第232話 大会最終日 その1
宿舎の朝食は、まるでお祭りだった。
全員がプレゼント騒動の余韻を引きずっていて、パンをかじりながらも笑いが止まらない。
「よし、今日は勝つぞ!」
真映が立ち上がって謎のポーズを決めると、あかねがすかさず「それ何のポーズだよ?」とツッコミ。「人間には出来ないぞ、そんなポーズ」
楓はその横で「……でも、ほんとにプレゼント届くなんて不思議ですね」と小声で言い、
一華がメモ帳に何かを書きながら「謎解きより、大会ですよ」と冷たく返す。「謎を解いても的中率はあがりませんっ」
……それぞれがちゃんと個性を発揮しながら、妙にひとつにまとまった雰囲気が、光田高校弓道部だ。
食後、試合会場へ向かおうと、宿舎の玄関を出たところに、懐かしい顔が待っていた。
「おはよう、部長!」
冴子――杏子を部長に指名した、前部長の冴子が杏子に声をかけると、杏子はぱっと顔を輝かせた。
「部長~~っ!」
まるで小学生のように手を振って駆け寄った。目をくりくりさせて輝かせていた。
「部長~。変わってください」結構本気な顔の杏子だった。
「おいおい、杏子。何その、不安そうな顔は?」
冴子が笑うと、すかさず栞代がゴム弓を取り出した。
「ほれほれ、杏子。お守りお守り。」
「え、ゴム弓!? 何その秘密兵器!」
冴子が腹を抱えて笑う。
沙月と瑠月も横で笑っている。
「いくらなんでも、ゴム弓じゃ効果ない……ん? あれ、落ち着いてるじゃん?」
沙月も楽しそうに笑う。
「栞代ちゃん、いいところに気がついたわね。」
杏子が弓さえ握れば宇宙人のごとく違う世界に行って集中することは、光田高校弓道部なら誰でも知っている。瑠月が穏やかに微笑む。
栞代は肩をすくめて、冴子たちに向き直った。
「いや、問題は会場なんですよね~。ゴム弓がどこまで持ってていいのか。」
「まあ、杏子が道中でコケることさえなかったら、大丈夫なので、それだけ注意してます。ずっと弓を握れたらなあ」
「栞代ちゃん、おばあちゃんから譲りうけた弽と胸当て、効果は無くなったの?」
「……あっ、ほんとだ。杏子、聞いたか?」
「効果を最大限発揮しても……それでも緊張しちゃうのよ~……」
杏子が涙声で言うと、みんなが声を出して笑った。
相変わらず無表情の紬が控えていたので、栞代がちゃんと、
「紬はどう思う?」
と話しをふると、
沙月と冴子が、紬と声を揃える。
「それはわたしの課題ではありません」
「それはわたしの課題ではありません」
見事にハモる。
「うわっ……合わせてきた!」真映が感心する。
光田高校の部員たちは再び爆笑。
瑠月はその光景を見て、心の中で呟いた。
(光田高校の強さは、この雰囲気もだね。冴子……あなたが育ててきたものは、ちゃんと杏子が受け継いで育ててるね。厳しさは栞代が支えてるし。いいコンビだなあ)
会場に到着すると、出場高校が次々と会場入りしている。鳳城高校や鳴弦館高校の選手たちもすでに集まっていた。
練習試合もして顔見知りなので、挨拶をしようと、まず鳴弦館高校のメンバーのところに向う。
その中で、ひときわ強気な声が響いた。
「杏子ぉ〜! あんたはクリスマスプレゼントばくれる相手がおらんとやろ? 可哀想じゃけん、わいがこれば持ってきちゃったど!」
篠宮かぐやが、堂々と杏子の前に立ちはだかる。
その鹿児島弁は、やたらときつく響いた。
「そいでな、これば使え! せめてん情けじゃっど!」
そう言って、小さなメモ帳を差し出した。
「可愛いメモ帳じゃん。」
栞代が一目見て言った。
杏子はにこにこしながら「ありがとうございます」と受け取った。新品にしては、少し違和感があったので、表紙をめくった。
「……あれ?」
そこには、大きな文字でこう書かれていた。
『杏子、篠宮かぐや率いる鳴弦館高校に破れる』
杏子は一瞬目を丸くしたが、煽りに気づかない天然ぶりを発揮。
かぐやの煽りの意図は全く気がつかなかったけれども、一切譲ることも無かった。
「あの、かぐやさん、これ、間違ってますよ。」
と平然と返す。
「おい、ふざけるなよ、かぐや」
内容に気がついた栞代が低い声で言うと、後ろでおろおろしていたかぐやのおもり担当、真壁妃那が慌てて前に出た。
「ちょ、かぐや、なに書いとっとね!……いや、うちんかぐやはまだ小学生みたいなもんやっで、気にせんでよかですよ、ほんと、すんません!」
「妃那、なに言いよっとや! わいはな、杏子が誰からもプレゼント貰えん可哀想な子やっで、気ぃつこーたっちゃがよ!」
かぐやは胸を張って言い放つ。
「そん言葉はな、きん昨日、直行がわいのために言うてくれたっちゃがよ! 杏子にもそいば分けちゃろ思うたったい!」
「そいは嘘やろ。ただ自慢したかごたっだけやろ?」
既に弓道部は引退したが、かぐやの世話人、前主将の鷹匠篝が割ってはいる。
状況を理解した栞代が肩をすくめて杏子に目をやる。
「いやいや、大丈夫だよ、かぐや。杏子はちゃんとプレゼント貰ったから。」
だがかぐやは引かない。栞代とプレゼントの交換をしたんだと判断し、
「そんげなモテん女同士でやりとるもんは、プレゼントっち言わんとよ! クリスマスプレゼントっちゅうもんはな、ちゃ〜んと彼氏からもろてこそじゃっど!」
その瞬間、後ろで聞いていた真映が前に飛び出した。
「ちょっと待ちなさ~い! こっちはちゃ~んと、本家本元、本物のサンタクロースからプレゼントが届いたんですよ~!そっちは彼氏? 普通の? ただの? 何かあったらすぐ浮気する? がははははは。ちっちぇ~。こっちは本物。どうだ」と自信満々に割り込んできた。しかもかぐやの弱点をえぐることも忘れない。
そして、ドヤ顔でカードをひらひらさせる。
「そいはほんとけ?」
かぐやが怪訝な顔をする。そして、必死に抗弁する。
「言うとくばってん、直行は浮気せんど! うちが勘違いしとっただけやっで!」
「よか反撃すっね〜」
一瞬止めようとした鷹匠が動作を止め、真映を見て感心したように呟く。
真映はさらに声を張った。
「ほら見て! これが本物のサンタから届いたカード! フィンランド語だぞ! まあ読めないだろうから教えてやるよ!」
一瞬の間を置いて、胸を張る。
「今日は光田高校が間違いなく必ず絶対に何があっても優勝するでしょう。……って書いてあるんだ!」真映は心の中で舌を出す。
「……な、な、なんちゅうこつ言うとっとや?!」
かぐやの顔が真っ赤になり、よろめく。
「それになぁ、サンタなんかおらんとや! だって……うちには一回も来たこたなかとよ……!」
かぐやがふてくされて叫ぶと、真映はさらに追い打ちをかけた。
「残念でしたね、かぐやさん! サンタはね、良い子のところにしか来ないんだよ!うちらは全員来たもんねえ。」コーチ以外は。誰にも聞こえないように付け足す真映。
「そ……そげな……はずは……」
再び顔を真っ青にしてよろめくかぐや。
一歩引いたところで妃那と篝、そして栞代と杏子は、そのやりとりを笑いをこらえながら見ていた。
「おたくも、よか人材がおらすね〜。」
篝が感心して呟く。
「でしょ。そのうちダンスも始めますよ。」
栞代が自信満々に応える。そして、小さな声で付け加える。
「弓の力は比べるまでもないですけど。口はね」
「じゃあ、ここはうちが見ときますけん、鳳城高校さんとこに挨拶に行かるっち思とっとでしょ? うちはもう挨拶は済ませちょりますけん。」
篝がそう言うと、栞代は笑って頷いた。
「それでは、よろしくお願いします。こちらも、一華と楓をお守りとして置いていきますので。二人とも、頼んだよ」
「挨拶もデータのひとつなのに……」
一華は小さくぶつぶつ言いながら、真映とかぐやの騒ぎを冷静な笑顔で見ていた。楓は今にも笑い崩れそうだった。でも、二人とも、思いは同じだった。
仕方ないね、同じ一年生だからね。
栞代が杏子に小声でつぶやいた。
「……杏子、なんとなく真壁さんと鷹匠さん、疲れて見えたけど……あれ、絶対、鳳城高校ともやり合って、仲裁に苦労したあとだな。」
杏子は、くりくりした目をぱちぱちさせて、ちょっと考えるように空を見上げた。
そして、ほわんとした声で、口を開いた。
「え? でも……きっと、みんな仲良くおしゃべりしただけじゃないかなぁ……? かぐやさん、楽しいし」
杏子は、何の疑いもなく、胸の前で手をぎゅっと合わせてにこっと笑った。
その笑顔は、栞代の肩の力を、ふっと抜かせるような温かさを帯びていた。
「……そっか。杏子は、ほんと、そういうとこ……ずるいくらい強いよ。」
栞代が小さく笑いながら頭を撫でると、杏子は首をかしげて、子どものように嬉しそうににっこりした。




