第212話 弓道フロンティア 1月号ゲラ
弓道フロンティア誌特集座談会
――選抜直前! 三強激突と“幻の逸材”を巡る大激論
開幕を翌月に控えた全国高等学校弓道選抜大会(3人制)を前に、本誌恒例の臨時座談会を開催した。
今回のテーマは「絶対王者・鳳城高校の牙城を崩すのはどこか」、そして「未だ全国舞台に立たない謎のエース・杏子をどう評価するか」である。不動忠義監督(鳳城)と樹神拓哉コーチ(光田)が旧知の仲で、昨年5月以来練習試合を何度か行って双方の手の内を知り尽くしているという“内幕”も含め、火花散る論戦となった。
出席者プロフィール
役職氏名所属・段位立場
司会山田恵子『弓道フロンティア』記者・錬士四段中立
論客①田所武範弓道評論家・教士八段「杏子派」
論客②西川信雄元強豪校監督・教士七段「杏子慎重派」
1 “鳳城の四季”から“麗霞+新戦力”へ――王者の現在地
山田 まずは鳳城高校の近況から伺います。
女子高校弓道界を席巻した「四季」(霜月夏帆・帆風秋音・草葉冬花・羽山春菜)がそろって卒業しましたが、それでも去年は、圓城が居て、麗霞、的場・アナスタシアが安定して的中率は8割超で他校を突き放しています。今年も雲類鷲麗霞を軸に、的場・アナスタシアも残り、曽我部瑠桜が現在のところ、第一の組み合わせで考えているようですが、全く隙がありません。
田所 3人制なら“麗霞+誰でも”で勝てるというわけではありませんが、麗霞の安定感は別格です。団体戦は1人4射で計12射――ここで9中を外さない選手がいるチームは滅多にない。
西川 ただし3人制は「1本で転ぶ」競技ですから、歴史を見ても、さすがに10年に一度は王者も足をすくわれる。麗霞以外の2枠が、番狂わせの余地になるでしょう
。
2 練習試合の衝撃――“杏子ショック”の真相
山田 昨年5月、鳳城と光田が非公開で行った練習試合で、不動監督も麗霞も杏子選手の潜在能力に驚愕したという取材メモがあります。ただこれは出席者全員の共通認識とまでは言えません。
田所 私も現場にはいませんでしたが、“四季”すら動揺したという噂は信じるに足ると思います。身体の開きが素晴らしく、引分けから会に入るまでの安定が尋常ではないと複数筋から聞きました。
西川 一方で全国大会での実戦データがありません。杏子は公式戦の記録が県大会とブロック大会止まりです。ただし、そこでの記録は、圧倒的で麗霞に匹敵しますが。評論家としては「見ていないものは評価しない」が原則です。
3 “幻のエース”はなぜ全国に立たない?
山田 昨年の選抜大会直前に祖父が倒れ、看病のため帰省した――ここまでは公式に確認されています。今年の高校総体では派手な姿で個人戦に出場、全矢的中後に「失格を恐れて辞退」し、そのまま団体も欠場という前代未聞の騒動を起こしました。
田所 ああ、あの選手ですか。あれは弓道規定に対する“挑発”と見る向きもありましたが、弓道連盟としては、「辞退」で事態を収拾できたので、それ以上のお咎めはありません。洒落じゃありませんよ。ただ、明文化されている規則には一切抵触せず、問題になったのは「弓道精神に悖る」という伝家の宝刀ですね。だから、あとからでも正式な失格には至らなかった、追加処分までは行かなかった――というのが、もっぱらの評判ですが。なにか違和感を感じます。通常は、もう少し警告なりなんなりという公式発表があっていい。高校弓道連盟も、この件についてコメントはしていません。団体戦に出場する、と杏子が言えば、もう少し混乱する可能性もありましたが、そこは素直に公式戦も辞退しましたから。
西川 しかし弓道は礼の競技です。“弓道精神が分かっていない”と批判されても仕方ない。問題は光田の内部統制でしょう。高校弓道界の最高の大会であるといってもいいと思います。団体戦は5人制の高校総体でこそ結束が重要ですが、杏子不在でも決勝まで来たことで「かえって彼女を必要としない空気」が部内に生まれたとも聞きます。実力は間違いないとしても、協調性に問題があり、部内でも浮いた存在になっているのではないでしょうか。
4 “陰謀論”の是非――総体当日の怪情報
山田 実は、総体当日には衆議院議員の瀬島信一、フィンランド大使館文化交流官カイヤ・レフティネン、弁護士の田之倉敬が来場していたという目撃情報もあります。厳敷高校の監督が同日退任した件と絡め、ネット上では様々な憶測が飛び交いました。
結局何も連盟が処分をしなかった。ここで、何かかあれば、大げさに言えば国際問題にも発展しかねないという見方もありましたね。杏子の姿は、総体には出場していないが、同校のソフィア選手、また、鳳城高校の的場・アナスタシアと事実上そんなに相違は無かった。
田所 弓道界は狭い世界ですから、来賓としても、偶然にしては豪華すぎる顔ぶれです。ただし確証は一つも無い。取材メモ段階で陰謀論を記事にするのは慎重であるべきです。
西川 同感です。不動監督が実『弓道界』で、杏子を庇う発言をしたのは事実ですが、だからといって裏で何か取引があったとは断言できません。練習試合で顔見知りなので、顔見知りの選手を庇うのはある意味当然で、大事なのは競技の結果で語ることです。
5 光田高校――“杏子不在で団結”の方程式は崩れるか
山田 光田は昨年の選抜で杏子不在ながら団体戦3位、奈流芳瑠月が個人4位に入りました。そして同じく全く下馬評に上がってなかった今年の総体では、なんと鳴弦館高校を破って決勝にまで駒を進めました。選手層は決して厚くないのに、勝負所で強さを見せる不思議なチームです。ただ、鳴弦館高校は、篠宮かぐやがプライベートでトラブルを抱えて混乱していた、という情報があり、実際に当てられなくなっていて、有利な点はあった。
田所 鍵は樹神コーチのマネジメントです。団体戦では「射順の妙」で流れを作るのが名手で、5人制でも3人制でも同じロジックが機能する。そこに杏子が加われば“打倒鳳城”の最有力と見るのが自然でしょう。
西川 ただし“方程式”の変数が増えると計算は狂う。杏子が出場すると他の2人の心拍数が上がると言われており、団体競技の心理面は侮れません。杏子がほかの部員たちにどのように写っているのか、わかるかもしれません。弓道団体戦は個人の積み上げという側面もあるにはありますが、団体のチームワークも侮れません。杏子が入って崩れる可能性もあると見ています。
6 鳴弦館高校――“かぐや覚醒”はあるか
山田 王国復権を狙う鳴弦館高校は、篠宮かぐやが夏に復帰してから総体以降、急速に調子を上げています。ただしかぐやは“「乗れば麗霞、外せば風見鶏。」”という評価が定着しましたね。
田所 皆中(4本全て的中)を続けたかと思うと、全然あたらない。長丁場のトーナメントで安定感に欠ける選手はリスクが高い。
西川 それでも鳴弦館の底力は侮れません。かぐやの不安定さを補って余りある真壁妃那の存在を忘れてはいけない。かぐやが爆発した日に一気に頂点をさらう可能性がある。
7 選抜展望――論客二人の最終ジャッジ
山田 では最後に、お二人の優勝予想と“番狂わせ枠”を教えてください。
田所武範の予想
優勝 光田高校(杏子出場が前提)
対抗 鳳城高校(麗霞+新戦力)
穴 鳴弦館高校(かぐや覚醒時)
根拠 3人制は“突出したエース+ブレない2枚目”が最強モデル。杏子のポテンシャルはその条件を満たす。そろそろ鳳城高校以外の優勝校も見たいという期待を込めて。
西川信雄の予想
優勝 鳳城高校(経験値が桁違い)
対抗 鳴弦館高校(エース依存でも爆発力あり)
大穴 光田高校(杏子が化学反応を起こせば)
根拠 「見ていない選手は評価しない」原則を貫く。杏子が全国戦で平常心を保てるか疑問。さらに、こういう選手はチームから浮いているもの。団結力にも疑問符。
8 座談会を終えて――弓道は“矢所より心所”
山田 お二人の見解は対照的でしたが、共通していたのは「今年の選抜は近年まれに見る波乱含み」という点です。
的中数だけでは語れないドラマを、ぜひ現地で体感していただきたいと思います。最後に、弓道は礼を重んじる武道であり、勝敗以前に射手の心が矢所を決めると改めて感じました。
お二人とも、ありがとうございました。杏子選手を巡る議論も含めて、非常に興味深い座談会となりました。全国弓道選抜大会、目が離せませんね。
選抜本番で“幻の逸材”は姿を現すのか、はたして“幻のまま“終わるのか。それとも王者が盤石のまま連覇を重ねるのか――結末は射場の静寂の中で待っている。
(この座談会は11月下旬に開催されました。大会結果は次号でお伝えします)




