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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
184/433

第184話 県内選手権に向けて

文化祭の余韻がようやく校内から消えかけた頃、光田高校弓道部の空気は、またいつもの研ぎ澄まされたものへと戻りつつあった。


笑い声が飛び交い、屋台の余韻は、過去の幻のように消えていく。部員たちにとって、それはただの余白。次なる標的――新人戦に向けての助走が、もう静かに始まっていた。


だが、その前にひとつ――県の弓道連盟が主催する、いわば“前哨戦”とも言うべき大会が用意されていた。

全国へと続く大会ではない。だが、出場校は多く、予選枠に捕らわれない高校との出会いの場でもあった。

ここで結果を残すことは、次に繋がる自信と覚悟の試金石。


新人戦同様、3人制の団体戦のみ。各校3チームまでの公式戦出場枠を与えられる。そして、光田高校は、三チーム編成での出場を決めていた。

その組み合わせは、拓哉コーチが決め、杏子から発表された。

Aチームが、杏子、まゆ、あかね。

Bチームは、栞代、紬、ソフィア。

Cチームは、つばめ、真映、楓。


杏子は、そのAチームの中心に立っていた。

けれど、弓を引く背中は、あいかわらずの無言と無防備と、そして絶対的な安定でそこにあった。


拓哉コーチの指示は「上位独占」だった。目標ではなく、あくまで指示。全国で優勝を目指すなら、これから先の試合は一つも落とすな――というわけだ。


栞代は、目標を達成するためには、必ず出来る、と自分を信じることが大事だと気合をいれた。だが、杏子はどうだろう。


杏子はそれを、ちゃんと聞いてはいた。はい、とは頷いた。でも、どこか遠くで聞こえる雷の音のような受け止め方だった。


“試合に勝つことは大切。でも、それを意識すると崩れる。”


杏子のやることは、いつだって同じ。姿勢をただす。息を整える。心を沈める。ただそれだけだった。


拓哉コーチの檄は、たしかに真っ直ぐだったが、杏子の耳を通って、胸の奥で静かに着地し、まるで“景色の一部”になったようだった。


「はい」と答えて、結局、今日もいつものように――

姿勢だけを、気にして弓を引いた。


変わりないようだな。栞代は安心した。杏子はずっとこの、真剣な鈍感という、誰も到達できないところで結果を出し続けているから、それでいい。変わる必要はない。そもそも弓を握れば宇宙人だから。



一方、出場チームの組分けの発表があった日、まゆはその夜、何度も夢を見た。

試合で座ったまま引く自分。

まわりは立っている。照明が眩しくて、誰の顔も見えない。的も遠くて、小さくて、笑っているように見えた。

目が覚めたとき、胸がぎゅっと締めつけられた。


もちろん、嬉しかった。杏子と一緒に出られること。たぶん今、弓道部の皆が憧れて、目標にしている場所だ。

それは、手の届かない星が、ふと目の前に落ちてきたような奇跡だった。

でも──その星を、自分の手で曇らせてしまったら?

そう思うと、嬉しさの奥に小さな棘が刺さるように、不安が浮かんでくる。


正規の練習が終わり、杏子がまゆのところに来たとき、まゆが呟いた。

「杏子・・・。杏子とと組めるの、ほんとにすごく嬉しい。でも……私、的中したことないし、杏子の足をひっばるだけだからって、ずっと考えてて……」


杏子は、まゆの言葉を途中で遮らず、ただ黙って、少しだけ首をかしげて、まゆの正面にしゃがみこんだ。

「まゆ、私ね、最初、弓を始めてから1年以上、一回も当たらなかったんだよ」

「……え?」

「もちろん、実際に矢を持たせてもらうまでにも時間は掛かったけど。でもそれは苦じゃなかったの。むしろ楽しかった。でもやっぱり実際に矢を引くと、当てたくなっちゃうのよね。でも全然当たらない。もう泣いてばっかりだったの。ちゃんとやってるつもりのに当たらないから。だから、おじいちゃんから、もう矢は辞めろって言われちゃって」

「それから?」

「それはいやだって言ったの。絶対に辞めないって。そしたら、おじいちゃんが、自分のできることをすれば、あとはもう仕方ないって教えてくれて。だって、矢が当たるかどうかって、自分では決められないでしょう?」

「え?」

「おじいちゃんが言ったんだ。風が突然吹くかもしれない、的が地震で揺れるかもしれない、矢が折れるかもしれない。とか。笑」

杏子がケラケラと笑う。

「でも、おじいちゃんの言いたいことはわかったの。自分で出来ることは姿勢だけ。どんな姿勢で弓を引くかだけ。あとはもうたまたま、の世界だから、わたしはもう関知できないんだなって」

「だから、杏子は姿勢だけっていつも言うんだね」

「そう。それからは当たるとか当たらないよりも、姿勢のことばかり考えてた。実際、おばあちゃんも褒めてくれるのはそこだけだし。今もそれは変わらない。だから、まゆ」

「はい」

「まゆも、わたしに、まゆの一番綺麗な姿勢を見せて。まゆができるのはそこだから。的中するかどうかはどうでもいいのよ。結果はみんなの結果だから。一人で背負うことは全然ないのよ。誰のおかげで勝ったとか、誰のせいで負けたとか、団体戦にはそんなのないの。これは、つぐみの言葉ね」

そう言ってまた杏子はにこにこした。

その言葉は、まゆの胸の棘をゆっくりと溶かしていった。

けれど、まだほんの少し、残っていた。

それを見逃すはずもなく、あかねが近づいてきて、いつもの軽い口調で言った。

「いいか? 杏子と組んだら誰だって緊張する。だいたいこいつ宇宙人で緊張のカケラもないから、その分、こっちが緊張を余分にしなきゃなんないんだよ」

「え~、なによ~、それ~」

「でもな、それ、私も一緒に居るんやし、二人で背負おうや、杏子が緊張するはずだった緊張分」

まゆにも笑顔が戻ってくる。

「そやから、当たるかどうかは全部杏子の責任なんや。こいつが緊張さえさせなきゃ、わたしだってな~」

あかねが明るく笑う。

「……ちょっと! なによ~その言い方っ」

杏子が拗ねるように頰を膨らませる。

「はは、冗談やけどさ。でも、ほんまに大丈夫。まゆと出られるん、杏子も嬉しいはずや。私も、めっちゃ嬉しいしな」

「それは、あってるけど」

杏子が口を尖らせる。

そして三人で笑った。


不安が消えたわけじゃない。

けれど、ふたりの言葉が、背中に小さな翼をくれたようだった。

飛べるかどうかはわからない。でも、地面に縛られてるだけじゃない。

そう思えた。


椅子に座って、弓を持つ。

その姿勢は、いつもの練習のようにまっすぐで、しなやかだった。

杏子と、あかねと並んで立つ日が、すぐそこまで来ている。


そうだ。それに、杏子と公式戦に出場できる、最初で最後の機会だ。

杏子にちゃんと見てもらおう。杏子に習った全てを。

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