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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
198/433

第198話 期末テスト/ブロック大会前

 期末テストとブロック大会を目前にして、風が涼しく感じられる放課後。開け放した弓道場の窓からは、雨を呼び込む前の匂い――青く刈られた芝と、遠くのアスファルトが日暮れの陽に焦げる匂いとが混ざり合って、胸の奥をそわそわと掻き立てる。


 弦音がひとつ、静寂を裂いた。続けざまに「的中!」と真映の弾む声。

 しかし杏子は的心を射抜き、いつもと変わらぬ様子だが、一旦弓を置くと、頭の片隅では、赤ペンで埋め尽くされた世界史のプリントが揺れている。


「今日はここで切り上げようか。さすがにみんな集中力が散ってきてる」

 栞代の低い声が背後から掛かる。

 振り返ると、彼女の額にも細かな汗。けれど瞳は凛として、射の乱れより仲間の乱れを先に察知するその眼差しは、頼もしくもあり、胸に痛い。

「……試験範囲、まだ全部入ってないんやろ?」

 図星だった。杏子は黙って矢筒を抱え直した。


 更衣室。湿ったシャツを替えながら、真映が陽気に言う。

「テストなんて、暗記科目さえ夜ぶっ通しで詰め込めば何とかなるって!」

「その“昨夜”はいつ来るの?」

 ソフィアが呆れたように笑い、長い睫毛を瞬く。彼女のノートはびっしり英語で埋められている。

「でもね、日本語の古典は真映の“ぶっ通し”じゃ通用しないわ。活用表を“リズムで覚える”って言ってたけど、あれ本当に効くの?」

「効く効く! 『ハヒフヘホ』の合いの手入れたら完璧や!」

「ギャグで記憶に定着させるのは理にかなってるわね」――と、ノートを閉じた一華が冷静に頷く。「ただし本番で口に出すのはだめよ」


 笑いが広がり、一瞬だけ湿気が薄れた。

 けれどドアの向こう、夕闇が深まるグラウンドを見つめている紬の横顔は硬い。

「……ブロック大会まで、あと少し」

 その呟きに、笑い声は静かに落ち着いた。

 練習量を絞れば射型が鈍る。しかし残された夜のうちに暗記事項を押し込まねば赤点――その現実が、皆の背中に薄い膜のように張りついている。


そして、いざという時の瑠月も、さすがに見てくれる時間は少なくなっていた。

「瑠月さんにもしものことがあったら悔やんでも悔やみきれない」そう杏子が呟くと

「全然問題ないわよ。ちゃんと計画通りにしてるから」瑠月の明るい声に救われる。

すると途端に杏子が

「来年は、どうすればいいんでしょう?」とベソをかきだすので、瑠月は明るく

「来年もちゃんと見てあげられるように、頑張ってるから安心して」と杏子の頭を撫でる。瑠月は、地元の国立大学志望で、このまま順調なら、特に問題はなさそうだった。むしろ、もっと難関大学を、と言われているようだが、瑠月は家庭のことを考えて地元に留まるようだ。


 翌日、放課後の部室。恒例の弓道部勉強会。窓辺の席にはいつものの面々が陣取り、教科書と瑠月直伝の予想問題集を固めている。

 紙をめくるささやかな音。雨だれのように単語をつぶやく声。

 杏子は現代文の評論文を読みながらも、無意識に肩甲骨を寄せて呼吸を整えていた。弓を持たない左手の指が「取り懸け」の形をなぞる。


 頭が熱を帯びた。ページの文字がにじむ。

 そのとき、そっと冷たい缶緑茶が視界に置かれた。

「はい、水分補給」

 紬だった。彼女も化学の公式を覚えきれず眉間に皺を寄せているはずなのに、杏子の疲労を先に拾う。

「ありがと……でも紬こそ大丈夫?」

「それはわたしの課題ではありません」

その言葉に栞代が「いや、紬の問題なんだよ」と応える。

すると紬が無表情を崩さず、

「うん。私、射のイメトレと公式を結びつけたの。“矢所を示すベクトル”とか言うて」

 くすっと笑って去る背を、杏子は見送った。

なぜ今まで思いつかなかったのか。射型に当てはめるなら、もうどこの部位でも覚えられそうなのにな。

 杏子がなにを考えているのか分かった栞代が「杏子には、それ無理。だって、姿勢のこと考えたら、全部そこに行くから」と笑う。


 静けさを破り、真映の小さな悲鳴。

「えっ、一次関数の切片が飛んでった!」

 笑いが起こり、一華に「シーッ」と睨まれ、肩寄せ合って必死に声を押し殺す。その温もりが、試験範囲よりも確かな“何か”を胸に刻んだ。



 テスト最終日。終鈴が鳴ると同時に、教室の窓から空へ歓声が飛んだ。

 答案用紙の点数はまだ分からない。けれど鉛筆の芯をすり減らすように重ねた夜の分だけ、視界は澄んでいた。

 廊下を駆け下りる足音が交錯する。

「弓道場――走るで!」

 この日ばかりは、一番乗りした真映だった。


 道場は茅の匂いを濃くして待っていた。

 一同揃って深く一礼し、弓を取り、矢を番える。

 夕陽が射場の床板を染め、風鈴のようにかすかな蝉声が混じる――夏への端境、静謐の中で熱が芽吹く一瞬。


部内では試合前の特別メニューになっていたが、相変わらず杏子の側を離れようとしないつばめ。本番に向けて、徐々に緊張感が高まっているようで、杏子の相も変わらぬ力の抜け方に、安心していた。


 乾いた中靱の響きが、道場の天井に、そして仲間たちの瞳の奥に反響する。

 試験勉強でこわばった肩が、射の残心でほどけ、掌にじんわりと熱が広がる。

 そこに宿るのは、数字では計れない手応え――期末テストとブロック大会、その二重奏を乗り切る予感だった。


そしてブロック大会の次の集には、鳳城高校、鳴弦館高校との練習試合が待っていた。

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