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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
234/432

第234話 決勝トーナメント 2回戦

冬至を越えた柔らかな陽が東面から差し込み、射場の漆黒の床を琥珀色に染めた。安土の土肌は昨夜の霜で毛羽立ち、28メートルの矢道に白い吐息が漂う。


控え席では三人が静坐していた。

大前栞代2年 

中 柊紬2年

落 杏子2年主将エース


杏子は弓を握ると別人のように落着くが、弓を離せば指をかじる幼児のように小さく震える。その肩そっと手を置くのは、弓道部入部時から、ずっと杏子を支えてきた栞代だ。その手は暖かく、強くて、そして優しい。


栞代は巻藁で最後の一本を放つと、弦音の余韻を耳奥で確かめた。


――決勝トーナメント二回戦。

相手は日原の名門、日向学院。全国大会常連、勝つことに慣れた強者たち。


日向学院のメンバーが、静かに並んでいる。

・鋭い眼光で矢を番える長身の主将、北園真砂きたぞの・まさご

・小柄だが落ち着いた射を見せる副将、三角彩音みすみ・あやね

・そして柔らかな笑みの裏で的を外さぬ冷徹さを持つ、椎葉蘭しいば・らん


対する光田高校――栞代、紬、杏子。

三人は控えの席で、弦の音を聴きながら、静かに呼吸を整えていた。


「……二回戦、日向学院。」

栞代が短く告げると、紬は黙って頷き、杏子は膝の上で指をぎゅっと握った。

だが、その瞳はもう普段のぽやっとした杏子ではない。弓を持つときの、澄んだ瞳だった。


「杏子」

「うん」

その短い返事に、栞代と紬は自然と肩の力が抜ける。

弓を握れば立場が逆転するもんなあ。紬が心の中で呟く。不思議なもんだよ。



「はじめ!」

土踏まずに感じる床のひんやりとした感触が、意識を研ぎ澄ます。


栞代――呼吸を整え、弦音が響く。

〇 的芯を射抜く。


紬――矢をつがえ、静かに引き分ける。

× ほんの少しだけ左に外れた。表情は一切変わらず、動揺もない。


杏子――肩の力を抜いたまま、的を見据える。

〇 吸い込まれるように矢が中てる。いつも通りの矢だ。


日向学院も容赦はない。北園、三角、椎葉と、矢は次々と的に集まり、すべて的中。射場を満たすのは弦音と呼吸だけ。互いの緊張が高まる。

――射場にただ、弦音と呼吸だけが満ちていく。


二射目


栞代――杏子からの勢いを素直に受け継ぐ。

〇 矢はまっすぐに飛んでいく。


紬――深く息を吐き、再び弦を引く。

〇 的の真ん中。相変わらず無表情のまま。相変わらず沈着冷静。


杏子――変わらない動作で矢を放つ。

〇 またもや的芯。


日向学院も射を重ね、得点を伸ばす。だが三角彩音がわずかに外し、均衡が揺れる。

緊張は、ほんのわずかな波でも射を狂わせる。


観覧席にはマフラーを握り締めたあかねの姿。隣に居るまゆの「杏子、杏子」という祈りの声が聞こえるようだ。大丈夫だよ、まゆ。杏子はいつもの通り宇宙に行ってる。


三射目


栞代――いよいよこれからが勝負だ。そう思い力んだ。今度はわずかに外れた。

× 耳の奥で自分の弦音がずれたように響いた。だが動揺している余裕はない。


紬――弦を引きながら、周囲の緊張を吸い込むように呼吸する。

〇 弦音が鋭く響き、矢は的をとらえた。栞代、大丈夫。そう聞こえた気がした。


杏子――相変わらず穏やかな表情のまま。

〇 放たれた矢は、ため息をつく暇もなく、まっすぐに的芯に吸い込まれる。

もう、もはや誰も心配しないレベルで安定している。


日向学院も静かに放ち続けるが、こちらも椎葉蘭の矢が外れる。緊張の波が

日向学院を襲う。ここまで7本的中で同数。相手は高校総体準優勝高。


四射目


栞代――ラスト、深く息を吸う。

〇 きれいな弦音とともに矢が放たれ、見事に的を射抜いた。


紬――顔を上げ、的を見据える。

〇 まるで無表情だが、かすかに安堵の息が漏れる。


杏子――一切揺るがず、最後の矢をつがえる。

〇 放たれた矢はまたもや迷わず的を射抜き、観客席のどこかから小さな感嘆がもれた。


日向学院は、ここまで外さなかった北園真砂、そして落ちの椎葉蘭が外す。追いこまれた時の光田高校の強さ、そして緊張する場面で的中を出すことがいかに難しいか。それが現れた試合だった。


光田高校……10本。

日向学院……8本。


審判の声が響くと、会場に居た部員たちが小さく息を吐き、胸を撫で下ろした。


控室に戻ると、栞代は、隣で弓を置く杏子の横顔を見て、そっと笑った。

「…杏子お帰り。宇宙はどうだった?」

杏子は首をかしげて、ふわっと笑う。

「え?なに? なんかぼっとしてるうちに終わったね」

紬は安心したのか誰に聞かれてもいないのに

「それはわたしの課題ではありません」と呟いた。


日向学院の三人が挨拶に来た。

「今日は、うちの負けやった。見事な射ば見せてもろうた。次は負けんごつ、もっと鍛えちょきます。ほんと、お疲れさまでした。」主将の北園がそう言って手をさしのべた。


「いえ、北園さん、三角さん、椎葉さん、みなさん素晴らしかったです。今日の結果は、たまたま、です。」杏子が主将として、丁寧に対応した。


「それにしても、杏子さん……あんたの射ぶり、本当に美しかねぇ。鳴弦館の篠宮かぐやさんが、あんたのことばっか言いよる気持ちが、ようわかりました。」


「え? かぐや? かぐや何て言ってました?」栞代が興味津々に聞く。


「あら、かぐやさんのこと、そっちでも知っとるとね? ……有名やもんねえ。煌南じゃ敵なしですし……。「うちみたいなんにびびっちょって、どがんすっとですか。光田高校の杏子は、うちよりずっと美しかし、強かですよ。そん杏子ば倒して、麗霞も倒す」って……煌南の大会のとき、かぐやさんがよう騒ぎよったとです。」

三角が穏やかに伝えてくれた。


「へーっ。あいつ、杏子の前では絶対にそんなこと言わないけどな」

栞代はかぐやを少し見直したようだった。


最後に椎葉が、

「次、勝ちゃあ、たぶん鳴弦館さんと当たるかと思いますけん、どうか勝って、そんまま優勝してください。優勝高に負けたっちなら、うちらも納得できます。ほんで、夏の総体では……必ず、また勝負させてくださいね。」

と力強く伝えてくれた。

三人がそれぞれと握手し、別れた。


射場の空気はまだ張り詰めている。次はもっと強い相手が待っている。

それでも、光田高校の三人は、同じ方向を見つめていた。

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