表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
235/433

第235話 決勝トーナメント 準々決勝前に

通路の片隅。

照明は少し暗めで、試合会場から届く弦音がかすかに響いている。

試合は続き、選手たちは深呼吸をしながら順番を待っていた。


短い空き時間ではあったが、少しでもみんなの顔を見たくて、杏子たちは通路にでてきた。


「……杏子部長っ!」

一番に駆け寄ってきたのは、やっぱり真映。

頬をほんのり赤くしながら、声を張り上げる。

「見事にいっつも通りでしたね! この調子でオーケーっっ。でもでもでも、今日は絶対優勝するから! 安心してください。失格だけ気をつけてください。だってわたしが付いてますからっ!!」

杏子に抱きつき一気に話す。

肩を揺らし、拳を握る真映の勢いに、杏子は目を丸くしたまま「う、うんっ」と答える。


その横で、あかねがにっこり笑って真映の頭をぺしっと軽く叩く。

「プレッシャーかけてどうする? ま、弓を握れば杏子にはなんの関係もないけどな。……杏子にはなんの心配もしてないよ。弓が折れたら大変だけど、あれだけ手入れしてるし、み~んなで、杏子の弓と矢は何度も点検したからなっ」

杏子はこくりと頷き、胸の奥が温かくなるのを感じた。


「おいおい、オレと紬には激励の言葉なしか?

栞代がつっこむと、あかねが

「杏子がしっかりしてたら、なんとかなるだろ。とはいえ、もちろん、栞代、そして紬、二人のこともちゃ~んと応援しているから、安心しろ」

「知ってるよ」

栞代が苦笑いしつつ、応えたら、すぐに紬が

「それはわたしの課題ではありません」と呟く。


ソフィアが、そんな紬の手を取る。

「Tsumugi、Molemmat, muista tämä… (つぐみ、みんな、これを覚えておいて)

あなたたちならできます。ここまで来たんだから、自分を信じて。」

落ち着いた声が、不思議と選手たちの心を静めていく。


まゆが車椅子を進めて、そっと杏子の手に触れた。

「……杏子、この場所に居られて、幸せ。杏子の姿をこの舞台で見ることが出来て、ほんとに良かった」

「まゆったら」

去年、直前で帰省し、棄権した。祖父の病室で一緒に試合を見たまゆ。今日はわたしの試合を見ててね。


楓が少し照れたように顔を上げた。

「……が、がんばってください。ほんと、あの……」

杏子は思わず笑みをこぼし、「ありがとう、楓」と楓の手を握り、優しく答えた。


「楓、杏子Loveが炸裂してんな」

栞代が笑う。


その隣で、つばめが拳を握りしめて一歩前へ。

「迷惑をかけて、ほんとにごめんなさい。みなさん、がんばってください」

「つばめ、大丈夫。紬の調子は絶好調よ」杏子が優しく応えると、栞代が続いた。

「オレらは、全員で一つのチームだ。全員の力で一つ一つの矢が決まる。誰が出場しても同じだ」そう言ったあと、栞代はニヤリとしながら「杏子以外はな」と付け足して、笑いを誘った。


そして、後ろから聞き慣れた声。

「杏子ちゃん、しっかりね。」

瑠月が微笑んで、優しく髪をそっと撫でてくれた。

「ほんとに素敵よ。あなたの弓を引く姿が大好き。ずっと、一番長く見せてね。ね?」

杏子はその手の温もりに目を細めた。

「はいっ」明るく、まっすぐに応える。


「がんばってこいよ。」

冴子が短く言うと、沙月が明るく笑った。

「ほんっと、いつもの杏子でいきな! みんなもな!しんどき時は杏子を見たらいい。ちゃんと弓を握らせてな」


その瞬間、通路の向こうから元気すぎる声が届く。

「おおおっ! ぱみゅ子ーーー!!応援グッスが禁止された~~~」

杏子のおじいちゃんが、巨大な手作りの「必勝ぱみゅ子」タオルとうちわを掲げて現れた。

「係員に止められたんじゃ。けしからん」おじいちゃんは憤慨しているようだが、

「あのさ、おじいちゃん、弓道は、ほんとは応援もダメなんだぞ。声を出してもだめ。相手に対するリスペクト、これが大事なんだ」

栞代が呆れたように諭す。

「なんじゃと?! ぱみゅ子の応援に何が悪いんじゃ!」と憤慨するも、

「おじいちゃんも、もう応援歴長いんだからさあ。ま、元気がなによりだけどな」

と栞代。


横で祖母がくすくす笑いながら、杏子の手をぎゅっと握った。

「杏子ちゃん」その言葉に全てが込められているようだった。


「栞代ちゃん、紬ちゃん、あなたたちも、いつも通りでね」

その優しい声に、栞代と紬も「はい」と短く答えた。

さすがの紬も、ここでいつものセリフは言わないんだな。そう思うと、栞代は何かおかしくなった。


通路の端で、コーチが腕を組んで黙って見ていた。

何も言わないけれど、その視線が「行ってこい」と語っていた。


杏子は深呼吸をした。

目を閉じてから、そっと開ける。

(……大丈夫。みんなといつも、どこでも、一緒だから。)


その時、控室前の通路の奥から、静かに歩み寄る影があった。

「……つぐみ!」

杏子がぱっと顔を輝かせると、つぐみは杏子、栞代、紬の順番に抱きしめた。

「……来てくれたんだね。」

「近いからね。それに・・。」


つぐみの声は穏やかだったが、ほんの少しだけ揺れている。

その理由を、光田高校のみんな、わかっていた。

彼女がかつて在籍していた厳敷高校が、次の相手だということを、みんな知っているからだ。


杏子が何か言おうとしたが、つぐみは先に小さく息を吐いて、笑顔を作った。

「厳敷には苦しめられたけど、野蒔が居るからな。あいつには世話になったし、まあ、なにより、弓道部のメンバーには恨みがある訳じゃないしな」

ほんのわずか、目が遠くを見る。そして、つぐみは言った。

「杏子、新しい杏子を、楽しみにしてるよ。野蒔、杏子、もちろんおじいちゃんも、栞代も、みんな。みんなが居なければわたしは今笑ってないからな。だから、お互い最高の射を見せてくれることを願ってる」一気に話したつぐみ。そして続く言葉は飲み込んだ。

野蒔にもちゃんと自分の矢を見せろよ。


今までの杏子なら、野蒔との対戦は嫌がるはず。でも、今の杏子なら。

楽しみにしてる。そして次はわたしだ、と。


杏子が優しく微笑む。「つぐみが教えてくれたんだ」


つぐみは小さく手を振り、通路の端に下がった。

目を合わせた時、二人とも、ありがとう、と伝えあった。


ずっと教えてくれてたつぐみ。わたしの傲慢さ。全然気がつかなかった。でも、つぐみ姿を見て、ようやく分かったんだ。つぐみ、見ててね。


コーチが、そろそろ、と合図をする。

杏子、栞代、紬は、互いに視線を合わせて頷き合った。

そして、光田高校の三人は静かに歩き出した。夢に向って。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ