤になり、まるで七変化の大忙し。

口は何か叫びたくてぱくぱく動くのに、音が出せずに喉を詰まらせている。

その不器用で真剣な表情を見ていると、なんだかおかしくて、そして胸の奥がじんわり熱くなる。

(……こんなに全身で応援してくれる人が、杏子にはいるんだ。)

そう思った瞬間、自然と頬がゆるんだ。

三人は、笑いながら、泣きそうにもなっていた。

その横顔を見つめながら、瑠月は胸の奥でそっと願う。

(杏子ちゃん……杏子ちゃんの大好きなおじいちゃんに、夢を叶える瞬間、見せてあげてね……)


冴子は、組んだ腕の上でゆっくりと指を動かしていた。

癖だ。現役のころ、緊張を隠すためによくやっていた。

(杏子……栞代……紬……。お前たちなら、やれる)

胸の奥でつぶやく。

部長として引っ張ってきた日々が、まるで昨日のように胸に戻ってくる。

今は後輩たちの時代。だけどその姿を見つめる瞳は、あの日と何も変わらない。

――誇らしい。そんな想いが、ほんのり熱くこみ上げた。


隣で沙月は、じっと射場を見つめている。

冴子の親友として、ずっと一緒に悩み、一緒に笑ってきた。

だからこそ、彼女は知っている。冴子が杏子をどれだけ信じているかを。

「……冴子、泣きそう?」

小声で茶化す。冴子は肩をすくめて小さく笑った。

その一瞬で、二人は同じ気持ちを共有する。

――ここまで来た後輩たちを、最後まで信じて見届けよう、と。


少し離れたところで、瑠月はまるで母親のようなまなざしで射場を見ていた。

杏子の祖父母と同じ並びに座って、彼女の穏やかな声が時折そっと届く。

「大丈夫ですよ。あの子たちは、ちゃんとやり遂げますから」

その優しさが、祖父のこわばった手を、ほんの少し緩めた。


そして――ソフィア。

彼女は杏子への憧れを胸に抱えたままの留学生。

まるで祈るように、細い指を組んで膝の上に置いている。

(Kyoko……Näin sinun laukauksesi, ja siksi tulin tähän maahan. Näytä minulle tänään hetki, jolloin unelmasi käy toteen.")

(あなたの射を見て、私はこの国まで来た。今日、あなたの夢が叶う瞬間を見せてね)




肩を叩き、笑顔をぶつけ合いながら四人は通路を歩く。

けれど、その道の先、張り詰めた糸のような気配を携えて現れる――

戻ろうとする鳳城高校の一団と、ばったり鉢合わせした。


一瞬、通路に見えない火花が降る。

黒羽詩織の目は鋭く光り、真映を一直線に射抜く。

真映も腕を組み、腰に手を当てて睨み返す。

言葉はいらない。

詩織が肩をポンと叩き、顎でしゃくって無言で挑発する。

真映は両手をぐるりと回して「こっちは余裕よ」と胸を張る。

さらに手のひらをひらひらさせ、「せいぜいがんばることね」と視線だけで伝える。

電流のような静寂――

その張り詰めた空気を割るのは、冴子の涼しげな声だった。


「はいはい、こっち。」

帰りが遅いと心配した冴子が様子を見に来たのだ。部長としての経験か。

冴子が背後から真映の襟首をつまみあげ、一瞬で緊張に水を差す。

「ちょ、ちょっと先輩!? 離してよ! まだ戦闘中なんですけど!」

「いいから、いいから。真映は対戦相手をリスペクトする、という弓道精神を学ぶ必要があるな」

「い、いや、それを言うなら、向うの方こそ~~」

「相手は関係ないの。ったく、杏子は何を教えているんだよ」

「ぎゃっ。辞めて~。冴子部長~。杏子部長は何も悪くない~。わたしが馬鹿なだけえええ」

「部長でも、抑えられない、真映馬鹿度」

一華が冷たい声で呟く。

意気消沈しながら、真映は回収される。


一方、鳳城高校も、前部長の圓城が詩織の肩を軽く叩く。

「はいはい、詩織。うちはうち、行くよ」

「……くっそ、覚えとけよ……!」

詩織は小さく毒づきながら歩き出す。


すれ違いざま、互いにちらりと振り返り、冷たい火花を交わす。

だが、その険しさの中には、互いの実力を最大限に認める者だけに許された、微かな笑みが忍んでいた。

その姿に、通路の大人たちは少しだけ肩を揺らし、苦笑いを漏らす。



場内は、新たな大舞台の胎動に満ちていた。

決勝を待つ会場を、観衆の熱気がぐるりと取り囲む。

悠京ブロック開催の中、鳳城高校は開催県の高校を一回戦、二回戦と破り、その後も組み合わせの妙で、地元、悠京地区の強豪をなぎ倒し、決勝の舞台へ辿り着いた。

地元のブロックの高校のなぎ倒した先の、悠久地区チャンピオン、光田高校との対戦。

誰もが熱い声を押し殺しきれず、拍手は力強い波紋となって会場に広がっていく。

「鳳城に負けんな」「光田、仇討ち!」

そんな雰囲気が場内に満ちている。

呼応するように審判もスタッフも、その場の重みと一体感を感じていた。


弓道の舞台は静謐。確かに物音はしない。しかし、会場そのものが大きな野生動物のように息を潜め、刹那の高揚をうずめていた。

完全なアウェー――鳳城高校にその空気が襲いかかる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ