第170話 準決勝・3位決定戦
鳳城高校 vs 厳敷高校
厳敷高校の準決勝は、心技体の化身とも言える王者・鳳城高校が相手だった。
大会初日に監督の苧乃欺が突然の交代。釈明もないまま姿を消したことは、厳敷高校全体に大きな波紋を広げた。言葉では「大丈夫」と言いながらも、3年生たちの視線には不安と戸惑いがにじんでいた。
これまで一挙手一投足まで苧乃欺の“型”に縛られていた弓道部。その呪縛から解き放たれて迎えた今大会だったが、反面、苧乃欺監督の3年間の指導の集大成でもあった。
自由でなく強制。早くある程度の結果を出すだけなら、それも有効な手段である、ということをまた、厳敷高校は示していた。面白みはないが結果は出す。準々決勝までは、一挙に解放されたつぐみと、コピー機械であろうとする部員が、それでもなんとか勝ち進めた。
しかし準決勝。今までの全てがが試された。
相手は鳳城高校。王者という言葉すら軽く思えるほど、気迫も技術も礼もすべてを兼ね備えた集団だった。個の才能が集まりながら、なおひとつの意志をもって動くその姿に、厳敷高校ははじめから圧倒されていた。
それでも、苧乃欺監督からもっとも厳しく指導された羽山乙葉は弓を握った手で、目に見えぬ重圧を握り潰すように、3本を中てた。対してもっとも反発したつぐみもまた、かつての自分の射型を取り戻そうとはしたが、光田高校時代には、雲類鷲麗霞の前で外したことがなかったが、同じく3本に留まった。
だが他の3人は、ただ苧乃欺に強制され導かれるだけだった限界が出た。それでも、圧倒的な存在感を示す鳳城高校を前に、2本をあてることができたのは、苧乃欺監督の手腕であり、また、限界であった。結果は合計12本。今大会で厳敷高校が記録した最も低い的中数だった。
鳳城高校は18本。まさに格の違いを見せつけた。的中の本数だけではない。技術だけの話ではない。「王者としてそこに立つ」覚悟が、弓に対する姿勢が、厳敷高校とは雲泥の差であった。
強制され、すべてのルートを敷かれ、ただ導かれて弓を射る者と、王者としてのプレッシャーを自ら選んで纏ったものの空気感の違いは、まさに圧倒的だった。
それは技術の差ではない。日々自らの意思で真剣に弓に向う者のみが纏うことのできる「なにか」であった。
会場には居られない監督の苧乃欺だが、3年目、自信満々で望んだ大会であったが、この結果は、自らの不在によるものではない、ということを認めなければ、ここまでの人物であるということであろう。
一方、厳敷高校のメンバーは、この敗戦を、苧乃欺監督の不在のせいにする者はいなかった。むしろその不在があらわにしたもの――「私たちは誰のために、何を信じて、弓を引いていたのか?」それを突きつけられたのだ。頂点に立つために、何が足らなかったのか。
高校総体・三位決定戦
鳴弦館高校 vs 厳敷高校
準決勝直後。つぐみたち厳敷高校の控室は、重たい沈黙に包まれていた。
気持ちが沈んでいたつぐみであったが、それは、決勝で会おう、と妹や光田高校のメンバーとの約束を守れなかったことだけではなかった。
そのとき、鳴弦館高校の控室の外で――騒動が起きていた。
「おはん、かけっち言うたど? いま、ここでじゃっど!はよ、かけやんせ!」」
真壁妃那が、篠宮かぐやのスマホを握っていた。時間に余裕がないせいか、標準語が抜け落ちていた。かぐやは顔を真っ赤にして首を振る。
「なんちゅう!? いま、こげん時にけ!?」
「このままじゃ、おはんの高校さいごの夏、終わっでよ!」
鳴弦館のキャプテン鷹匠篝は、目も合わせずこう言った。
「時間なか! はよ済ませ! こっちも勝ちたかっでな!」
かぐやは渋々通話ボタンを押す。画面に表示されたのは、アメリカ西海岸。時差16時間、日本が午後2時ならあちらは前日の夜10時。
「直行…! あい女、誰じゃっど!」
「は? 誰っち、いとこのメグじゃっが! おはんに前言うたじゃろ。いま家族で泊まっちょっど」
――数秒後、電話を切ったかぐやは一瞬無言になり、そして、深呼吸した。
「…真壁、アイロン貸してくれ。前髪、なおすっで」
「おう。もう立ち直ったとけ?」
「立ち直っちょらんわ。むしろ、こっからじゃっで!」
そして三位決定戦。
順位決定戦は、一人2射。
厳敷高校は、つぐみが2本、羽山を含めた他のメンバーが1本ずつ。合計6本。
鳴弦館高校は、鷹匠、日下部、神尾、九重、そして篠宮かぐや――全員が、2射2中。パーフェクトの10本。
完全な復調を遂げた篠宮は、いつもの調子でニヤリと笑った。
「なんかおかしかなぁ。メンタルどん底じゃった昨日よか、今日のほうが手ぇ震えんとよ?」
真壁がつぶやいた。
「…おはん、ほんに単純じゃっどな。いろんな意味でさ」
今大会、王者鳳城高校に対抗できるのは鳴弦館高校だと言われていた。だがエース篠宮の不調を抱えては、光田高校に勝てなかった。
だが、部長の鷹匠をはじめ、メンバー全員、篠宮に敗戦の責任を見るものは誰も居なかった。悪いのは、誤解させた黒金直行だ。留学が終わって日本に返ってくるのが楽しみだ。メンバー全員の思いは一致していた。
厳敷高校のメンバーは、頂点に立つために何が足らないのか。それを二戦連続で突き付けられた。その中で、つぐみは思う。
勝負には負けた。でも、誤魔化しのない弓が引けた。
次に会う時は、勝ちたい。
そして今度は、麗霞の前に、あの笑顔の篠宮かぐやと、真正面から勝負してやる――そう、つぐみは心に決めた。




