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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
228/433

第228話 団体戦二日目の朝。

大会当日の朝。

まだ外は薄暗く、冷たい空気がカーテンの隙間から忍び込んでいる。

最初に目を覚ましたのは、やはり一華だった。


今日も――いや、今日こそは、もっと細かく、もっと正確にもっときっちりとデータを取り、次へつなげなければ。

チームの流れの傾向、それぞれの所要時間、全員のコンディション、心理面の変化。試合状況での変化。ま、これは杏子部長には一切関係ないか。データの取り甲斐の無い人だよ。ほんの僅か表情が緩む。それでも、無いなら無いと記録しないと。

一華は頭の中でリストを組み立てながら、静かに寝具を整えた。


初めての全国制覇。それはゴールではない。ただの通過点だ。

帝国鳳城高校の王者の称号を奪い、連覇の礎を築く。

勝ったあとにこそ必要になる膨大なデータを、今この瞬間も集めている。


ふと、枕元に目を落としたときだった。


「……え?」


手のひらに収まるくらいの小さな箱が、そこに置かれている。

やわらかい生成り色の紙に、緑の細いリボンがかけられていた。

一華はほんの一瞬、心臓が跳ねるのを感じた。


「……なんだ、これ。記録にはない。予定も聞いてない。なんだ……?」


冷静な自分が問いかける。慌てるな。理性こそが私だ。

しかし、こんな状況は予想していない。

まさか――クリスマスプレゼント?


念のため、視線を横にずらすと、つばめの枕元にも同じ箱が置かれていた。

つばめは、まだ布団を抱え込んだまま小さく寝息を立てている。


……誰が? いつ?

怪しいものじゃないかと、思わず一華は室内を見回した。

ドアへ歩み寄り、そっと鍵を確認する。――しっかりと掛かっている。


「つばめ、起きて。つばめ……」

小さく、しかし緊急を含ませた声で呼びかけると、布団の中のつばめがもぞりと動いた。

「……ん、んん……? まだ夜明けてないよ……」

寝ぼけた瞳が、わずかに潤んでいる。チームのために納得はしている。控えに回ることは。自分でもはっきりとした理由は分らないが、調子を落としているのは事実。苦しいけれど、今は信じて仲間を見守ることしかできない。複雑な思いがあった。


「これを見て」

一華は箱を手に取り、低い声で告げた。

「起きたら、置いてあったの。意味が分からない。」


つばめが半分だけ起き上がり、目をこすりながら箱を見つめる。

「……プレゼント、かな……?」

「……わからない。けど、開けてみる。」


一華は指先でリボンをほどいた。

カタン、と小さな音を立てて箱を開けると、そこには可憐な和菓子と、白いカードが入っていた。


Rakas Ichika,

Nämä pienet makeiset toteuttavat varmasti toiveesi.

– Joulupukki


文字を見た瞬間、一華の脳が瞬時に言語を解析しようとするが、フィンランド語の壁にぶつかる。

「……フィンランド語……? サンタ……?」

スマホを取り出し、翻訳アプリを走らせる。


画面に表示された言葉を、一華は無言で読み上げた。


「……『親愛なる一華。この小さな和菓子が、きっとあなたの願いを叶えるでしょう。――サンタクロースより』……」


声にした瞬間、何か胸の奥に触れるものがあった。

願い、叶える。

自分の願いは、データの向こう側の未来にある。

そのために、今日も戦う。


つばめがそっと布団を抜け出して、一華の手元を覗き込む。

「……私のも、ある……?」

「試してみて」

一華は短く頷いた。


つばめが箱を開けると、同じく和菓子とカード。

名前が――ちゃんと Tsubame になっていた。


「……え……」

つばめは言葉を失い、顔を上げて一華と視線がぶつかった。


一華は一瞬、感情を見せない表情で見つめ返す。

そして、ほんのわずかに口元をゆるめた。


「……理論的には絶対に有り得ない。」

つばめは、驚きと戸惑いの中で、それでも久しぶりに小さく笑った。

「……うん。でも、願いは一つ、だよね」


外の空はまだ青く、遠くから雪を踏む音がかすかに聞こえてくる。

クリスマスの朝は、静かで、そしてどこか優しかった。




真映と楓の部屋――

大会当日の朝。廊下の向こうからはまだ誰の足音も聞こえない。


楓は、普段より少し早く目が覚めてしまった。

(…まだ暗いのに、なんだろ、この高揚感。今日、決勝だもんね…)

胸の奥が緊張と期待でざわつく。寝返りを打った拍子に、枕元の感触違うことに気づいた。


「……え?なにこれ?」


手探りでつかんだのは、柔らかいリボンのかかった小さな箱。

光が差しこむようにカーテンを少し開けると、箱の色がやさしいクリーム色であることがわかった。


「……え、ええっ!? な、なんで?!」


その声で、隣の布団の山がびくりと動いた。

「んぁあぁ? 朝? もう? ねむっ……」

もぞもぞと顔を出した真映が、寝ぼけ眼で楓の手元を見て固まる。


「……かえで、それ…なに?え?なにそれ!? 爆弾!?いや、違う、爆弾にリボンつけるか!? ていうかなんで枕元!?こわっ!!」


「ば、爆弾じゃないよ! たぶん! でも、ほら、見て!」

楓は震える指で箱を開けた。

ぱか、と蓋が外れると、甘やかな香りとともに、可愛い和菓子が並んでいた。小さなカードが添えられている。


真映は一瞬で寝ぼけを吹き飛ばし、勢いよく布団をはね飛ばした。

「なにそれなにそれなにそれぇぇぇ!? 読んで読んで読んで!!」


楓は恐る恐るカードを開き、目を走らせる。

「えっと……『Rakas Kaede, Nämä pienet makeiset toteuttavat varmasti toiveesi. – Joulupukki』って……フィ、フィンランド語?」


「フィンランドォォ!? なんで異国感! なんで突然フィンランド!?」


慌ててスマホで翻訳する楓。

画面を見て、息を呑んだ。


「……『親愛なる楓。この小さな和菓子が、きっとあなたの願いを叶えるでしょう。―― サンタクロースより』……って」


「はあぁぁああああ!? え、えええっ!? なんで楓の名前入ってんの!? 何コレ、サンタの最新技術!? 魔法!? 監視社会!? ねえ教えてよぉぉぉおお!!」


真映はすでに布団の上で正座し、箱を拝むように手を合わせている。

「サンタさまぁぁぁああ!! わたしのは!? わたしのはどこ!? うわあああ!?」


楓が慌てて指さす。

「ま、真映の枕元にも、同じ箱が……」


「――え?!」


真映はすっ飛ぶように枕元へ手を伸ばし、自分の箱を鷲づかみにした。

そして勢いよく蓋を開け――


「……あるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!」

部屋じゅうに響き渡る声。

「見てこれ見てこれ見てこれぇぇぇ!!! カードに『Rakas Mae』って書いてあるうう!! 名前入ってるううう!! わあああああああ!!!」


「し、静かにしてっ! 朝早いですよっ!」

慌てて楓が口に指を当てるが、真映はすでに和菓子を胸に抱きしめて涙ぐんでいた。


「サンタさん……ありがとう……! 優勝、だね……!!」


楓は呆れつつも、思わず笑ってしまった。

(……真映、かっこいいよ。)


廊下の向こうで別の部屋からも小さな歓声が上がり始めている。

光田高校、クリスマスの朝は、こうして賑やかに始まった。

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