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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
238/433

第238話 準決勝

控室の隅。

「鳴弦館高校戦まえに」と書かれた、一華に渡されたメモを、栞代がゆっくりと開いた。

射場に向かう直前の、ほんの数分。

空気は張り詰めているはずなのに、そのメモが妙な緩さを運んでくる。


そこには、走り書きのような文字が並んでいた。


桐島舞鈴

普段は起きてるか寝てるかわからぬ目をしているが、その実、勝負になると人が変わり、狼の目になる。裏表しかないタイプ。決して油断してはイケナイ。


真壁妃那

忠実なかぐやのおもり係。だがその実力は本物。対策は、かぐやを慌てさせること。気持ちが矢よりかぐやに向く。かぐや愛も本物である。


篠宮かぐや

劇場型の天才。弱点は彼氏。対策として、アメリカの彼氏にハニートラップを仕掛けることを提案する。だれか親戚、アメリカ、ロスに居ない? それとも瑠月さん派遣する? 冴子元部長じゃ、ちょっとねえ。真面目すぎるしねえ。


栞代は眉間にしわを寄せて、思わず吹き出した。

「……なんだよこれ?」

彼女はメモを杏子と紬に差し出す。


紬はちらりと目をやり、すぐに視線を逸らす。

「……これは、わたしの課題ではありません」

その冷ややかな言葉に、栞代はさらに肩を揺らした。


杏子は目を細め、ほんのり笑顔を浮かべる。

「元気付けようとしてるんだね……。」

その声音は柔らかい。


「……これ、絶対に真映の仕業だって、証明されたな。」

栞代が呆れたように言うと、杏子も紬も、ほんの少しだけ表情を和ませた。


控室の外からは、観客のざわめきと、射場を調整する音が遠く聞こえる。

嵐の前の静けさ――鳴弦館高校の三人は緊張の固まりになっている。なのに、光田高校の三人はそれを忘れている。

その笑顔のまま、肩の力を抜き、深呼吸を一つ。


「……さあっ」

杏子の短い言葉に、紬が無言で頷き、栞代が小さく「うん」と返す。


三人はリラックスした表情のまま、しかし瞳の奥に鋭い光を宿し、

静かに扉を押し開けた。


いよいよ――

篠宮かぐや率いる鳴弦館高校との対決である。


射場に立つ六人――光田高校と鳴弦館高校、運命を分ける試合を前に。12月の冷気が道場を満たし、吐息さえ白く舞う中で、空気は針のように張り詰めていた。


的前から28メートル。安土の土の匂いが、冷たい空気に混じって漂う。射場の檜床に響く足音、弓を握る手のかすかな摩擦音――普段は気にならない些細な音までもが、今は鼓膜を震わせている。


観客席の静寂は、まるで波一つ無い海のようだった。


審判の「始め!」が遠くに聞こえた瞬間、ひとつの小さな波が現れた。


栞代は、よし、と心の中で呟いた。いける。いける。さあ、みんな、行くよ。


光田高校 大前 栞代 一射目


弦を引き切るその瞬間、

――「大丈夫、大丈夫」と繰り返す声の裏で、

(あれ……? いや、リズムが違う。肩が……また……?))

大前として最初に矢を放つ重責が、無意識に体を固くしていた。

微細な違和感が走った。

ピシッ――×

力みによる濁った弦音が射場に響き、矢が的の外側へ吸い込まれていく。

心臓が小さく跳ねた。


鳴弦館高校 大前 真壁妃那 一射目


真壁は足踏みを決めると、静かに息を吐いた。

かぐやの視線を背中に感じながら、胸の奥で誓う。

(……落ち着け。今ここで揺れるな。私が流れを作る。)

弓を押し開き、会に入る。一拍の間――

カーン――〇

澄んだ乾いた音が射場を貫き、狙い通りの的心。

狙い通りの中心。

一射決めて、胸の奥で小さく頷く。


紬 一射目


栞代の外しが視界に映ったが、紬の心に波は起こっていない。

(それはわたしの課題ではありません)

紬の射自体というよりも、その表情は、まるで精密機械のようだった。周囲の波乱を一切受け付けず、ただ自分の射法八節のみを粛々と実行する。

淡々と弦を引き切り、淡々と離す。

コォン――〇

音が空に溶ける。

紬は動かない。表情も、呼吸も。


鳴弦館高校 桐島舞鈴 一射目


舞鈴の指先に、汗がにじむ。

(……勝つ、勝つ、勝つ……勝つっ)

ほんのわずかの揺れが、矢に乗った。

――×

かすかな音が、耳に痛いほど響く。

「……っ!」

舞鈴は眉一つ動かさず、ただ呼吸を整えた。



杏子 一射目


杏子は、遠くの何かを見るような目をしていた。

杏子の世界には、時間の概念すら存在しないかのようだった。

誰もが張り詰めている中で、打起こしから離れまで、まるで呼吸をするように自然で、その矢は「射られる」のではなく「引き寄せられる」ように的心へ向かう。

――〇

射場の空気を浄化するような澄んだ弦音。

まるで当たり前のことのように。


鳴弦館高校 篠宮かぐや 一射目


かぐやは獲物を狙う獣のような視線で的を射る。

(……ぜったいに外さん。わたしが決める。)

体全体から闘志が滲む。弦が張り詰める。

力強い会から、鋭い離れ。

――〇

観客席から小さなざわめきが起こる。

「さすが……」


一射目結果:光田2中 鳴弦館2中


二射目・三射目・四射目 ― 拮抗する戦い


栞代。

二射目、肩をほぐすように深呼吸する。

(……落ち着け。いつもの射を。チームのために。)

――〇 命中。

しかし三射目、再び力みが走る。離れが早い。

――×

(……また……!)

四射目でようやく呼吸を整え、本来の弦音を取り戻す。

――〇

(……よし、これだ……!)


真壁妃那。

真壁は一射ごとに小さく息を吐きながら、全てを的心へ運んでいく。

(……大丈夫。かぐやに背中を預けられる射を。)

二射目〇、三射目〇、四射目〇。

鳴弦館の大前として、完璧な仕事を果たした。


紬。

紬はただ淡々と、弦の音だけを積み重ねていく。

(…………………………)

二射目〇、三射目〇、四射目〇。

表情ひとつ変えず、呼吸すら乱さない。


桐島舞鈴。

舞鈴は外した自分を叱るように、静かに目を閉じた。

(……私は、やれる……!勝つんだ。勝つんだ……!)

二射目〇、三射目〇。確実に修正していく。

しかしリードしたと思った四射目、再びほんのわずかな震えが走る。

――×

唇をかすかに噛む。


杏子。

相変わらず、何かに守られているような、ベールで包まれているように杏子のまわりだけ空気感が違う。穏やかで。落ち着く。

全ての矢が、まるで自然の摂理のように的の中心へ収束する。

二射目〇、三射目〇、四射目〇。

彼女の世界には、敵も、緊張も、存在しないかのようだった。


篠宮かぐや。

かぐやは気迫を前面に押し出し、観客すら圧倒する矢を放ち続ける。

(……負けるわけがない。杏子、お前ごときに。麗霞を倒すのはこの私だ……!)

二射目〇、三射目〇、四射目〇。

闘志を矢に込めて、完璧な皆中。

観客すら圧倒する矢を放つ。

同点という運命


結果発表を待つ数秒間が、永遠のように感じられた。

「光田高校、10中。鳴弦館高校、10中。」

――同中。


結果、光田高校も鳴弦館高校も、放たれた矢は10対10。

どちらも譲らず、どちらも崩れず――

審判の声が響く。


「競射を行います。」


栞代は矢を握り直し、深く息を吐いた。

(……ここからだ。まだ、終わらない。)

紬は淡々と弦を見つめ、

杏子は、ゆっくりと次の矢を。


そして、鳴弦館のメンバーも。一切ひるんでは居なかった。


嵐はまだ、これからだ。





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