第168話 団体戦決勝トーナメント その1
決勝トーナメント1回戦、相手は出雲南高校。予選は27位通過のチームながら、湯町結衣の安定した射が光っていた。
光田高校は、エースの杏子の欠場の影響が大きい、と思われていた。
だが、と拓哉コーチは思う。選抜大会の時もそうだったが、チームの柱が欠けることによって、逆に結束力が高まることがある。光田高校はチームワークが非常に良い。杏子のために、杏子の穴を埋めるために力を出してくれるに違いない。そのための練習はしてきた。だが、一旦崩れた時は、異次元の安定度を誇る杏子を欠いて、立ち直ることができるか。自信と不安を抱えた一回戦となった。
光田高校は、一番緊張する一番最初の一射を栞代が外すが、明るく前向きで仲間思いのあかねが見事に流れを取り戻し、冴子に繋げる。あとは、順調に力を発揮し、栞代が立ち直り、冴子は見事に皆中。
終わってみると、栞代とつばめが3本、紬とあかねが2本と、合計14本。予選の結果には及ばず、決勝トーナメントという緊張の場の難しさを改めて感じた拓哉コーチであった。
だが、次の試合は、もはや緊張を感じている余裕はない。
準々決勝進出をかけた第2回戦。光田高校の対戦相手は、同ブロックの強豪校、鳳泉館高校だった。
鳳泉館高校は、去年、ブロック大会で連続して光田高校に破れており、竝々ならぬ闘志でブロック大会に出場していた。ただし、一回戦で思わぬ強敵川嶋女子と当たり、競射の末にや敗れた。川嶋女子も有力校であり、決して油断したなどということはないが、全国大会並のハイレベルの戦いではあったが、敗戦は敗戦だ。
全国大会に向けて、戦えずに敗れたブロック大会の悔しさを噛みしめ、打倒光田高校に燃えていた。
会場の空気は、見えない熱で膨らんでいた。
「エースょ杏子がいない今、負ける訳にはいかない。杏子が居ないのは、鳳泉館高校には全く関係がないことだ。安定した実力者を揃える鳳泉館高校、誰もが有利を確信していた。が、杏子を欠く光田高校に対し、勝たなければならない、という意識が逆に緊張を高めたのは否めなかった。
試合が始まる。
1射ごとに緊張が積み上がる。
栞代は開き直ったかのごとく、4本すべてを決めてチームに勢いを与える。負けん気がそのまま矢になったような見事な射だった。
2回戦はまた予選の時のメンバー、沙月が選ばれた。2本。表情は落ち着いていたが、腕の震えがごまかせない。
つばめは必死の集中で3本。
紬は安定の2本。
この試合、ここまで皆中を続けていた冴子を落ち(最後)に配置したが、慣れない配置ではあったが、見事に期待に応える3本の的中だった。だが、最後の勝負が掛かった一射を惜しくも外した時は顔が曇った。
対して鳳泉館は、主将の有栖川千紗が皆中。特に外せば敗退という勝負の掛かった最後の一射は、見事に決めた。まるで氷のような無感情の射。全てを呑み込む女王のようだった。
結果、14対14。同中。
試合は競射にもつれ込んだ。
まずは、栞代。
静寂の中、放たれた矢が一直線に的心を突く。
的中。
相手の東條も同様に、落ち着いて的中。
二番手の沙月の矢がわずかに逸れる。
鳳泉館の花村は的心へ。光田高校は、一歩リードを許す。
姉と決勝で会う約束をした。
つばめが踏ん張る。
鳳泉館の守屋の矢は、無念の外れ。
ここで、並ぶ。
大事な一射。なぜか大事なところにくればくるほど、力を発揮する紬。
状況に全く動じない様は、杏子に通じるものがある。
静かに引く。
紬の矢が的を射抜き、田中の矢はわずかに逸れる。
一歩リードする。
そして最後。
落ちは互いの学校を支え続けてきた主将と主将。
冴子 vs 有栖川。
全てはこの1本にかかっていた。
「冴子部長、姿勢だけ。あとはたまたま」
どこからともなく、杏子の声が聞こえた気がした。
心を整え、ただ自分の射だけを信じて、引き、放つ。
――矢が的にあたる音が響く。
冴子の矢は、的を割いた。
的中。
直後、有栖川の矢も見事に命中。だが、及ばなかった。
光田高校、競射4対3で勝利。
試合後、冴子は、張りつめていた糸がぷつんと切れたように、しゃがみ込んだ。
「よ、よかったぁ……」
涙があふれ、止まらなかった。部長が部員の前で涙を見せたのは始めてだった。
すぐそばにいた沙月が、すっとしゃがみこみ、ぎゅっと冴子を抱きしめた。
「冴子、ほんとに……ありがとう」
「沙月……わたし、良かったかな……?」
「冴子じゃなかったら、ここまで来れてないよ」
二人は、勝利の余韻の中で、しばし誰も手を出せない涙を流していた。
応援席では、瑠月と杏子が手を握りあっていた。
すぐに迎えに行くべく、通路に出た。
「瑠月さん、冴子さん、最後凄かったですねっ」
「ほんと、よく頑張ったわ。すごいプレッシャーだったと思う。杏子ちゃん、実は杏子ちゃんより先に、自己紹介で全国大会優勝って言い切ったのは、冴子だったのよ」
「えっ。そうてんですかっ」
「そうなの。だから、学生生活最後の今大会、めちゃくちゃ気合入ってると思う。さ、まだまだこれからよ」
瑠月はそう言って笑顔を見せた。そしてふと、
「あっ、まだ紫灘旗が残ってるけどね」と言って、おどけて笑う瑠月だったが、杏子は、そんな瑠月を見て、瑠月さんって、ほんっとに綺麗なあ、とあさってなことを思っていた。