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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
192/433

第192話 帰路

県大会の結果は、女子は団体、個人2枠、全てを光田高校が独占。男子は団体、個人とも準優勝に終わったが、個人では全国大会への出場枠を確保した。


試合が終わり、大会会場を後にし、光田高校の弓道部員たちは、貸切バスに乗り込んでいた。


県大会、団体戦優勝。そして個人戦ワン、ツー、スリーフィニッシュ。その栄誉が、車内の空気をキラキラと震わせていた。


「バスの中では、静かに――まあ、できる範囲でな」

拓哉コーチの苦笑まじりの注意は、バスのドアが閉まる前に風に流された。


杏子は最後に乗り込み、ぽつりと窓側の席に腰を下ろした。窓の外には、暮れなずむ空。そこに映り込む自分の顔には、どこか穏やかな、でもほんの少し物足りなさも漂っていた。


隣にドスンと座ったのは、栞代だった。

「杏子、だれもが杏子の実力は認めてる。まあ、もう終わったことだ。元気だせ」


杏子は笑ってうなずく。栞代は「真映がまた大変だぞ」と仕方ないというあきらめ顔で杏子に呟いた。


案の定、バスがガタンと揺れて動き出してすぐ。


「はいはいはーい、注目ぅっ!」

座席を飛び出し、前方に設置された車内マイクを真映が奪い取る。


「ただいまをもって、光田高校弓道部は、私が統治します。県大会完全制覇の光田高校には、ワタクシこそが相応しい!」


なにごとかと目を丸くした運転手がミラー越しに彼女を見ていた。


部内には一瞬の沈黙が走る。そして、完全な無言。


「ぱちぱちぱち」

律儀に拍手を送ったのは楓だけだった。


「この子、自由すぎない?」と栞代が低く呟く。


「それはわたしの課題でありません」と、紬が表情一つ変えずにぼそりと漏らす。


真映はというと、マイクのハウリングにも負けずにひとりで「第一回統治命令を発令しますっ!」と叫んでいた。


その声に、笑いが弾けた。


バスが県大会の会場を離れ、山を下るにつれて、日暮れのオレンジが車内にも滲んできた。


「それじゃ、わが光田高校弓道部の誇る金髪フィンランド美人、ソフィア、なにかフィンランドにちなんだクイズを一つ出してください」


真映が、声を張る。


「Kiitos paljon. Ymmärrän täysintäysin.(了解です)では──このキャラは誰でしょう!CVは斎藤千和、初登場は2006年のOVA、身長は162センチ、誕生日は8月21日」


「……おい、それフィンランドとなんの関係があるんだよ」

あかねがつっこむ。


ソフィアはきょとんとした顔のまま、にっこり。


「フィンランドで大人気の日本アニメです。Mitä huomautettavaa?(なにか文句ありますか)」


「うう、美人が怒ると迫力あるな……」と、真映はマイクをそっと手放した。


その瞬間、誰よりも静かな席から、ぼそりと声がした。


「……阿良々木火憐」


一同が一斉に振り向く。


「お〜。さすがTsumugi。誰も知らない問題をすらすら答えるとは。恐るべし日本。恐るべしTsumugi。Erinomaista.(最高です)」と、ソフィアが大喜びで大きく両手を広げて無邪気に手を叩いた。


「この姿、学校の男子連中は知ってんのか?」

あかねが呆れる。


栞代は座席にもたれながら呟いた。

「オレたち、何に巻き込まれてんだ……」


バスが高速道路に乗った頃、ソフィアが立ち上がり、バスの後方へと進む。


「それでは、見事正解した紬と、そしてみなさまに……今日のために、リーサおばあさんに習って作った焼き菓子を配ります!」


ソフィアが取り出したのは、まるで煉瓦のような茶色い塊。どこから見ても食べ物には見えなかった。


「やば……硬そう」とあかねが小声で漏らしつつ、ひとくちかじった。


──ゴリッ。

「これ……武器だね?」


続いて真映が一口。

「歯が……あ、無事だった!」と親指を立てて小さくガッツポーズ。


杏子はというと、おっとりと微笑みながら、ひとこと。

「おいしい」

ただし、焼き菓子はまったく減っていなかった。


車内は、勝利と焼き菓子とアニメの知識とで、いよいよカオスの様相を呈していた。


杏子が焦げた匂いの焼き菓子と格闘していると、つばめがiPhoneを片手に駆け寄ってきた。


「杏子先輩、お姉ちゃんですっっ!」


つばめが差し出した画面には、つぐみの顔が映っていた。

「おー、つぐみ、今日そっちも大会だったんだろ?どうだった?」

と、栞代が横から声をかける。つぐみは軽く笑いながら、


「結構強くてな。優勝はできなかった。でも、2位には入ったから、約束通り、全国大会、そしてその前のブロック大会で会えるぜ。」


「団体戦は?」栞代がさらに訊ねた。


「団体は3位だった。団体での総体ははちょっと難しいかもしれないが――絶対に諦めないぜ。」


「さすがだな、その気合。」


「ところで、杏子がまたやったんだろ?つばめから聞いたよ」


「まあな。仕方ない。最大の弱点だけど、人間だからな。ひとつぐらいそんなところがないと、可愛げがないだろ?」


つぐみが笑うと、つばめが申し訳なさそうに頷く。


「でも、次わたしとやる時までには、絶対にそれ、直しておけよ」


「ほら、杏子、つぐみが言ってるぞ」


「う、うん。つぐみ、おめでと」


「総体では、絶対に会おう。だって最後だぜ」


「う、うん。そうだね」


杏子は少し考え込むように俯いた。


「ま、まあ、今日のところは元気だそうぜ。ブロック大会の姉妹対決、楽しみにしてるぞ」


「じゃあな、栞代。くれぐれも杏子を頼むぞ」


電話が切れ、画面が暗くなる。静寂を破って、つばめが少し申し訳なさそうにしていた様子を見て、栞代が声をかける。

「つばめは自信もっていいんだぞ。そこまで杏子を追いこんだってことだ。」つばめは、少し誇らしげに自分の席へ戻って行った。


その空気がまだしんみりと残る中、バスの車内に突然、あかねの声が響く。


「ここで、気合いを入れてカラオケ大会~!」


全員が瞬時に振り返り、あかねを見つめた。栞代が目を見合わせ、声を低めに。


「お前、どのタイミングで気合い入れる気だよ…」


真映は満面のドヤ顔で、


「私はラップで勝負します!」


勢いよく拳を振り上げる。その勢いを受けて、ソフィアが軽やかに一歩前に出て、


「じゃあ、私はボカロになる!」


とポーズを決める。場内軽くざわめく。


一方、紬は笑いを我慢しながら目元に手を当て、小声で、


「それはわたしの課題ではありません」

と呟く。


あかねが「ほんっとに、だれかビデオ撮って、流したら、人気も落ちるかもな」

「いや、きっとさらに爆発するよ」

真映が応えると、まゆや楓、一華が力強く頷いた。


バスは、山道を下り、ゆっくりと夕焼けの色に染まった街へと向かっていた。笑い声、脱線したカラオケ、ラップバトル未遂――ぜんぶ詰まった時間が、まるで宝物みたいに、車内に残っていた。


栞代がふっと笑って、隣の杏子に囁くように言った。


「杏子、みんな杏子を笑わせようとしてんだな」


杏子は、少し照れくさそうに笑って、頷いた。


「……うん。なにか心配かけちゃったね」

栞代が付け加える。

「そんなチームを作ってるのが、杏子なんだ。自信もて、自信」


紬が、わざわざ後ろの席から顔を出し、静かに言葉を添えた。


「それはわたしの課題ではありません」


一瞬の沈黙。けれど、その言葉に込められた紬の気持ちは、十分杏子に、そして栞代に伝わった。


栞代は口角を上げて言った。


「それが光田高校の強みだいな」


その言葉に、杏子に綺麗な笑顔が浮かんだ。

窓の外には、夕暮れに照らされた山と町。

その夕陽が、杏子の頬をそっと染めていた。

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