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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校入学から県大会
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第2話 栞代の決意の巻 前編

昨日、杏子に、一緒にやろうと言われた栞代だったが、いまひとつ踏ん切りが付いていなかった。そんな中、栞代は、杏子の覚悟を見る。

翌日、杏子はいつも以上に緊張していた。昨日の自己紹介での一件が心に引っかかっており、新入部員として迎えた二日目の今日は、初めての部活動の空気に馴染む余裕もなく、どこか気持ちが落ち着かなかった。杏子は一つ一つの動作に慎重さを求め、道着に着替え、なんとか準備を整えた。


しかし、道場に足を踏み入れた途端、杏子はすぐに三年生たちに囲まれてしまった。彼女を取り囲むようにして立つ彼らは、杏子を試すように微笑みを浮かべ、冷ややかな視線を投げかけてきた。


「おまえ、金メダル取るってぐらいだから、相当上手いんだろ。手本見せてくれよ。」


その言葉には明らかに挑発の響きがあった。杏子は思わず息を呑み、彼らの視線の鋭さに胸がぎゅっと締めつけられる。まだ入部して二日目の新入部員であり、道場の雰囲気にも慣れていない杏子が、いきなり弓を扱える状況ではない。恐る恐る断ろうとするが、三年生たちは彼女が逃げられないように取り囲んだ。


「えっ……?」


杏子の戸惑いが微かに声に出てしまう。しかし、三年生たちは彼女の不安を楽しむかのようににやりと笑いを浮かべ、あざ笑うような視線を向け続けていた。彼女にとって、状況は悪夢のようだった。


弓道は、見た目の優雅さとは裏腹に、非常に技術のいる競技だ。弓を引くという行為自体は誰にでもできるかもしれないが、28メートル先の36センチの的に正確に当てるのは並大抵のことではない。特に初心者が弓を扱えば、まともに的に届くことすら難しいだろう。場合によっては矢が全く別の方向に飛んでいく可能性もある。さらに、矢は危険な武器でもあり、特に経験のない者が扱えば、重大な事故を引き起こす可能性もある。


「何とかして逃げられないかな……」


杏子の心は焦りでいっぱいだった。どうにかうまくやり過ごせないかと考えるが、三年生たちの視線が一層鋭くなるばかりで、状況は悪化する一方だった。杏子は立ちすくみ、ただ彼らに睨まれながら、次の言葉が出ない。


その時、二年生の冴子が三年生たちの意図を察し、杏子のもとへ急いで駆け寄ってきた。冴子の表情は真剣で、彼女は杏子の耳元で小声で囁いた。


「あいつら言い出したら聞かないから、とにかくゆっくり時間稼いで。

今コーチ呼びに行かせてるから。」


冴子の声には、安心感があった。彼女は杏子に少しでも安心させようとしてくれているのが伝わってきた。


「ありがとうございます……」杏子は冴子に感謝を伝えつつも、内心ではまだ混乱していた。しかし、3年生たちのしつこさに杏子の中である決意が固まり始めていた。


(ここで逃げても、明日も、明後日も、きっとまた追い詰められるに違いない。だったら、いっそ今ここで覚悟を見せて、終わらせたほうがいいかもしれない……)


杏子は自分の中で決意を固めると、冴子に向かってはっきりと言った。


「弓と矢を貸してください。」


杏子はお守り代わりに持ち歩いている、おばあちゃんから譲り受けた胸当てとゆがけを取り出し、身に着けた。これを身に着けると、不思議と心が落ち着いた。


冴子は、最初は時間を稼ぐために、矢と弓が必要なのかと思ったが、そうでは無かった。一瞬驚いたが、すぐに杏子の覚悟を感じ取り、無言で頷いた。胸当てと弽を持っていたことから、全くの素人ではないのではないか、と思った。そして、杏子の身長や体型が自分とほぼ同じであることを確認すると、自分の弓と矢を静かに差し出した。


胸当てと弽を付け、弓と矢を受け取り、的前に立った。杏子は深呼吸をしながら、ゆっくりと足踏み(立つ位置を決める動作)を行った。気持ちを落ち着けて、おばあちゃんの教えを思い出していた。


「正しい姿勢で射つことだけ。あたるかどうかはただ結果なだけ。」


私はおばあちゃんのことが大好き。そしていつしか弓も大好きになった。ただそれだけ。状況は関係ない。いつも通り、大好きな弓を正しい姿勢で射つだけ。おばあちゃんの胸当ても弽もある。


その思いが、杏子を支えていた。


杏子は祖母の教えを心の中で繰り返し、呼吸を整える。彼女が的前に静かに立つと、道場の空気が凍りつくように変わった。杏子はすでに周囲の視線も三年生たちの挑発も忘れ、ただ「正しい姿勢で射つこと」にすべての意識を集中させていた。


その時、冴子に頼まれていた沙月が、急いでコーチを連れて戻ってきた。

コーチは止めに入ろうとしたが、杏子が足踏みを終え、構えに入るその動作に息をのんだ。


「……これは……?」


杏子の姿勢には、一切の乱れがなく、研ぎ澄まされた美しさが宿っていた。その型は、どれだけの鍛錬を積み重ねてきたのかを一目で伝えるものであった。


「早く止めろよ!」と、遅れて駆けつけた栞代(かよ)が焦った様子でコーチに詰め寄った。見ると、杏子の様子を見て慌てたのだろう、制服のまま飛び込んできたようだった。


しかし、コーチは冷静に「待て」と返し、栞代を静止し、杏子の射を見守った。


彼は杏子の一連の動作に目を奪われ、見届けるべき何かを感じ取っていたのだ。


杏子は深く息を吸い込み、覚悟を固めると、ゆっくりと弓を構え、打起し、引分けへと流れるような一連の動作を続けていった。杏子の動きは美しく、無駄が一切なく、全身で弓道の精髄を体現しているかのようだった。周囲が息をのむ中、杏子は弓を引き絞り、会(かい=ねらいを定めた状態)に至り、そして放った。


放たれた矢は、一直線に的の中心を射抜いた。道場には沈黙が訪れ、しばし誰もが息を呑んだまま、杏子の次の動作を見守った。杏子は続けてもう一本、さらにもう一本と、全部で四本の矢を放った。どの矢も的の中心を見事に射抜いた。一般には、正鵠せいこくとも、図星とも、本来弓道は的の種類によって真ん中の表現が異なる、に命中した。熟練者でも滅多に見られないほど完璧な射だった。


「……すごい……!」


冴子や栞代をはじめ、その場にいた全員が杏子の射を目にし、心を奪われていた。弓を愛し、鍛錬を重ねる者だけが身に纏うことのできる気迫が、杏子から溢れていた。杏子が放つ射には、ただの技術や集中力だけでなく、彼女の弓道に対する純粋な情熱が凝縮されていた。


杏子の矢が的に命中するたび、道場内に静かな感動が広がっていった。その場にいた二年生や冴子も、杏子の射の美しさに心を打たれ、無言のまま見守った。

弓を本当に愛する者だけが纏うことのできる空気感が、その場に居た、弓に真剣に取り組む者全ての人に伝わった。


2年生や冴子が感動した表情で杏子を見つめる中、次の瞬間、拍手が自然と湧き起こった。杏子はその拍手に驚き、少し照れくさそうに微笑んだ。


一方で、三年生たちは言葉を失っていた。軽い気持ちでからかい、嘲笑していた自分たちが急に恥ずかしく感じられるほど、杏子の実力は圧倒的だった。彼らもまた、弓道の難しさを知っていたからこそ、その見事な射に深く打ちのめされる思いだった。


そんな中、栞代は杏子の姿をじっと見つめていた。弓道の知識はなくとも、杏子の射から伝わる強い気持ちが、彼女の胸に響いていた。杏子の覚悟と弓道に対する愛情、それはかつて自分も確かに持っていて、今は逃げだそうとしていた、「本気で何かに向かう姿勢」を思い出させるものであった。


杏子の射を見つめる栞代の胸の奥に、熱い何かが静かに灯っていた。それは、杏子と共に同じ夢を追いかけたいという新たな決意へとつながっていくものだった。





本文中にも書きましたが、弓道は危険なスポーツでもあります。

初心者は、いきなり弓を射ってはいけません。無理に射たせようとしてもいけません。

必ず指導者の指導をうけましょう。

無理やり射たせるなど、絶対にしてはいせません。これはフィクションですから。

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