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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
高校入学から県大会
17/213

第17話 紬の初訪問。

光田高校弓道部が白樹ヶ浜駅に到着したのは、午後3時頃だった。日差しは和らぎ、辺りには穏やかな風が吹いている。遠征から帰ってきたばかりの疲れもあったが、少し物足りないような、寂しいような気持ちも感じていた。このまま駅で解散することにしており、部員たちは、それぞれの迎えを待ちながら、荷物を肩にかけたり、互いに笑顔で別れの挨拶を交わしていた。あちこちで仲間と話し込み、笑顔が絶えない。今までの練習と、その成果を出した達成感がそこには漂っていた。


コーチも滝本先生も、「家に帰るまでが遠征!」と冗談めかして言い、みんなを笑わせていた。そんな些細なやり取りが、チームとしての一体感を深め、緊張の連続だった練習試合の後だからこそ、心地よく心に響く。

弓道部の遠征は単なる移動や試合以上の、心の交流の場でもあったのだと杏子は感じていた。空は澄み渡り、心地よい解放感が杏子の胸に広がっていた。


杏子は出発前に「午後3時ごろ到着する」と電話を入れていたので、祖父が迎えに来てくれていた。祖父は杏子が幼いころからいつもそばで見守ってくれる優しい存在であり、彼女が大切にしている家族だ。車が停まっているのを発見すると、杏子の心には自然と安堵が広がった。


「ぱみゅ子~!」と手を振る祖父の姿に、杏子はにっこりと笑顔で駆け寄った。ぱみゅ子とは、おじいちゃんが杏子を呼ぶ愛称である。


いつものように、親友の栞代も一緒に送る手筈になっていたが、彼女たちは帰り道が同じ方向の人で、迎えがこない人、を探してみた。すると、(つむぎ)も同じ方向に帰ることがわかった。紬は遠慮していたものの、栞代が「遠慮なんかしないで、一緒に帰ろ」と半ば強引に彼女の手を引いて車に乗り込んだ。紬は少し照れくさそうにしながらも、心のどこかで嬉しそうにしているように見えた。


祖父の車が走り出し、街並みがゆっくりと流れていく中、車内に心地よい静寂が広がった。


3人とも大分疲れたかい? 祖父が穏やかに尋ねた。栞代が

「杏子はすっごい疲れてると思う。でも、オレと紬は、応援に行っただけだから、そんなでもない。紬、どう?」

「あ、あ、はい。」

続けて祖父は、「昨日の夜は楽しかったかい?」と軽い調子で尋ねた。杏子たちは一瞬目を合わせ、それぞれの表情が少し硬くなった。車内には少しの間、沈黙が流れる。


「あれ、なんかまずかったかな?」祖父がちょっと心配そうな顔で尋ねると、栞代がぽつりと話し始めた。「おじいちゃん、実は、瑠月さんという先輩が2年生にいて、事情で2年遅れて入学してたって分かったんだ。」


祖父はうなずきながら聞いていた。「ほう、それで?」


「だから来年も一緒に試合に出られると思ってたんだけど…年齢制限があって、今年が最後のインターハイになることが分かったんだ。」と栞代はため息をつきながら言った。


「そうだったのか…」と祖父は眉を寄せた。


「今回の練習試合は選手選考を兼ねてて、瑠月さんは入れなかったんだ。予備メンバーになって、先発じゃないと出場のチャンスは少ないから…」


杏子は祖父が気遣いの言葉を探しているのを感じつつ、胸の中で苦しい気持ちが膨らんでいた。「瑠月さんは本当に優しい先輩なんだよ。みんなのお姉さんみたいな存在で…だから、私もショックで」


祖父は「みんなにとって、瑠月さんは本当に大事な存在なんだな。」と深く頷いた。


「うん…瑠月さんと本番の試合で一緒に的前に立ちたかったな。」と杏子が小さくつぶやく。


「なるほどな。これが最後と聞いたときは、ショックだっただろうな」祖父がそう言って、杏子の肩にそっと手を置いた。その温かさに、杏子は思わず少しだけ涙ぐみそうになった。

「瑠月さんの様子はどうだったんだ?」

「いや、なんかこの表現、今の場合どうかと思うけど、やっぱり瑠月さん、大人だったな。すごく明るく振るまってて、これからも頑張るって。」栞代か応える

「それは、さすがじゃな。でも、ほんとに何があるか分らないぞ。だれかが病気になったり、絶不調になったり。そんな時、瑠月さんの存在がみんなを支えてくれることになるな。」


車はゆっくりと走り、見慣れた街の風景が車窓に流れていく。やがて杏子の家に近づくと、祖父は笑顔で言った。「紬さんだったかな?栞代と一緒にお茶でも飲んでいかないかい。お家の人には電話してさ。帰りはちゃんと送って行くから。わしの入れる紅茶は絶品なんじゃぞ~」雰囲気を変えるため、わざと祖父はおどけて言った。


「えっ…でも…」と一瞬ためらった紬だったが、栞代がすぐに「紬、これは飲む価値あるよ。ほんとにおいしいから。」と言い、紬もついに頷いた。


杏子たちが玄関に入ると、祖母が優しく声をかけてくれた。「あら、いらっしゃい。皆でゆっくりしていってね」


「おじゃまします!」栞代が元気よく挨拶すると、紬も小声で「おじゃまします」と言い、少し緊張した表情で中に入った。


ふわりと漂う温かい香りと、どこか懐かしい雰囲気の中、杏子たちは心の疲れが溶けていくような安らぎを感じた。


家の中に足を踏み入れると、温かな香りが漂っていた。杏子の祖母が優しい微笑みで3人を迎え、リビングのテーブルにはあらかじめ紅茶セットが用意されている。紬は少し緊張した面持ちで、杏子の祖父母の家を見回し、暖かいのは香りだけじゃなくて、この部屋そのものだ、と思わず小さく感嘆の声を漏らした。


「さあさ、遠慮しないで座ってくれ。」祖父が椅子を引いて促す。


「ありがとうございます。」紬は一礼してからそっと椅子に腰を下ろし、栞代もにっこりと笑って「紬、緊張しなくていいからな。ま、オレの家じゃねーけど。」と笑い、隣に座った。

杏子も「うん。慣れないうちは緊張するよね。でも、うちはほんとに大丈夫だから。」と声をかけた。


祖父が「栞代なんか、もう自分で紅茶まで入れようとするぐらいだからな。それはわしの役目だっての。」と言い、笑いを誘う。


杏子も紬と栞代の向かいに座り、祖父がテーブルに用意してあった、紅茶セットにお湯を注ぐ。香ばしい紅茶の香りが広がり、湯気とともに心もほっと温かくなるような感覚が3人を包み込む。


「この紅茶、本当に美味しいんだよ。」杏子が自慢げに言うと、祖父は照れくさそうに鼻をすすり、「ほっほ、そんなに褒められると照れるな。秘伝のブレンドじゃぞ。我が家でしか飲めん。今日は特別にサービスじゃ。」と笑った。


「いただきます。」紬が小さな声で礼を言い、カップを両手で持って口元に運ぶ。口に含んだ瞬間、驚きが紬の顔に浮かんだ。「あ、ほんとに…香りがすごくいいです。優しい味…」


「そうだろ。」栞代がにっこりと笑い、杏子も「でしょでしょ?」と喜びの声をあげる。


「おじいちゃん、すごいんだよ。紅茶を入れるのがプロ並みに上手で、家族みんなが大好きなの。」杏子が誇らしげに言う。「家族みんな、おじいちゃんの紅茶が大好きなんだ。」大事なことだから二度言うんだ。そう言いたげな杏子だった。

祖母が「後片付けもしてくれたら、もっと美味しく感じるんだろうけどねえ。」と笑った。


紅茶を味わいながら、しばらく話すと、杏子が、ごめん、着替えてくるね、と行って、席を外した。


紬が栞代に、

「杏子、家ではよく話すんだね。」と声をかける。

「まあ、紬ほどではないけど、基本口数は少ないわな。でも、慣れてくると普通に話すよ。なんといっても、このおしゃべりおじいちゃんの孫だからなあ。」

「ほんとにおじいちゃんにそっくりなんですよ~。」と、祖母が優しく微笑んだ。


「いやでも、杏子はおばあちゃんにもいっぱい似てますよ。」栞代が言うと、祖母が

「ありがとう。でも、それを言うと、おじいちゃんすぐ拗ねるから。」

「もう、ほんと、おじいちゃんは子供だからな~。」

「ふん。子供がこんな美味しい紅茶入れられるかいっ。」


紬が、意を決したように聞く。

「で、で、きょ、杏子さんの弓道はおばあさまが教えてらしたんですよね?」

「あら、そんなこともないのよ。やっぱり親族が教えるのは難しいところもあるから、最初は中田先生って言って、わたしを教えてくれた先生のところに一緒に通ったの。」

「早く教えてくれってそりゃ大変だったなあ。でも、中田先生は『小さいうちは思いっきり遊ぶことが大事だから。それが練習になるからって言っててなあ。だから最初遊びながら弓に触ったから、といってももちろんおもちゃなんじゃが、だから弓にいやな思いがないんだろうな。」

「そうだったんですね。」紬が感心して頷く「わたしは、一人でできるから、誰とも関わらなくてもできると思って弓道部に入ったんです。」

「お、紬、その動機はオレと似たところがあるな。」栞代が笑う。

紬は少し顔を曇らせながら、「でも、杏子さん、それにつぐみさんを見てたら本当に凄いし、ほかの先輩もみんなレベルが高いし…私、的に当てられるようになるのかなって不安になります」と呟く。

「いや、その気持ち、わかるわ。」

栞代が深く頷くと、祖父がにっこりしながら、

「ぱみゅ子という素晴らしいお手本が居るじゃないか。」

栞代は絶句したが、紬は意味が分らなかった。

戸惑ってる紬を見て、栞代が「おじいちゃんは、杏子のことをぱみゅ子って言うんだ」

「きゃりーぱみゅぱみゅさんのファンだったんですね」

「お前、すぐ分かってすごいな」


紬が祖父の方を向いて、慌てて言う。

「でも、ぱ、ぱみゅ子さん、きょ、杏子さんは凄すぎます。比べられません…。」栞代も

「確かにな。杏子の射型の美しさは、いつも参考にさせてもらってるけど…ほんと、次元が違う感じだよな。」栞代もため息混じりに続ける。


祖父は少し慌てた様子で、「いやいや、そういう意味じゃないんじゃ。」と話し始めた。「ぱみゅ子も最初は全然的に当たらなかったんじゃよ。もちろん『中ることよりも姿勢が大事だ』と言い聞かせてはいたものの、それでも実際に弓を引くからには的に中たれって思うじゃろ。特に、ぱみゅ子には『金メダルを獲りたい』って大きな目標があるからな。しばらくは本当に元気がなくなって、苦しそうだった。」


紬と栞代は驚きながら耳を傾ける。「杏子でもそんな時期があったんですか…?」栞代が思わず声を漏らすと、祖父は深く頷く。


「そうじゃ。ある日、わしは思い切って『もう弓は辞めよう』と言ったんじゃ。だがぱみゅ子は『おばあちゃんに金メダルをプレゼントする』と言い張って、絶対にやめようとしなかった。それだけ頑固なのはおばあちゃん譲りでな。一度決めたら最後、曲げないんじゃよ。」


「え~、そうだったんですね。そんな風には全然見えないけど。」と祖母を見ながら栞代は言った。

「物腰は本当に柔らかいし、一見人の言うことは良く聞くようだけど、絶対に自分を曲げないんじゃ。」栞代は祖父のこの言葉を聞いて、鳳城高校のことを思い出した。鳳城高のコーチが、杏子に助言をした時も、本当にそのままだった。丁寧にちゃんと聞いてるようで、全く自分を曲げなかった。そして、「でも、大好きなおばあちゃんの言うことだけは聞くんですね。」


「ああ、その通りじゃ。だから、おばあちゃんも、わしの言うことだけは聞くんじゃよ。」と言った瞬間に、祖母は、「部屋の片づけさえしてくれたら、なんでも言うこと聞くんだけどねえ。」と言って笑った。そして、「クッキーかなにか、探してくるわね。」と言って、席を外した。


「ところが、わしは、ぱみゅ子が悲しい顔をしてると、もう死にたくなるんじゃ。涙なんか見せられた日には、もう辛くて辛くて、こちらが大泣きしてしまう。でもぱみゅ子は絶対に弓は辞めそうにない。そこで、説得の方向を変えたんじゃ。

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