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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
185/433

第185話 県内選手権

県内選手権当日。


大会会場となる県立武道館。

張りつめた静寂と、同じ志を持つ者たちが一同に集まった熱気。

出場校、全24校、計72チーム。


「県内選手権」は、全国には繋がってない。

けれど――光田高校にとっては、この場がすでに“選抜”の第一章だった。


杏子の代が“本物”であるという証。全国で団体優勝を狙う。そのための第一歩だった。


予選は一人3射、12射で的中数を競い、上位24チームが予選突破。


Aチーム、あかね、まゆ、杏子は、杏子の圧倒的な安定感が目立つが、あかねが1本、で合計5本

Bチームは栞代、ソフィア、紬の3人。Bチームという扱いだが、実力的には今回の光田高校のトップチームと言えた。栞代と紬がそれぞれ3本ずつ、公式戦初出場のソフィアも1本を決め、合計7本となった。こちらも公式戦初出場となるソフィアも1本を決めて、合計7本

Cチームは、一年生チームだ。真映、楓、つばめ。真映と楓は公式戦初出場の重圧を越えて、1本ずつ、つばめが3本の合計5本。


3チーム全てが予選を突破した。


応援に駆けつけたソフィアの祖父エリックを、杏子の祖父が落ち着かせていたが、なんとも不思議な光景でもあった。


椅子に座って弓を引くまゆの姿に、弓道を真剣に愛していないものに限って揶揄する声や態度が見えたが、栞代や真映、あかねがきっちりと寄り添う。さらに男子部員も自らをまゆらー(まゆのファン)と称する松平、ソフィアにいいところを見せようとする海棠らが中心となり睨みを効かせる。時には役立つな、と呆れつつ今回に限りは感謝する栞代だった。


二次予選。ここで8チームに絞られ、決勝トーナメントへの進出となる。

Aチームは、あかねが徐々に調子を出し、2本、杏子は相変わらず表情を一つも変えずに安定の4本 合計6本

Bチームもソフィアが落ち着きを取り戻し、2本、合計8本

Cチームも楓が落着きを取り戻し、2本、合計6本。


突破レベルの6本をギリギリながらもクリアし、全チーム決勝トーナメントに進出することになった。

3チーム全てが決勝トーナメントに進出したのは光田高校のみである。全国優勝に向けて、層も厚みができている。


決勝トーナメント、一回戦(準々決勝)、予選一位通過となった光田高校Bチームは、青竹高校Aチームと対戦。

栞代と紬が安定し、ソフィアも力を発揮し、合計8本で勝利。


光田高校Aチームは、シード順位は3位扱いだが、1位と同じ的中数だった川嶋女子Aチームとの対戦。

杏子が弓を構えた瞬間、空気がわずかに震えた。

まるで道場そのものが彼女の動きに呼応するかのように、音が吸い込まれた。


決して派手さもなく、むしろ穏やかな雰囲気であったが、、ただ、そこに在るだけで周囲に伝わってくる“何か”があった。

それは、弓道との、自らとの長い対話の末に辿り着いた弓への敬意が滲み出るような、そんな佇まいだった。

空気を制し、場の重心すら変える静かな威厳を帯びていた。

明らかに気押された川嶋女子は乱れ、合計6本の的中に収まった。

光田高校もまゆが的中をだせず、あかねがなんとか2本を当て、同点で競射になった。


競射になったことで杏子はさらに空気を制したかのように場を制する。逆にあかねは背中を押されたように的中。川嶋女子は最後の前田霞がかろうじて意地をみせるも、2-1で光田高校の勝利。


最後の光田高校Cチーム。勢いに乗る1年生チームではあったが、海浜中央校のエースチームには僅かに及ばなかった。だが、大健闘を見せた。


試合が終わってすぐ、控室で真映は弓を置くよりも先に叫んだ。


「うっそでしょ!? あと一本!? 一本って! わたしら、一本足りてなかったってこと!?」


場の空気をものともせず、真映は続けた。

つばめが少しだけ肩をすくめる。

「……そう。一射わたしが決めていれば同中だった。言い訳はしない」


その表情には悔しさが滲んでいたが、いつものつばめらしく、それを受けとめていた。

楓は、二人と違って、少しだけ違う温度の中にいた。

もちろん、勝ちたかった。でも。

「……でも、すごかったよね。あんな強いチームに、あそこまでやれたって」


本人なりに本気で引いて、半分当てた。立派な成績だった。それでも、相手はさらにその上を行った。

初めての試合。自分の射に、今はまだ悔しさよりも感動のほうが勝っていた。


そんな楓に、真映が言った。

「……楓、あんた、今“楽しかった”って言おうとした?」

「うん、まぁ……ちょっと」

「それな! それが敗北者の思考だ!わたしは違う!絶対リベンジするからね!」

的中数は楓と全く同じ二人だったが、激しさは異なっている。

「 次はAチームで出る。 杏子さんの隣ゲットするからね!」

「いやいや、そのポジションは譲れないよ──」

と、楓が乗りかかる。

「いやいやいや、待ってくれ二人とも。私がそのポジションいただくから」

と、つばめも冷静な声で火に油を注ぐ。

3人の声が重なり、わいわいと揉めるような言い合いになった。

でもその会話の中に、涙はなかった。

それぞれの中で、悔しさはきちんと芯になって、もう次に向かっていた。


準決勝

川嶋女子Bチームと対戦した光田高校Bチームは、栞代、ソフィア、紬と、安定して8本。川嶋女子Bチームを退けた。


もう一つの試合は、海浜中央Aチームと光田高校のAチーム。名目上、Aチーム、エースチームどうしの対戦になった。

だが、光田高校は、まゆがとても綺麗な姿勢を見せてはいたが、そのプレッシャーに耐えることに力を使い、まだ的中をみることはできなかった。

だが、あかねが踏ん張り、3本の的中。合計7本。海浜中央高校も、杏子の佇まいに空気を支配されつつも、7本的中。光田高校にとっては続けての競射になった。

そして、競射ではあかねが踏ん張ったことと対照的に、海浜中央高校は乱れ、結果2-0で、光田高校Aチームが勝利した。



そして決勝は、光田高校のAチーム対Bチームの同校対決となった。


同門対決に圧倒的に弱い杏子を心配した栞代が、試合前に、何も考えず姿勢だけ考えろよ、と伝えた。だが、杏子はそのことよりも、まゆを支える方に意識が行っているようだった。栞代は安心した。これで本気で対決できる。


ここまでの的中数と安定度からいえば、Bチームが有利と思われたが、杏子の空気感はたとえ同高校でも、いや、同じ高校だからこそ、試合の対戦相手として杏子を感じるのは始めての経験だった。

栞代は驚いた。栞代の動揺は伝わったのか、ペースを崩されたBチームは、それでも7本の的中を出したのは、さすがと言えた。


競射になった。

競射は、光田高校Aチームは三戦連続だった。


接戦で勝つ。僅差でも負けない。それこそが強いチームの証だと拓哉コーチは考えていた。


そして競射。自分の空気を取り戻した栞代があてる。

まゆを支えたい、との思いを表現し、あかねもあてる。

ソフィアは、初の公式戦ということもあり、気力が限界だった。微妙に矢は乱れて外した。


まゆの順番が来た。


矢を番えながら、まゆは杏子の言葉を思い出していた。

――あてなくていい。綺麗な姿勢を見せて。

「その姿勢が、まゆのすべてを語るから」――。


たしかに、試合になると、どうしてもあてたくなる。

それが人間で、選手だ。こうして実際に試合をすると、杏子の凄さが改めて分かる。

でも、杏子は言ってくれた。

“結果はたまたま。そしてみんなのもの。姿勢だけが、まゆができること。まゆだけのもの”


椅子に座ったままの射は、光田の中でも、いや、県内でもまゆひとり。

そのことが、ずっと劣等感だった。

けれど今日は――後に控える杏子に、見せたかった。

“わたしの、いちばん”を。


音も光も、すこし遠くなった。そこにあるのは、自分と弓と、的だけ。

肩の力が抜けたというより、空気の重さそのものが抜け落ちていくようだった。

張り詰めていたはずの空気が、するりと、透明になった。


かんっ。


少し乾いた金属音のような、張りつめた紙を貫く音が響く。


的中。


音が、会場を切った。

乾いた金属音のような、紙を貫いたような――でも、そのどれとも違う。

“たまたま”の音だった。

まゆの努力が、まゆの思いが表現された瞬間だった。


静寂が、数秒遅れて破られる。

まゆは信じられないという顔で、的を見つめた。

自分の矢が、そこに刺さっていた。

確かに自分の結果の音だった。


あかねが息を呑んだ。

目を見開き、言葉が出ない。

その横で、いつも冷静な紬が、わずかに手元を乱した――。


でも、もっとも動揺していたのは、杏子だった。


杏子が外した。


彼女はあの的の前で、姿勢の鬼で、安定の化身で、宇宙人と呼ばれてすらいた存在だったのに。


杏子の目には、涙がいっぱいにたまっていた。

矢を放ち、礼を終えたその瞬間、涙がすっとこぼれ落ちた。

音もなく、杏子の頰を伝って。


それは、まゆの努力を、成長を、姿勢を、全部、知っていたからこそだった。

杏子は誰よりもそばで、まゆを見てきた。

拓哉コーチが外部に指導を求め、杏子自身も参考文献を漁り、姿勢を研究した。

弓を引くときの目線、肩の落とし方、足が万全な状態で地にない射のバランス――

そのひとつひとつに、杏子は本気で向き合ってきた。

杏子に憧れてる、と言って、諦めていたけど弓を引きたいと言ったまゆ。

祖父が倒れたとき、ずっとわたしの側で支えてくれたまゆ。


控室に戻ったとき、まゆはまだ呆然としていた。

でも杏子は、もう止まらなかった。

泣きながら、笑いながら、まゆの肩を抱いた。


「まゆ、まゆ、まゆ・・・・」言葉にならない。

ようやく絞り出す。

「やったね。……本当に、やったんだよ。

すごく綺麗な、綺麗な射型だったよ」


あかねも涙ぐんでいた。

そして、栞代、ソフィア、紬、つばめ、真映、楓、一華……

光田の仲間たちが駆け寄り、囲んだ。


まゆがゆっくりと杏子を見つめる。

杏子に憬れて始めた弓。拓哉コーチもだけど、杏子がずっと見ていてくれた。射型が崩れるからと遠的の練習すら避けていた杏子が、それ以上に全く違う、椅子に座って弓を引く姿勢を、自ら勉強して、研究して実践して見本を見せてくれた。


その成果を、ひとつ、今日、見せることができたかな。

綺麗な姿勢だったでしょう?

まゆはようやく、ゆっくりと実感し、杏子の涙でくしゃくしゃの顔が、ぼやけて見えなくなってきた。



光田高校Aチーム、県内選手権 優勝。

杏子、あかね、まゆ――三人で掴んだ、未来の始まりだった。未来という的に、最初の一射を刻んだ。



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