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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
165/433

第165話 メダル

光田高校の合宿場。

杏子の話題は敢えてしないようにという配慮は、男子の矢島の準決勝進出で吹き飛び、さらに誰も口にしなかった。


女子部員、特に杏子と同じ2年生は、杏子とトランプをしたり、ボードゲームをしたり、明日試合出場するメンバーも含め、合宿の延長とばかりに楽しんでいた。


そして夕食の準備が始まるころ、

喧噪が嘘のように静まり返った空間のなか、杏子はみんなの居る中で、ひとり、ぼんやりとしていた。


白いTシャツに着替えた杏子は、何も考えられず、ただ夕食当番が準備しているのを、静かに眺めていた。


失格。


心のどこかでわかっていたはずの言葉だった。

でも、あの的前に立ったときのすべて──静寂、矢の音、祖母の弽──それを思い返すたび、喉元がつまる。

それでも、やり切った、という感覚だけは、確かにあった。


「杏子」

ぼんやりしてると、栞代が声をかけてきた。

「杏子、日比野さんが来てるぞ」

「え? 日比野さん?」


顔をあげると、彩代の後に、川嶋女子校の日比野と、前田がいた。


「こんばんは。日比野さん、今日は、すごかったですね。準優勝おめでとうございます」


制服の上からカーディガンを羽織り、手には何か小さな袋を持っていた。


「ありがとう、杏子さん。ちょっと話があるんだ。いい?」


「あ、うん。もちろん……」


二人は部屋の窓際の簡易ソファに並んで座った。

前田と栞代も、近くに座る。


しばしの沈黙。

けれど、それは気まずさではなく、言葉を選ぶための時間だった。


「杏子さん……わたし、今日、準優勝だったでしょ」


「うん。すごかったです……あの気迫。一本一本、全部、伝わってきた」


日比野は小さく笑った。

全力を尽くしたという誇りがそこにはあった。


「あの最後に残った3人、雲類鷲麗霞、黒羽詩織、篠宮かぐや。全員ほんっとに凄かった。

ただ不思議とさ。意識がいい具合に飛んでたよ。いつも通り、矢のことだけ考えてた。でも、わたし……本当は、心のどこかで、杏子と勝負したかった。今日の予選の時、わたしやっばり杏子はすごいって思ったよ。うん、あぁ……やっぱり、すごいって、思った」


杏子は何も言えず、ただ俯いた。

日比野と杏子の矢は似ている。お互いもそれは強く感じていた。


日比野は、そっと袋の中から、小さな箱を取り出した。

蓋を開けると、そこには銀色に輝くメダルが収められていた。


「これ、もらって欲しいの」


「え……? だめ、そんなの、わたし……」


「違うの」

日比野は杏子の手を優しく取った。


「これは、“返礼”みたいなもの。先月のブロック大会で、わたしが出場できなかったとき、杏子さん、金メダルを預けてくれたでしょ? あのとき、わたしほんとにうれしかった。個人戦にでられなくなったこと、何一つ後悔なんてしていなかった。だけど、逆に、杏子さんの言葉を聞いて、出場する以上のものを貰った気がしたの。だから、今度は、わたしが預けたいの」


杏子はじっと日比野の目を見ながら、日比野の言葉を聞いていた。


「杏子さんの今日の弓を引く姿。詳しくは分らないけど、絶対になにかあるよね。そして多分それは、わたしと前田があの日、老夫婦を助けたことと、きっと同じ意味があったんだと思うの」


伝わる人には伝わる。杏子は嬉しくなった。


「だから、いまのわたし、あの時の杏子さんと同じ気持ちなんだと思う」


「でも……それ、日比野さんの努力の証でしょ?」


「ふふ。杏子さんもわたしと似たこと言うよね、やっぱり。

じゃあさ、杏子さん、わたしが金メダルを返すその日まで。これは杏子さんが預かってて。ま、そう思えば……金じゃなくてちょっとかっこ悪いけど。

ただ、杏子さん、雲類鷲さん、やっぱりめちゃくちゃ強かったわ。あとはわたしも含めて横一線だったと思う。試合後、篠宮さんが、それはそれは悔しがってたわ」


そう言って、日比野は笑った。清々しく、誇らしげに。


「杏子さん、試合結果を単純に考えると、今日、わたし、杏子さんに勝ったんだけど、とても勝ったとは言えない。ずっと杏子さんが目の上のたんこぶだったのに、あっさり消えちゃって。真剣勝負したかったな。でも、杏子さんを倒そうと必死たったから、今日の結果でもあるんだ」


杏子は、日比野の気持ちにも応えられなかったんだと今更ながら思った。チームメイトの夢も、いろんなことを代償にした。


「わたしはもう杏子さんと対戦できないけど、打倒杏子さん、打倒光田高校は、前田が引き継ぐよ。それに、来年はさ。雲類鷲麗霞を破って、金メダル、杏子が取ってさ。わたしに見せてよ。 同じように横で弓を引いたけど、杏子さん、絶対に負けてないよ」


杏子は、ようやく視線を上げた。

その瞳に、涙が浮かんでいた。


「……ありがとう、日比野さん」


「あ、杏子さん、泣かないでよ。泣かれると、こっちまで泣きそうになるんだから」


「うん……でも……ありがとう。ほんとに……ありがとう」


杏子はそっと箱を胸に抱いた。

その重さが、心の奥まで染みわたっていくのを感じながら。


いつのまにか集まっていた弓道部のみんなが、一斉に拍手をした。


それに気づいた杏子は、さらにぽろぽろと涙を流した。


「あーあ。杏子、ずっと泣くの我慢してきたからか反動で、最近は涙もろいよな。いーんだよ。いーんだよ。泣きたい時には泣いたら。あんなクソジジイのことはもうほっとけ」


栞代は、全然おじいちゃんのこと、許してないんだなあ。


杏子はなんだか逆に、そんな言葉が暖かく感じた。


前田が「え、それどういうこと?」なんて聞いてきたので、栞代はこまかく説明しては、前田を感心させていた。「おじいちゃん思いだな~」


栞代が杏子に改めて言った。

「明日からの団体戦、オレらが金メダルとって、杏子抜きだけど杏子のおばあちゃんに金メダルプレゼントできるようにしてやるよ。杏子も登録メンバーだから貰えるだろ」


少し栞代の目が潤んでいるように見えた。


冴子が引き取り、

「それいいな。団体戦で金メダルとって、杏子の夢をわたしたちで叶えよう・・・。ん? 選抜大会の時も同じこと言ってたな、確か。いや、ま、いっか。今回は5人だ。力強い」

と言うと、メンバーから歓声があがった。


つばめが「わたし、絶対に頑張りますっ」と力強く声をあげた。

そして、溜まった思いをぶつけるように、杏子に抱きついて、つばめも声をあげて泣いた。

「ありがとう。ありがとうございます、杏子先輩。ありがとう。ありがとう」


なんども繰り返すつばめをぎゅっと抱き返しながら、杏子も涙を流していた。


日比野が「前田、全然わかんないけど、いいチームだね」

と言うと、前田が

「わたしたちの次に、ですね」

と言って、笑わせた。


栞代が続けた。

「紬はどう思う?」





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