第226話 団体戦初日の夜
初日の夜──勝利の余韻と明日への想い
宿舎の大広間に、光田高校弓道部の面々が集まっていた。決勝トーナメント初戦を勝ち抜いた安堵と喜びが、部員たちの表情を明るく染めている。夕闇が窓の向こうに広がり始め、温かな照明が和やかな空気を演出していた。
祝福とおなじみの騒動
「皆さん! 今日の勝利は、わたしの祈りが通じた証拠です! ここで祝福ダンスを披露させていただきます!」
真映が両手を高々と上げて宣言すると、部員たちはすでに慣れ親しんだ光景に苦笑いを浮かべた。
「呪われそうだからやめてくれ」
栞代が即座に制止しようとするが、あかねが手を挙げた。
「しょーがない。わたしが代わりにやります」
栞代は言葉を失った。真映は下級生だから多少強く言えるが、同級生のあかねには強く出られない。困惑する栞代を見て、まゆが助け船を出す。
「ほら~、栞代が困ってるじゃない」
まゆの的確なツッコミに、大広間に軽やかな笑い声が響いた。緊張の糸がほぐれ、部員たちの肩から力が抜けていく。
一華の詳細な分析報告
笑いが収まったところで、一華がノートを手に立ち上がった。いつものように冷静で理性的な表情だが、その瞳には他校への敬意と警戒心が宿っている。
「鳳城高校はさすがの一言です。予選はパーフェクト。一回戦も、地元の京詠女子高を寄せつけませんでした」
光田と同ブロックの京詠女子の強さは、皆知っていた。一華の声に、部屋の空気が少し引き締まる。
「弓道では声を出して応援できませんが、会場のムードが完全にアウェーの中、鳳城高校は全く動じていませんでした。実は二回戦も地元の京詠外大付属と当たります。なんか仇討ちみたいな感じです。鳳城高校が返り討ちしたら、宿舎に帰れないかも」
一華が珍しく軽口を叩いたが、彼女の真面目な口調では誰もギャグとして受け取れない。静寂が流れる中、まゆが手をパンと叩いた。
「あの、みなさん、ここは笑うところですよ」
ようやく雰囲気が和み、一華は少し照れながら気を取り直した。
「鳴弦館高校も、手の内を知っている同ブロックの琉球南風高等学校に順当勝ちです。それから、弓道は本来、番狂わせが起こりやすい競技で、いや、一戦一戦が気持ちが大事なので、予測困難なところがあり、そういう意味では番狂わせが普通なのですが、わたしたちと同ブロックの武庫川南高校が、予選で光田と同じ的中数を出した加賀百万石高等学校を破りました」
一華の分析は続く。
「弓道は油断や慢心とは基本的に無縁な競技ですので、やはり恐いと思いましたし、また、同時に希望も持てますね」
「今のギャグはイマイチだな」
真映がニヤリと笑ってツッコミを入れる。
「どこにギャグがあったんだよ」
栞代が首をかしげて聞くと、真映がいつになく真剣な表情で答えた。
「だって、光田高校は、優勝するのに番狂わせは必要ないですもん」
その真映らしからぬ真面目で前向きな発言に、一同が感心の表情を見せる。普段はおちゃらけている真映だが、チームへの信頼は本物だった。
一華は頷きながら続けた。
「それと、わたしが見た中では、もちろん鳳城高校や鳴弦館高校は別格ですが、厳敷高校の野蒔柚葉さんがすごく充実しているように見えました。つぐみさんの影響力の強さを改めて思います。お互い勝ち進めば、準々決勝で当たります。要注意だと思います。要注意といっても、弓道は結局、自分がやることをやるだけなんですけれど」
「あとは、わたしの祈りだな。そしてダンスだっ」
真映が今度は本当に真面目な顔で頷く。部員たちはもう呆れて、誰も反応しない。
「その点では、明日の二回戦で当たる日向学院は、予選で光田と1本差の強豪です。みなさん、いつも通り、頑張ってください」
一華がそう締めくくったとき、拓哉コーチが口を開いた。
コーチからの謎めいた激励
「君たちは、ブロック大会で、わたしがどんなに混乱させようとしてもプレッシャーも混乱も何も起こさなかった。むしろ、いつもと違うことが起こったら、わたしを楽しませていると思って、そのことを楽しんでくれ」
コーチの訳の分からない激励の言葉に、部員たちは顔を見合わせた。しかし、その言葉の裏にある信頼と愛情は、確実に彼女たちに伝わっていた。
個別面談と杏子の心配
その後、コーチはつばめと一華を個別に呼んだ。廊下の向こうで、データという客観的な数値を基にした真剣な話し合いが行われているようだった。
いつもと違う選手交代について、杏子は気がかりではあったが、今は試合に集中するべきだと自分に言い聞かせた。チームの要として、余計な心配を表に出すわけにはいかない。
コーチのところから戻ってきた一華と、まゆ、あかねが、杏子、栞代、紬に安心できるデータだけを伝えた。その配慮に、杏子は胸の奥で感謝の念を抱いた。
浴場でのひととき
夕食後、部員たちは順番に大浴場へ向かった。温かな湯気に包まれた浴場で、楓が杏子に今日の試合の感想を尋ねた。
「どうでした? 全国の舞台は」
「う~んと。会場に入る時と出る時は緊張したなあ」
杏子のあまりにも淡泊な答えに、楓は逆に杏子の凄さを改めて感じた。どんな舞台でも変わらない、その精神力こそが杏子の真の強さなのだろう。いや、精神力を必要としない「姿勢」への拘りゆえなのか。
「だって、こいつ、宇宙人だから」
栞代が横で笑いながら言った。
「でも、会場入りする時とか、帰る時とか、マジでコケないか心配でしたよ~」
真映がはしゃぎながら言うと、このときばかりは栞代も素直に同調した。
「いや、オレも。心配でずっと寄り添ったよ」
その言葉に、浴場に温かい笑い声が響いた。
一方、紬はソフィアと湯船の端で、いつものほわんとしたアニメ談話に花を咲かせていた。リラックスした表情の二人を見て、杏子は安堵した。
杏子の気遣い
風呂上がり、杏子は一華とまゆを呼び止めた。
「つばめのこと、お願いします」
短い言葉だったが、そこには仲間への深い思いやりが込められていた。一華とまゆは黙って頷いた。
祖父母の訪問
風呂上がりに浴衣姿でくつろいでいると、杏子の祖父母が顔を見せた。
「杏子ちゃん、お疲れさま。とても綺麗な射型だったわ」
祖母の優しい言葉に、杏子の顔がパァッと明るくなった。普段は表情の変化が少ない杏子だが、祖母に褒められると心から嬉しそうな笑顔を見せる。
「それにしても、今日見た女の子たち、みんな美人じゃったなぁ」
祖父の相変わらずの発言に、栞代は「ハイ、アウトっ。今それ、セクハラだからっ」と眉を潜める。、真映は「おじいちゃん、さすが!」と感心する。「当然わたしもですよねっ」
杏子はずっと笑っていた。
変わらぬ日常の温かさ
宿舎の一室に、いつもと変わらぬ光田高校弓道部の風景があった。全国大会という特別な舞台にいながら、彼女たちは普段と同じように笑い、語り合い、互いを思いやっていた。
その変わらぬ日常に、誰もが安心し、楽しんでいた。緊張と不安の中にあっても、この温かな絆があれば、どんな困難も乗り越えられる──そんな確信が、部員たちの心を満たしていた。
最終日への想い
夜が更けていく中、宿舎の窓からは星空が見えていた。
いよいよ、大会は最終日を迎える。
明日は団体戦の決勝トーナメントが最後まで行われ、優勝校が決まる。
光田高校弓道部の真価が問われる一日が、静かに近づいていた。部員たちの心には、不安よりも期待の方が大きく膨らんでいる。
杏子の、部長の夢を叶える。部員たちの思いは一つだった。
この仲間たちとなら、きっと最高の結果を掴めるはず──そんな想いを胸に、彼女たちは新しい一日への準備を整えていた。




