表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
186/433

第186話 部内試合

秋の風が、校舎のガラスを震わせた。

気がつけば、文化祭も県選手権も通り過ぎ、光田高校弓道部には、また別の静かな緊張が流れはじめていた。


――新人戦に向けての部内試合。


ここで結果を出すことは、そのまま光田高校の「代表チーム」に入ることを意味する。

それは同時に、次に進む資格を手にできるかの分水嶺でもある。


試合にやり直しがないように、この選考試合も一回勝負。

練習での的中率や態度は一切関係がない。正規の練習への出席率は部内試合への出場資格ではあったが、そこは全員がクリアしている。


いつもはお互いを支え会う弓道部の仲間が、今日ばかりは“ライバル”だった。

始めて部長として部内試合に挑む杏子は、全体を見て改めてこの試合の残酷さを感じていた。

――杏子は、静かに息を吐いた。

彼女の射は、安定そのものだった。だがそれ以上に、部内選考の独特の重さを、一番冷静に受け止めていた。


コーチは選考というシステムの不透明さ、原理的に持つ公平さの欠如を理由に、この部内試合というシステムを導入していたが、確かに、もしも「選ぶ」という立場になれば、その理不尽さに責任を持たなければならない。

コーチにそんな人間ではできないことを押しつけてはいけない。


改めて、杏子は祖父がいつも「選考」を嫌う理由を、噛みしめた。

そして、祖母の残した夢を叶える最後の年。だからこそ、いつも通りに。いつも通りに。繰り返していた。


栞代もまた、いつもの冷静さを保ちつつ、手の内をひとつひとつ丁寧に確認していた。杏子のために。そして自分のために。やはりいつも通りに。つぐみは、当てるという気合が意識の中で見事に昇華されていたことを思い出す。あいつもやっぱ、凄かったな。


この2人だけは、誰もが「別格」と認める存在。


そして、残る枠を争うと見られていた、つばみと紬。

前回の大会でその安定感を見せつけ、明らかに自信を得ていた。だが、打倒姉を掲げるつばめにはまだ少し迷いがあった。


あかねは総体出場経験、そして前大会での優勝経験。安定さにはやや欠けるが、爆発力があるということも証明した。「親友まゆを支える役目」から、「一選手」として試される覚悟を決めていた。


ソフィアは、初出場の前回大会で自信を深めた。

栞代と並ぶ未来を、当然諦める気はなかった。


楓と真映の一年生コンビは、それぞれに違う空気をまとう。

楓は落ち着いていて、「まだ一歩ずつ」という内省的な姿勢。

真映は、「ぜったいレギュラーチーム行ったる!」と、もう全力で自分にプレッシャーをかけて自分の力を信じきっていた。それこそが真映の力の元だ。


そしてまゆ。

この選考が、自分にとっては厳しいということは十分分かっている。

しかし、一発勝負。自分にもチャンスがある。

一度的中したからといって、それで満足できるわけではなかった。

それを“まぐれ”ではないと証明しなければならない。

それに、今度は「椅子に座った選手が、レギュラーとして堂々と選ばれる」ということ自体が、後に続く誰かの希望になると信じていた。


誰もが、自分だけの戦いをしていた。

杏子以外の選手の願いは、ただ、杏子と共に的前に立つ。そのことにあった。


拓哉コーチは、全員を見渡して、静かに言った。


「……いつものことだが、“それぞれの矢”を見せてくれ」


その言葉を最後に、射場はただの道場ではなくなった。

未来を決める場所――静かに、しかし確かに、始まろうとしていた。


順番はいつものように抽選で決められた。最初は5人。続いて4人。



紬   ×〇〇〇

杏子 〇〇〇〇

まゆ  ×××〇

真映 ××××

栞代 〇〇〇〇


楓    〇×××

ソフィア  ×〇××

あかね  〇×〇×

つばめ 〇〇〇×


拓哉コーチは、一華がすぐにまとめた、部内選考試合の結果を成績順にした表を張り出した。


杏子 〇〇〇〇

栞代 〇〇〇〇

紬   ×〇〇〇

つばめ 〇〇〇×

あかね 〇×〇×

楓   〇×××

ソフィア ×〇××

まゆ  ×××〇

真映 ××××


杏子と栞代。どちらも皆中。

この結果はある意味、当然であり、しかしやはり圧倒的でもあった。


杏子は、「全国優勝」という、まだ見ぬ景色だけを見つめていた。

でも、杏子は、そこは自分ではコントロールできない、たまたま、の領域、だと分かってた。わたしのできることは、「姿勢」だけ。それはおばあちゃんを信じること。中田先生を信じること。

それだけを研ぎ澄ますように、今日も淡々と、整えてきただけで、そしてそれを続けていくだけ。


終わったあと、杏子は道場の隅で、小さく呟いた。

「たまたま、たまたま」


けれど、その「たまたま」が、誰にも真似できないことを、栞代は知っている。

杏子の背中を見ながら、ふと、自分の呼吸が深くなるのを感じた。

――こいつに声をかけたのが運の尽きだったな。まさか宇宙人だったとは。

プレッシャーではない。

これは、誇りだ、と栞代は思った。


試合が終わって、弓を片付けながら、紬がふと肩を回した。

「はぁ……」


ソフィアが少し離れたところから、ストレッチしながら近づいてくる。

「Tsumugi、良く立ち直りました。最初外したとき、プレッシャー凄かったでしょう」


「Thanks。でも、ソフィアこそ2本目、すっごい綺麗だった。私あれ見て、集中戻った気がするもん」


ソフィアは照れくさそうに笑った。

「……実は、あの1本のあと、指が震えてました」


「うん、気づいた」

「えっ」


「でも、その震え、ぜんぜん射に出てなかったよ。……強くなったね、ソフィア」


その言葉に、ソフィアは一瞬目を見開いて、それからふっと笑った。

「……Thanks.次は、Tsumugiと並びたい。じゃなくて、超えたい、です」

「Luulen, että se ei kuulu vastuulleni.(それはわたしの課題ではありません)」


二人の間に、静かな火が灯っていた。

ほんわかとして、でもちゃんと熱がある、そんな関係。




まゆは、射場から戻るとき、ゆっくりと杖を握る手に力を込めていた。

その背後から、あかねが追いついてくる。


「……最後、当たったやん」


まゆは少しだけうつむいたまま、声を返す。

「うん。でも……3本外してから、最後に当てても……」


「おいおい。この前始めてあてた奴の言うこと?そこがすごいんやろ?」

「……でも」


「でももヘチマもあるかい。最初から最後まで完璧な人間なんて、杏子くらいやぞ? あんなの参考にならんて。なんせ宇宙人やから。それに」


「それに?」


「杏子、まゆがあてたときな」

「うん」

「絶対泣いてたな」

「え? ほんと」

「間違いない。あいつ、すぐ泣くからな」

「……ふふ。たしかに」


まゆの口元に、ようやく笑みが戻る。


あかねは、それを見て、こっそりほっとした顔をした。

この笑顔を守るのが、自分の射より大事だと、あかねはもう気づいている。




控室の隅。真映が突っ伏してうめいていた。

「ぬあああああ! あと1本、どこ行ったあああああ!!」


つばめはそれを見て、少し引き気味に。

「真映、それ、5回目の台詞……さっきから」


「うるさい! まだ5回だ。言わないと自分に呪いかけられないの!」


楓はとなりで自分の弓を拭きながら、淡々と。

「でも、つばめ、3本。あれすごかったです。」


「ありがと。でも最後落としたの、正直めっちゃ悔しい。どうしても気になっちゃう。あと一歩、なんだけどな。……でもまあ、真映が大暴れしてくれたから、私は冷静になれたよ」


「そうだね……って何その言い方!? わたしを代わりにするなあああああ」

6回目の叫びが響いた。


そこへ、そそそっと現れたのが、マネージャーの一華。

「おつかれさまでした……皆さん、すごかったです……!」


楓がくるっと振り向いた。


「一華、私どうだった? かっこよかった? かっこよかったよね?」

先輩の前ではほとんど話さない楓も、一華にだけ見せる表情だった。


「え、えっと、3本目の構え、ちょっとカニみたいでしたけど……」


「……えっ?!」


「ごめんなさいっ、でも可愛かったです!」


「……一華。癒されるけど、それ普通に傷つくやつ……!」


真映が爆笑し、つばめも肩を震わせる。

「おし、次や、次。次は杏子さん、びびらすで~」

7回めの叫びは、方向が変わってた。



少し離れた場所から、それを見ていた杏子は、なんとなく目を細めた。


騒がしいぞ。でも、嫌な騒がしさじゃない。

笑顔があって、熱があって、それでいて崩れていない空間。



「……みんな、がんばってるんだね」

誰に向けるでもなく、杏子はぽつりとそう言った。

楽しそうで良かった。祖父の言葉を少し思い出していた。


キャラキャラしてる一年生、静かに噛みしめてる二年生。


杏子は、そしてまた、弓を持つ。

そっと背筋を伸ばして、的前に立つ。


その姿を見た部員たちは、静かに練習を再開した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ