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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
177/433

第177話 新幹線の中

合宿場を出る朝、少しひんやりとした高原の空気の中、手配していたバスに乗り込む。


杏子の祖父は合宿地に来ていたが、蓮遥祭の地へは一度自宅に戻ってから向かう予定だった。

だが、別れ際、祖父は名残惜しそうに何度も杏子に食い下がった。


しかし、その執着を止めたのは祖母だった。「友達と一緒に移動した方が、ずっと楽しいよ。おじいちゃんは任せて」

その言葉に、杏子は小さく頷き、新幹線で仲間と向かうことを選んだ。


長距離ドライブを心配した杏子の父母が同行を申し出たが、祖父はそれを聞くや否や「なら車を代わって。わしが杏子と新幹線に乗って行く」と言い出し、これまた祖母に阻止された。


新幹線の車両には、弓道部の5人が先頭一列に並び、その後ろの2列には、冴子・沙月・杏子の両親、拓哉コーチ、滝本顧問、榊原臨時コーチ、深澤コーチが座っていた。


彼女たちはもう高校生、とはいえまだ女子高生。声を張り上げるほどではないが、車内の喧噪を懸念する大人たちは、後部座席でそっと耳を澄ませていた。


5人の女子高生たちはそれぞれ話をしているようだが、すぐ後ろの席でも内容が分からない程度で、保護者チームは安心した。


やがて瑠月が栞代と席を交代し、杏子の隣に座る。


「最後に一緒に的前に立てて、本当に嬉しいよ」

瑠月は素直な気持ちを杏子に伝えた。杏子もまた、自身の不完全燃焼に終わった総体への思いを、ここで出し切ると誓う。


一方、栞代は冴子と沙月に挟まれるように席に座らされ、明らかに“何かが始まる”空気に固まった。


「あ、あの、オ、オレ、いや、わたし、何かしましたっけ?」


「栞代も気を使うことがあるんだな」


「いやいや、沙月、栞代は意外と気が回るんだよ」

冴子と沙月が笑う中、冴子の表情がふっと真面目なものへと変わった。


「何度も話すタイミングはあったんだけどさ。今年は初めて蓮遥祭に出ることになって、いつもの流れが崩れちゃった。それに……私たちが言った瞬間に、本当に"終わり"になっちゃう気がしてさ」


「そうなのよ」沙月が頷く。


いったい何の話だろう? 栞代はまだ内容が読めず、戸惑う。冴子が続ける。


「わたしたちが入部したのと同時に拓哉コーチが来たから、前のことは花音さんにぼんやりと聞いてただけだけど。拓哉コーチってさ、強制的に民主化したというか、強権的に自由を導入したというか、なんか、論理矛盾があるけど、まあ、そんなタイプなんだ」


前のことは知らないけど、言われてみると本当にそうだな。部として決めている練習時間は少ない。部の規則では練習日は週に半分。いつ練習するかは各自の裁量に任されている。まあ、いつでも拓哉コーチはいるし、それに実際杏子がずっと練習するから、みんな感化されて練習時間めっちゃあるけど、別に規定の日にさえ来れば良いわけだからなあ。


「コーチは、部長は選挙で決めるべきって思ってたみたい。でも、花音さんがそれだけは譲らなかった」」


「はい」


「今の部長が、次を指名する。うちの伝統だよ。三年生で相談はしたけどね」


そして、冴子は本題に入る。


「それでさ。栞代は中学時代キャプテンやって全国までチームを導いてるし、栞代はキャプテンの資格も資質も間違いなくある」


「はい」


「だけど、わたしは、杏子にやらせたいと思ってるんだ」


「はいっ」


栞代は、自分が指名される流れかと思ったので、驚いたのと、ほっとしたのと、安心したのと、いろんな感情が一気に押し寄せた。


もちろん、指名されれば断る選択肢は無かったと思う。だが、中学の時も少し追い込むところがあったし、それは自分だけじゃなく、周りにもそうだったと思う。今の弓道部には、ちょっと合わないんじゃないかと思う。杏子なら、いい。杏子の方が合っている。いや、杏子しかいない。


「杏子のいいところは、もちろんいっぱいあるけど、求心力なんだ。瑠月さんがずっと、杏子と最後に試合がしたいって言っててさ。その気持ちは分かってると思ってたんだけど、総体で杏子が団体戦出ないって決まった時、沙月もわたしも、これで杏子と一緒に試合ができないってことが、すっごく寂しかったんだ」


「考えてみたら、まゆも、紬も、ソフィアも、楓も、そして栞代、お前だって、杏子に引っ張られて、憧れて、弓道してるだろ? 杏子は一切強制してないというのに」


「そうなんですよね……」栞代がぽつりとつぶやく。


「杏子と一緒に試合に出たい。だからレギュラーになりたい。そんな思いが充満してるんだよ」


ほんとにその通りだ。


「でも杏子には、決定的に足りない部分がある」


「はい」


「自分で決めたり、みんなを引っ張っていったりする、まあ、本来の部長の役目だな」


「だから、そこを栞代に補って欲しいんだ」


「もちろんです、部長」


冴子は静かに続けた。


「うちは伝統的に副部長は置かないんだ。責任の所在をはっきりさせて分散させないようにってことらしいが、多分言い訳で、決めるのが面倒くさいのと、そこまで部員が居ないってことだけだったような気がする。でも、もし、栞代がやりやすいなら、副部長として指名するけど」


「冴子部長はなぜ副部長を置かなかったんですか」


「まあ、人数の問題もあったよ。三人だからなあ。二人とも副部長みたいなものだったし」


「そうですね」


「どうする? 栞代がやりやすいように決めていいよ」


「まあ、自分たちの代も、つぐみがいればまた話は別かもですが、紬もまゆもあかねも、そしてソフィアも、みんな仲いいし、杏子なら、逆に一人で走るタイプじゃないから無茶しないだろうし。まゆも実務は頼りになりますしね。特に副部長、ということにしなくても、肩書きがなくても、私はずっと杏子の隣にいます。今まで通りでいいと思います」


「そうか……。分かった」


「それで、これから、杏子には言うんですか?」


「いや、試合が終わってからにしようと思う。気を取られて試合に集中できないと困るしな」


「いや、部長、むしろ、弓を握って宇宙人にならない杏子を見てみたい気もしますね」


「……笑」


「でも、部長」


「うん?」


「もうそんな時期なんですね」


「……」


「改めて思いました。やっぱり杏子にはぎりぎりまで言わない方がいいです。杏子、絶対に泣きますよ。あいつ、中学の時は引きこもって、だれとも関わらず弓一筋だったから、まだおじいちゃんとの約束、泣かない、を守れたけど。こうしてみんなと関わって弓をするようになって、すっかり泣き虫ですから。

部長になるのがどうの、とかじゃなくて、冴子部長、沙月さん、瑠月さんと一緒にやるのが終わり』って思った瞬間に」


「おいおい……ってか栞代。お前も今、結構潤んでるぞ」


そう突っ込んだのは、潤んだ目をした沙月だった。


「ちゃんと笑えるようになったら、瑠月さんと交代してな」


冴子は、これが部長としての役目だといわんばかりに、まっすぐに栞代を見て言った。


そして、瑠月が席に戻ると、冴子はふっと息を吐き、涙を流した。

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