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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
239/433

第239話 静と焔の競射

射場の空気が、重たくなる。

観客席のざわめきが遠のく。

選手たちの呼吸が、かすかな風音のように響く。


練習試合で決着の付かなかった両校。

かぐやが待ち望んだその決着の瞬間が迫ってきていた。

競射。

的の大きさが変わる。

数値の三分の二は、半分以下に見える。

僅か一分ほどで結果が出て行く。

精神力を削りながら立ち上がってきた両校に、さらなる精神力を要求する。


だが、もはや別次元で弓を楽しんでいる杏子。

そして、別格なのがもう一人。幼いころからの訓練、そして備えられた素質、並外れた闘争心、全てを弓に捧げてきた篠宮かぐや。


「静かに流れる水の如く穏やかな杏子、闘士剥き出しに燃え盛る火焔のかぐや」。


この二人が、それぞれが信頼するチームメイトと共に、雌雄を決する。

本的では決まらなかった勝負、いまその終着点へと挑む。


審判の声が落ちる。

「競射を行います。」


一巡目。

栞代、妃那、それぞれが杏子、かぐやにずっと寄り添い支えてきた。

栞代が弦に触れる。

心臓が跳ねる音が、自分の耳にだけやたら大きい。

だが、わずかに弓手が震えた。

放たれた矢は、静かに外れる。

――「あっ……」栞代の喉の奥に響く息。


妃那は視界をかぐやで満たし、背筋を固める。

弦を引き切り、矢を離す。

妃那は唇を噛み、震える膝を叱った。


そして、紬、舞鈴。芯の強さと冷静さで、チームの輪を崩さず、誰よりも確かな場所からチームを、杏子を、かぐやを支えてきた存在。

紬は無表情のまま、呼吸を一つ。

今この時、この瞬間だけ。

弦が鳴る。

音だけが残り、紬の目は動かない。


桐島舞鈴は眉をひそめ、息を整える。

弦を引くが、わずかな乱れが指先を抜けた。

舞鈴の胸がひやりと冷える。


疲労のピークを超えた4人は、続けて外した。


穏やかな風を纏う杏子。

荒れ狂う嵐のかぐや。


杏子はゆっくり弦を引き、宇宙を漂うような視線で的を見ていた。

(おばあちゃん、見てる?)

その気持ちすら、弦音を澄ませるだけ。

完璧。空気すら動かない。


篠宮かぐやは闘気をむき出しにし、炎のような視線で的を射貫く。

(杏子……見てろ……!)

弦を引く腕が燃える。

矢が刺さった瞬間、射場がわずかに震えた。


一巡目終了 1-1。


二巡目


栞代の弓手が汗をかいている。

迷いの中、自分を責める。

深呼吸、だが頭に雑念がよぎる。

放った矢は、またしても外れる。

胸の奥がつぶれるように痛む。


真壁妃那は、心を必死に引き戻した。

(揺れるな)

弦を引く。

音が芯を貫く。


紬の瞳に変わらぬ光が宿る。

今この時、この瞬間だけ。

放たれた矢が、確かに的を打つ。



桐島舞鈴。

彼女の矢に、重圧がのしかかる。

的に届けば、確実に勝利を掴める。

その重圧が指先を微かに硬直した。

その瞬間、観客席の息を飲む音が耳に届く。

一瞬歪む。


迎風のように落ち着く杏子、吹き荒れる疾風のかぐや

杏子はやはり、悠々と弦を引く。

その世界には、相手も、緊張も、勝敗も、時間も空間も無い。


かぐやは額に汗を光らせながらも笑っていた。

(これだ……この戦いだ……!)

矢が刺さるたび、彼女の瞳が燃え立つ。


二順目終了 2-2。(合計3-3)


三巡目


栞代は目を閉じた。

杏子と過ごした日々が、脳裏を駆け抜ける。

(あの時間を信じるだけでいい……!)

放った矢は、力強く的を貫く。


真壁妃那は限界を超えた心で的に向う。

かぐやのために、もう一度。

弦を引くが――腕が震えた。

音が空気を裂き、妃那の肩が小さく揺れた。


紬の矢に、勝負の重さがのしかかる。

決まれば。勝てる。あの紬が揺れる。

放たれた瞬間、わずかな狂いが弦を抜けた。

その音に、射場が凍りつく。


桐島舞鈴は、泣きたい気持ちを押し殺し、最後の矢を番えた。

一瞬前は勝利が掛かった。

この瞬間、外せば敗退。

信じて弓を引く。その音は、鳴弦館に残された希望の音だった。


杏子は最後まで変わらない。

静謐に凛とした姿を見せる。一切動じない。

勝負とは別次元の空間に存在するかのように、全く乱れず的中。

どこか遠い、星空の下で弓を引いているかのような穏やかさ。

その一射は、静寂の中に凛と響いた。

見るもの全ての心を掴んでいた。


そして、篠宮かぐや。

矢を番え、呼吸を整え、闘気を燃やす。

猛り狂う気迫を弓に表現するかぐや。

杏子と並び、すでに的中することを前提に全てが進んでいる。

だが、一瞬その表情が緩む。

その矛盾に、わずかに矢が逸れる。


かぐやの目が、わずかに見開かれた。

なにかがあった。

舞鈴は確信する。

妃那は視界の中に、かぐやの弱点を認めた。


2-1。(合計5-4)


「……勝者、光田高校!」


射場に歓声が轟く。

抑えられた拍手が会場を支配する。

栞代は肩を震わせ、紬は静かに目を閉じ、杏子は見えない星を見上げていた。


光田高校は、栞代は、紬は、杏子は、厳しい試練の扉を静かに押し開けた。

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