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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
218/433

第218話 全国大会に向けて

矢音の向こう側


光が道場の格子窓から斜めに差し込み、細やかな塵が舞い踊っている。全国選抜大会まで、あとニ週間――。


一華は手元のノートに視線を落としながら、緻密に組まれた調整計画を再確認していた。チーム全員の練習メニューが、まるで複雑な楽譜のように数字と時間で埋め尽くされている。彼女の几帳面な性格が生み出した、完璧とも呼べる練習設計図だった。


杏子は頼まれれば絶対に断らず、誰の射型の指摘も、求められれば永遠に続ける。そのことが、杏子の本数を自然と制限することになっていたが、全国大会へのメニューを考え、杏子の独立した練習を冷徹に確保すると、逆に杏子の練習のしすぎが心配になる。


杏子の射数を制限し、疲れを残さないように計算した。杏子の姿勢の美しさは、負担が掛からないように、数多く引けるように、という逆転の発想から来ていることもあった。


本数厳守。


メモ欄にそう記されているのは、杏子の弓に対する純粋すぎる情熱を、一華なりに守ろうとした証拠だった。杏子はひとたび弓を手にすれば、時間の感覚を失い、永遠に矢を放ち続けようとする。その姿は美しくもあり、しかし全国大会を前にした今、却って心配でもあった。


道場の奥で、杏子が静かに立っている。射位に立つ彼女の背中には、言い表しがたい充実感が漂っていた。ブロック大会でのつぐみとつばめの姉妹対決――あの瞬間に彼女が受け止めた何かが、今もなお心の奥で温かく燃え続けているのだった。


弓を引く動作の一つ一つが、まるで祈りのように丁寧だ。弓道を始めた頃の、あの純粋な喜び。祖母の優しい微笑み。そのときよりも、技術は格段に向上したが、いつのまにか薄れていた純粋な気持ち。今の杏子の中には、初心者だった頃の透明な気持ちが蘇っていた。それは技術だけでは決して辿り着けない、精神的な高みへの入り口のようでもあった。


栞代は常に前を見つめて歩んでいる。彼女の中には明確な使命感があった――杏子を支える、という揺るぎない目標が。その強固な意志は、時として周囲を驚かせるほどの集中力となって現れる。練習中の栞代を見ていると、まるで彼女自身が一本の矢となって、目標に向かって一直線に進んでいるかのようだった。


一方、紬は相変わらず謎めいている。一華が提示する練習メニューに対して、「それは私の問題ではありません」と素っ気なく答える。しかし、その言葉とは裏腹に、彼女は誰よりも忠実にメニューをこなしていく。まるで感情と行動が別々の生き物であるかのような、不思議な一貫性を持った少女だった。


一華は紬のそんな性格を理解するまでに時間がかかった。だが今では、彼女の言葉の奥にある真意を読み取ることができる。紬なりの照れ隠しであり、責任感の表れなのだと。


そして、つばめ。


一華の眉間に、微かな皺が寄る。データは嘘をつかない。ビデオ映像の分析結果も、記録された数値も、すべてが示している――つばめの調子に、わずかな翳りがある。


ブロック大会での勝利。姉つぐみを上回ったという事実。それらは確かに大きな達成だった。しかし、人の心は複雑で、時として成功それ自体が新たな迷いの種になることがある。


つばめ本人は、その変化に気づいていない。的中率も、表面的な意欲も、以前と変わらないのだから。けれど一華の眼は、もっと深いところで起こっている微細な変化を捉えていた。少しずつ、ブロック大会の時とは違う。杏子部長からも、チェックを頼まれている。


「一華ちゃん」

まゆ先輩の声に、一華は顔を上げた。


「つばめのことですね?」


一華は小さく頷く。まゆは豊富な経験を持つ先輩として、チーム全体を俯瞰して見ることができる貴重な存在だった。マネージャーとしての一華と、選手としての立場を兼ねる彼女との間で交わされる意見は、常に的確で建設的だった。


「きっと、姉妹の絆の重さを実感してるのね」まゆは静かに呟いた。「つぐみを超えたって思った瞬間、自分でも気がつかないところに来てしまってるのね」


一華は深く頷いた。つばめの心の奥で起こっていることを、言葉にしてもらえたような気がした。


道場に響く弦音が、一定のリズムを刻んでいる。四人の少女たちが、それぞれの想いを胸に弓を引き続けている。全国選抜大会という大きな目標に向かって、チーム光田は確実に歩みを進めていた。


いつもと変わらず、真映もあかねも明るい。

ソフィアも楓も、真面目に練習している。

そして、出場選手のサポートも丁寧だ。


リラックスと集中。

それは背中あわせであることを、一華は知っている。


技術的な調整だけでは足りないこと。真の強さは、お互いの心を理解し、支え合うことから生まれるのだということを。


一日一日近づいてくる本番。

でも。


一華は、変わらぬ練習風景と、積み上げてきた計画に、絶対の自信を持っていた。


夕日が道場を茜色に染める頃、一華はノートを閉じた。明日もまた、完璧な計画を実行する。そして同時に、四人の心を一つにつなぐ方法を考え続けるのだった。


弓道の理念である「真・善・美」。真の射法、善なる心、そして美しい所作。それらすべてが調和した時、きっと見えてくるものがある。一華はそう信じて、今日もまた静かに道場を後にするのだった。

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