第24話 三年生の地区予選
地区予選前日。光田高校弓道部は、団体戦形式の試合練習を繰り返していた。鳳城高校との練習試合以来、緊張感のある本番さながらの練習が続いていた。最後の練習では、5人で20射中15射的中。コーチも「この調子を維持すれば予選突破は確実だ」と太鼓判を押すほどだった。
ただし、試合前日ということで、居残り練習は禁止された。メンバーから外れた奈流芳瑠月は、自分が道場に残っていてはメンバーに気を遣わせるだろうと思い、練習ノートを書き終えると、一足先に道場を後にした。
その時だった。
コーチに呼び止められた。
「瑠月さん、少し付き合ってほしい場所があるんだ。突然で申し訳ないが、時間取れるかな?」
特に予定はなかったが、家に遅れる旨を伝えるために急いで電話をかけた。そして、コーチの車に乗り込む。しばらく走った後、車は小さな弓道場の前で止まった。学校の道場よりも一回り小さく、どこか可愛らしさを感じさせる建物だった。
弓道場の中に入ると、そこには見覚えのある三年生たちがいた。瑠月は思わず息を呑んだ。この二週間、部活に顔を出していなかった三年生たちが、こんなところで何をしているのだろうか。弓道部の部員なのだから本来は当然であるのだが、弓道場と三年生──その取り合わせが、瑠月にはどうにも結びつかなかった。三年生たちは少しばつが悪そうにしている。
「実はね、鳳城高校との練習試合の後、三年生はここで練習を続けていたんだよ。」
コーチはそう言ったあと、なぜこういうことになったのか、事情を一通り説明してくれた。最後に、核心となる言葉を口にした。
「明日の団体戦、瑠月さんに三年生チームの一員として出場してほしい。」
「男子は丁度5人居るが、女子は団体戦に出場するには一人足らない。そこで明日、瑠月さんに三年生のチームとして、団体戦に出てほしいんだ。」
瑠月は驚きのあまり、言葉が出なかった。三年生がひそかに練習していたことにも驚いたが、それ以上に自分がそのチームの一員になるとは思いもしなかった。しかし、高校弓道の花形とされる団体戦に出られる機会を前に、迷いはなかった。
「わかりました。よろしくお願いします!」
瑠月は三年生たちに頭を下げ、挨拶をした。その後、すぐに試合形式の練習が始まった。彼女の立ち位置は、落ち(最後)に決定した。
瑠月の決意
レギュラーメンバーから外された悔しさをバネに、瑠月はこれまで以上に練習に打ち込んできた。コーチの指導を受け、それこそ、深澤先生に言われた、メンタルトレーニングは24時間できる、という言葉を信じて、明るい挨拶から寝る前のイメージトレーニングなど、できることは全てしてきた、そのことに関しては自信もあった。その成果が、確実に形となって現れつつあった。
一方、三年生たちは、実質二週間ではあったが、入部時には一応は練習していたこともあって、それなりに形にはなっていたが、まだまだ時々中る、という感じだという。
三年生は団体戦に出るために努力を重ねていた。目標は、「試合で一射当てること」。メンタルコーチの深澤先生からも直接指導を受け、その目標を胸に抱いていた。
三年生たちの目には、以前とは違う輝きがあった。瑠月は、その目に込められた真剣さに気づき、当然ながら明日は自分も全力で挑もうと決意した。全員の目標が叶ったイメージトレーニングを全員で繰り返した。
明日は、学校に集まることはせず、こちらに集まって、三年生と行動を共にして欲しい、とコーチに言われた。もう、同じチームだから、当然だ。
明日はがんばりましょう。
そう声をかけてから、コーチに家まで送ってもらった。
地区予選当日
翌朝、瑠月は三年生と合流し、小さな弓道場で練習をした後、会場へと向かった。男子チームは惜しくも目標に届かなかったものの、女子チームは全員が目標を達成。瑠月は4射中3射をあて、県大会への個人戦の出場権を得た。
試合後、三年生たちは、目標を達成できた喜びを爆発させた。それまでの辛い日々が報われた瞬間だった。試合会場で、全員が自然とひとつの笑顔になった。「同じチームで目標に向かって頑張る」。その素晴らしさを、全員が実感していた。
瑠月もまた、団体戦の魅力を改めて感じ、喜びに満たされていた。この日が、高校弓道における忘れられない一日となることを、彼女は確信していた。
光田高校弓道部の3年生たちが的中を出したということは、部員たちの間に大きな波紋を広げた。当初は杏子に嫌がらせまでしていた彼女たちが、わずか2週間の練習で的中を果たしたのだ。
この変化の裏には、拓哉コーチの反省と的確な助言があった。そして、メンタルコーチの深澤先生も3年生たちを個別に訪ね、アドバイスを送っていたのだ。
三年生が的中を出した時、Bチームのメンバーには複雑な空気が漂っていた。同じ3年生の花音は心から喜んでいたが、2年生の冴子と五月、そして1年生のつぐみの表情には、微妙な陰りが見えた。
花音は迷うことなく、同じ3年生たちの元へと駆け寄った。その姿を見て、部員たちの視線が自然と集まる。
「びっくりしたよ、いつ練習してたの?」
花音の率直な問いかけに、3年生たちは少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。その時、瑠月が近づいてきて、状況を説明し始めた。
「私も昨日聞いたんだけど、練習試合に鳳城高行ったあとぐらいから、練習してたんですって。最後の最後にがんばりたいって感じみたい」
瑠月は続けた。「それで、最後の公式戦に出るためにって。丁度私が加わったら5人になるからってことで、団体戦に出たの」
「そうだったんだ。でも、2週間で、ひとつあてたんだから、大したもんだよ」
花音の言葉に、3年生たちは照れくさそうに頷いた。
「ああ、ありがとう」
「どこで練習してたの?」
「前の顧問という中田先生のところの道場でさ」
「ああ、そうだったんだ。杏子が行ってたところだね」
その言葉に、3年生の一人が嬉しそうに話を続けた。
「そうなんだよ。そこからばれないうなって思ったんだけど、気恥ずかしい思いがあったから、内緒にしてって言ったら、その約束を守ってくれてさ」
「そうだったの。杏子の凄さが改めて分かったでしょ」
「そうだね。でも、今、徐々に弓道の楽しさに目覚めてきたところなんだ」
「それはいいことじゃない」
「練習は続けるの?」
「うん。続けようと思う。ただ、花音たちには県大会があるだろ。だから、私たちは、もう少し中田先生にお世話になろうと思う」
「そうなの。学校で練習してもいいんじゃないの?」
「いや、まだちょっと気恥ずかしいな。だから、もう少しこのまま練習するよ」
「分かった。でも、今回は本当に凄かったよ。ひとつ当てるのがどんだけ大変かよくみんな知ってるから」
花音の言葉には、純粋な祝福の気持ちが込められていた。しかし、その場面を見ていた他の部員たちの胸の内は、複雑な思いで満ちていた。
ただ一人、杏子を除いて。杏子は、三年生に嫌がらせをされた張本人ではあったが、もう過去のことは過去として、一切のわだかまりはなかった。
つぐみは窓際に立ち、外を見つめながら考え込んでいた。自分は中学時代から弓を引き、数々の大会で結果を残してきた。それなのに、たった2週間での的中。素直に祝福する気にはなれなかった。しかも、入部の目標を発表する時の、杏子への態度は、とても許容できなかった。
冴子と五月は、お互いに視線を交わしながら、複雑な表情を浮かべていた。日々の厳しい練習の中で、一本の的中がどれほど価値あるものか、彼女たちは身をもって知っている。その重みと、3年生たちの急激な成長の間で、気持ちは複雑だった。
杏子は静かに柱に寄りかかり、遠くを見つめていた。中田先生の道場で練習していた事実を知らなかったことよりも、3年生たちの中に芽生えた弓道への真摯な思いを感じ取っていた。それは、彼女自身が持つ弓道への純粋な愛着と、どこか通じるものがあった。
栞代がそっと側に来て、肩を抱いてくれた。
道場に流れる複雑な空気の中で、花音だけが、迷いのない笑顔で3年生たちを祝福し続けていた。その純粋な喜びは、やがて他の部員たちの心にも、少しずつ染み渡っていくように思えた。




