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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
208/433

第208話 期末試験

冬の夕暮れが、光田高校の窓ガラスに淡いオレンジ色を映している。ブロック大会での優勝から数日、女子弓道部は全国の頂点を目指して新たな練習に励みつつも、期末テストという“もうひとつの戦い”に備え、部室はいつになく静かな緊張感に包まれていた。


杏子は、道場での凛とした姿とは打って変わって、ノートに向かい眉間にしわを寄せている。英語の長文問題に苦戦しつつも、隣に座るソフィアの流暢な解説に、時折うなずいては必死に食らいつく。ソフィアは母国語はフィンランド語だが、英語は完璧。部員たちの英語力を底上げする頼もしい存在だ。杏子は英語がやや苦手だが、国語と数学が得意で、特に現代文の読解には驚異的な力を見せる。数学も基本というべき「数と式」「証明問題」が得意で、祖父と積み上げてきた。


「杏子、ここは主語が抜けてるよ」とソフィアが指摘する。「あ、ほんとだ……ありがとう」と杏子は照れくさそうに笑う。ソフィアの日本語も、杏子の祖父の全面サポートのおかげでずいぶん上達してきた。


部員たちの成績はさまざまだ。栞代は堅実、まゆはかなり優秀で、あかねはややピンチだが赤点まではまだ距離がある。1年生の楓とマネージャーの一華ははともにかなり優秀。つばめは平均的。真映だけは毎回赤点ギリギリで、弓道部の心配を一身に集めていた。


この日も、部室の一角では一華が真映に付きっきりで問題を解説している。「真映、ここは公式そのままやで」「だいじょぶ、だいじょぶ、今まで本気出してなかっただけやから」と真映は笑うが、部員たちは誰も信じていない。

「いや、いざとなったら、このサイコロが答えを教えてくれるから」

その意味不明な前向きな積極性に限っては、前部員の尊敬を集めていた。


そんな中、現役を引退したばかりの3年生・瑠月が、受験勉強の合間を縫って部室に顔を出した。今までも、弓道部のメンバー全員の家庭教師として、獻身的に支えてきていた。

全国でもトップクラスの成績を誇る瑠月は、複雑な家庭事情で高校入学に二年余分に費やしている過去を持つが、今は地元の国公立大学進学を目指している。

特にトラブルがない限り、大丈夫だろうという見通しだけれども、それでも、杏子や栞代が「受験が大事だから」と気遣い、申し訳なさそうに「こちらが気をつかいますからあ」」と声をかけると、瑠月は「みんなの顔見て元気出たよ。過去問と予想問題は置いていくから、困ったらLINEして」と笑顔で答えた。


瑠月を見ていると、頭のいい人は、やらなくていいことが分かっているという言説が本当なんだな、と思う。的確な予想問題は、これまで弓道部を救い続けてきている。


瑠月が帰る直前、杏子にそっと声をかける。

「杏子ちゃん、ブロック大会優勝おめでとう。もうすっかり強豪校だね。全国にも名前が知れ渡ってるし。総体の時は、違う面でも注目されたね」といたずらっぽく笑い、杏子の顔はみるみる赤くなった。

「杏子ちゃんが部長になったら、やっぱり杏子ちゃんの色が出てるわね。冴子は怖かったもんねえ」と笑う。「いやいや、そんなことはありません」と杏子は慌てて否定する。「厳しい面もあったゅと、ちゃんと導いてくれる素敵な部長さんでした。でも、わたし、何もできないんです」

「そう? みんなのびのび自由で、でもちゃんと杏子ちゃんの方向いて。杏子ちゃんの色がちゃんと出てて、素敵な弓道部になってるわ。正解は一つじゃないのよ。みんな違ってみんないい、よ」

杏子はさらに赤くなった。そして「期末テストの問題の正解も、いくつもあれば良かったですよね」と呟き、瑠月と二人で小さく笑った。


「杏子ちゃんが部長になってから、みんな本当に強くなったよ。自信持ってね」

「でも、私、まだまだです。ほんとにみんなに助けられて。勉強も、英語はソフィアに助けられてばかりで」

「得意なことと苦手なことがあるのは当たり前。大事なのは、みんなで支え合って前に進むことだよ」

瑠月の言葉に、杏子は小さく頷いた。

「じゃあ、気をつかわせても悪いから、今日は帰るわね」

「瑠月さん、受験終わったら、遊びに来てくださいね、家にも」

「うん。楽しみにしてる」

「それと」

「どうしたの?」

「選抜大会、中継見ててください。わたし、今、改めて弓が楽しいんです。瑠月さんには見せほしいです」

「うん。楽しみにしてるね」


瑠月が帰っていくのを見て、あかねが「あれ、来年はまゆの役目だなあ」とぼんやりつぶやくと、「瑠月さんほどにはできないけど、勉強が優秀、という面も学校からのサポートを受けるのに大事な要因だもんね」とまゆが応える。

そして真映の方を向いて考え込むまゆの様子を見て「真映は私が何とかしますよ」と一華が力強く返し、まゆも「お願いね」と微笑む。


栞代は、杏子の家で過ごす時間が増えていた。家庭環境が複雑で、大学進学を機に独立するつもりだが、今は杏子の祖父母や両親の温かなサポートに支えられている。勉強会の二次会とも言える、杏子の家での勉強時間、杏子の祖母が差し入れてくれた手作りのサンドイッチを頬張りながら、「ここにいると、なんだか落ち着く」とぽつりとこぼすと、杏子は「うちの家族、みんな栞代のこと大好きだから」と笑った。

「おじいちゃんも?」と栞代が複雑な表情を見せると、杏子は「おじいちゃんが一番かな?」と満面のイタズラ顔で返し、栞代の複雑の表情を楽しんでいた。もうすっかりお約束の展開だ。


つばめもまた、両親の離婚を経て母親と暮らしているが、姉と一緒に過ごしたいという願いを胸に、勉強にも弓道にも真剣に取り組んでいる。家庭の事情はそれぞれ違っても、部室で過ごす時間は、みんなにとってかけがえのない居場所だった。


ソフィアは日本の大学進学を目指しており、祖父のエリックと祖母のリーサもその夢を心から応援している。英語の問題で詰まる部員がいれば、すぐに横から優しくアドバイスを送り、時にはフィンランド語の冗談で場を和ませる。


窓の外では、冬の夕暮れがゆっくりと夜に溶けていく。部室には、ペンの走る音と、時折響く笑い声。全国の頂点を目指す弓道部の冬は、静かに、しかし確かに、学びと成長の時間へと変わっていく。


杏子は、ソフィアの発音を真似しながら、英語の例文を何度も口にした。

(弓道も勉強も、ひとりじゃない。みんなで支え合えば、きっとどこまでも行ける)


そう思ったとき、杏子の表情は自然とほころんだ。部室の灯りが、仲間たちの未来を優しく照らしていた。

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