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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
236/433

第236話 準々決勝

試合会場に入る寸前、一華がさささっと寄ってきた。

「……はい、これ」

一華が差し出したメモは、小さく折りたたまれていて、角がきっちりそろえられている。

「最後のデータです。対戦相手の傾向も書いてますから、参考にしてください。」


栞代がそれを受け取る。

栞代がメモをポケットに入れ、三人は一華の顔を見た。

「……ありがとう、一華。」

「……いってらっしゃい。」

一華はそれだけ言って、小走りにみんなのところへ戻った。


控室の中、静かに腰を下ろした三人。

栞代がさっきのメモを広げる。

「さーて、対戦相手のデータか。コーチはいつも、相手は関係ない、自分の射をすることだけを考えろって言ってるけど、こうしてデータを見るのも面白いな」

ページをめくると、そこにはびっしりと分析が書き込まれていた。

雲類鷲麗霞、篠宮かぐやはやはり別格の実績を残してる。

「さすがだな、一華。全部集めてるんだなあ」


厳敷高校のデータも見る。安定して強い。

「まあ、今これ見ても、やることやるだけだけどな」

栞代が続いて、呟いた。

「あれ?なんだよ、これ?」杏子と紬が覗き込む。


《部外秘》光田高校戦力分析。《極秘》

《栞代:並ぶものの居ない勝負強さ。統計上、勝負の決まるポイントで外したことが見あたらない。逆に直後に相手が外すことが多い。目に見えない力があるようだ。統計に現れない、統計泣かせの強さがある。大嫌いだ》

《紬:冷静度MAX、勝負所だろうが関係ないところだろうが、常に同じ。論理上、勝負に関係ないところは当てて、大事なところで外すことがあるはずなのにそれはない。分析できない。大嫌い。》

《杏子:命中率100%、弓さえ握らせれば宇宙人。地球人には理解不能。もう嫌。勝手に当てて。》


「……なんだこれ?」

栞代が呆れ、杏子も目を丸くしてから、じわっと笑みが広がった。

「……えへへ……元気づけてくれてるんだね。」

「これ、絶対に一華の仕業じゃねーな」

栞代は静かに、けれどほんのり口角を上げている。

「……冷酷で冷酷なのが分析ですっていつも言ってて容赦ないのに。なあ、紬」


「それはわたしの課題ではありません」

紬のいつもの言葉にも、力が籠もっている。



-----------------------------------

射前の気配


冬晴れの陽光が射場の檜床を鏡のように照らし、わずかな冷気が矢道を流れていく。

観客席から遠く、風も届かない静寂の中で、わずかに弦音が木霊している。


控室を出る時には、杏子はすでに「別人」だった。

普段のふわりとした空気が消え、視線は真っすぐに的の奥へと伸びている。

その背に、栞代と紬が立つ。三人の足元に、長い影が並んで伸びていた。


対する厳敷高校。

大淀奏依おおよど・そいは小柄な体躯からは想像できないほどの落ち着きを漂わせている。指導者交代で急伸、今大会での成長は目覚ましい。伸びやかに弦を引き、隠された才覚を感じさせる射。

瀬良咲良せら・さくらも、指導者交代により久々に明るさを取り戻し、本来の素質をのびのびと発揮している。

野蒔柚葉のまき・ゆずは――つぐみと二人三脚で磨いてきた弓への想いを胸に、杏子への勝利を誓い、鋭く的を見据える。

“新生・厳敷”と称される三射手が並んだ。



審判の合図。

「始め!」


【一射目】

まずは栞代。

肩で息を整え、弦を引く。澄んだ弦音が芯を射抜き、光田が先手。

〇 的の中心を射抜いた。


紬はわずかに瞼を閉じ、無音の時を過ごすかのように矢を放つ。呼気すら乱さず中心。

〇 動じない命中。


そして杏子。

張り詰めた空気の中で、なぜか彼女の放つ弦音だけは柔らかく澄んで響いた。矢が吸い込まれるように真ん中へ。観客席にからため息と歓声。

〇 完璧。異次元。 


光田高校は横皆中。全員的中という最高のスタートをきった。


対して厳敷。

大淀、瀬良が外す。一射めのプレッシャー。対光田高校というプレッシャー。しかし野蒔は踏ん張った。深い会から鋭く離れ、乾いた音。


光田3中―厳敷1中。

だが厳敷の空気は切れていない。


【二射目】


時間が伸び縮みする。

栞代は肩の力を抜き、二射目も的を射抜いた。

紬は冷たい瞳で的を見据え、またも命中。

杏子は……ただ静かに放つだけで、矢は吸い込まれる。光田、揺るがず三連中。


一方、厳敷はここで勢いを取り戻す。

大淀、瀬良、野蒔――三人ともが、まるでリズムを得たように弦を鳴らす。

「……本当に“新生”なんだ。流されず踏みとどまったな」冴子が呟く。


光田6中―厳敷4中。射場の静けさは逆に耳鳴りのような圧となる。


【三射目】

若干射のペースの早い厳敷高校が先に引き始める。

大淀 〇――覚醒したかのように的芯。

瀬良 〇――笑みを浮かべ会に入り、離れも柔らかい。

野蒔 〇――三射連続のど真ん中。観客席がどよめく。


光田高校は、栞代が気持ちをぶつけるかのような見事な射を見せるが、紬が外周を擦る。審判の判定は惜射。この大会は、光田高校の地元ではないが、同ブロックの準地元。対して厳敷高校は、古からの敵となる県の高校。完全に会場は光田贔屓で占められていた。表面上は大きなため息のみだったが、強い不満な空気が漂った。

そのような喧騒をまるで意に介さず、杏子はいつもの通りの姿を見せる。


光田8中―厳敷7中。会場にも緊張の色が広がり始める。


【四射目】

流れに乗った厳敷高校が魅せる。

大淀 〇 ― 3連続的中で厳敷高校の応援席が息を呑む。

瀬良 〇 ― 指導者交代後の、伸び伸びした射が光る。

野蒔 〇 ― 四射皆中。観客席のつぐみが思わず頷く。


対して光田高校、

栞代 ×―若干、 離れ際に違和感、右脇が甘くなり外す。

紬 〇 ― 一切表情を変えず中心へ。

杏子 〇 ― 弦音がひときわ澄み、矢は一点を貫く。


栞代は微かな違和感を感じていたが、紬は変わらぬ静けさで命中。杏子は、変わらぬ異次元で的を貫く。ある意味光田高校らしい粘りと安定をみせて踏ん張った。


結果10対10。

審判の声が響いた瞬間、会場が小さくどよめいた。

(……競射だ。)

「わし、心臓持つかのう?」あながち冗談とも思えない弱音を吐く杏子の祖父に、祖母がそっと手を握る。

全員が的前から視線を外せず、試合は競射へ。


競射

一順目

目の前に迫る勝利に、しかし、厳敷高校に再び緊張が走る。

大淀――弦を引き、しかし力がわずかに余り、外す。

瀬良――外す。

野蒔――弦音が鋭く響き、〇。


一方、光田高校も。

栞代も違和感を制御できず、紬も惜しい矢を見せる。そんな中、杏子は変わらず美しい姿を魅せる。


1対1。静寂だけが重い。競射続行


二順目


大淀――呼吸を整え、今度は見事な弦音。〇

瀬良――まだ肩に力が入り、外す。

野蒔――真っすぐな目が的を貫き、6本連続皆中。観客席がどよめく。〇。


栞代――またも微かな違和感が残り、外す。連続の黒星に眉が揺れる。

紬――冷たい光のように放たれ、冷えた空気を切り裂き中心へ。〇。

杏子――呼吸を澄まし揺らがぬまま、〇。


2対2。張り詰めた弦がさらに細くなる。競射続行。


三順目 ― 決着

体力的には余裕があっても、弓は精神力を削っていく。競射にもなれば尚更だ。


大淀――深呼吸するが、わずかにぶれ、×。唇を噛む。

瀬良――集中力を取り戻し、自分の強みを持ち直す。〇。

野蒔――的中を続けてきた分、蓄積された疲労は大きい。その瞳にはまだ炎があったが、わずかにずれ、×。


栞代は全てをリセットし、杏子と初めて弓を握った感覚を思い出す。握り直し、射場の全てを静かにした。――〇 違和感が消えた瞬間、、弦音が射場の湿気を払う。

紬――わずかに肩が緊張し、的皿をわずかに外周。表情は動かず。×。

杏子――その瞬間も、まるで時間を超えたかのように弓を引く。離れた瞬間、射場の空気が一拍止まる。次いで的芯の乾いた音。時間を、空間を超えたかのような的中。宇宙人であることを証明する。


光田2中、厳敷1中。勝負あり。



控室に戻る。

栞代は弓を置き、深く息を吐いた。競射で二度外した悔しさは残るが、最後に自分の弦音を取り戻した感触が胸を支える。

「杏子に教えてもらったことを一から思い出してなんとか。杏子、ちょっと見てくれるか」杏子が指摘する。違和感を探る。

紬は矢を揃えながら、的の縁に残った自分の矢痕を今も無言で見つめているようだ。

次への修正点を静かに刻む。

杏子はお守りがわりの弓を離そうとしない。その横顔からは、透明な笑みだけが残っていた。


厳敷の三人が来て礼を交わす。

野蒔は拳を握りしめつつ、「杏子さん、ありがとう」と小さく呟いた。大淀は敗れてなお胸を張り、瀬良は唇を結びながらも仲間の背を叩いた。「こんなに楽しい敗戦もないね」

「優勝してください」野蒔が、大淀が、瀬良が、想いを託す。


勝者と敗者を越えて、弦音だけが澄み渡る。静寂は裂けたが、矢の軌跡は、まだ先の空へと伸びている。










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