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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
164/433

第164話 礼と嫉妬

実際、杏子の登場からわずか数時間のうちに、事態は静かに、だが確実に動いていた。

フィンランド大使館の文化担当官の来訪は、国際的な視点からの「多様性」への注目を強め、

弁護士の同席は、ルール上の齟齬を防ぐための“盾”となった。

さらに、控えめながら確実に届く政治家の視線、そしてトップ校の二人の名監督の無言の視線。

連盟としては、これ以上“火”が燃え広がる前に、穏便に事を収めたかったのだろう。

杏子の辞退は、まさに絶妙な“落としどころ”となった。

祖父がどこまで意図していたのか、誰にもわからない。

ただ、あの場にいた誰もが、“あれは偶然ではなかった”と、そう感じていた。


連盟の公式発表は簡潔だった。

「光田高校・杏子選手は、本日の個人戦を失格とする」

理由についての詳細な説明はなかった。


杏子の姿は、もうそこにはなかった。

控室から姿を消したのは、連盟の発表が出る前だった。

彼女の行動はすべて予定されていたかのように整っていた。むしろ、何一つ取り乱す様子もなかったことの方が、ざわめきを引き起こしていた。


「団体戦も、辞退……ですか?」

誰かが尋ねたとき、拓哉コーチは、ただひとつ頷いた。


その頷きは、杏子の意思をそのまま引き受けたことの証だった。

だがその背後に、どれだけの根回しと調整があったかを知る者は少ない。


杏子の辞退は、ある意味で“救い”でもあった。

表面上は、髪の色や化粧を理由に、品位の問題として失格処分をを下しただけ。

だがそこに込められた意味――それこそが、今回の“異変”のすべてを物語っていた。


連盟の来賓席に、予定されていなかった“視線”が並んでいた。

ソフィアの祖父、エリック・ヴィルタ。

その隣には、在日フィンランド大使館の文化担当官。

さらに、杏子の祖父のつてで呼ばれた弁護士に、現職の衆議院議員。

加えて内側から連覇中の強豪校と伝統校の視線。


彼らがなぜ、ここに集ったのか。

偶然ではないと、気づいていた。

だからこそ、杏子の辞退を「渡りに船」と受け取った関係者も多い。


本来であれば、処分を下すことは避けられなかったが、それを秘密裏にすることは可能だった。だが、杏子を“罰する”ことで弓道の精神を守ることは、同時に、自らも弓道の精神を守らなければならない。

さらに、杏子が注目を集め、自ら退くことで、その意味をこの日杏子を見た人全てが考えることになった。


――これでいい。

彼女が失格となることで、「大会規定は守られた」。

彼女が自ら辞退することで、「礼の意味」を広く問えた。

そして何より、彼女が皆中を出したことで、「あの姿のどこが“的外れ”だったのか」と、誰もが問われた。


こうして会場の空気は、不自然なまでに落ち着いた形で収束した。

だが、その静けさは決して無風ではなかった。

静かな、しかし確実に空気圧の高い、密やかな圧力が、連盟の内側に染み込んでいった。


後に続く団体戦――その舞台にも杏子の姿がなかったことは、その意味を増幅させた。

あの辞退が、“ただの個人の潔さ”ではなかったということを。


厳敷高校が近年の躍進により、“モデル校”として連盟に推されていた事実。

それがゆえに、連盟があの動画をどう扱うのか、社会の図式を理解していた杏子の祖父は幾重にも包囲していた。

杏子は、祖父を信じ、祖父を信じた自分を信じた行動だった。

声を上げることもなく、ただ的を射抜くことで。


杏子の失格。

それが意味するものは、静かに浸透していくことになる。





「今日は、ほんとうにありがとうございました」

深く頭を下げた祖父の横に、杏子が立っていた。弓道着のまま。白い弓道着。すべてを削ぎ落としたような、研ぎ澄まされた白だった。


フィンランド大使館文化担当官のカイヤ・レフティネンは微笑を浮かべ、小さく首を振った。「Your granddaughter has a beautiful heart. That speaks louder than rules.」(あなたの孫娘には、美しい心があります)それは、ルールよりも雄弁に語っています。)


田之倉からは、は穏やかに「出番がなくて安心しました」と笑い、そして、瀬島信一議員にも。「素晴らしいものを見せてもらいました。連盟の方々も感じられたことと思います。敬意を払います」との言葉を贈られた。


杏子は、その一人ひとりに、丁寧に礼を尽くした。


その姿に、ずっと付き添っている華恋がぽつりと言った。「なんか、もう別人じゃん。てか、テレビの取材来たら困るレベルで、キレイすぎるんだけど」

めぐみが続ける。

「まさか、これで人気出るとかないよね?」


個人戦終了後。

SNSでも、ざわめきが起こっていた。


「美人すぎる弓道選手、現る」

「白一色の弓道着、メイクの完成度、高すぎんか?」

「しかも皆中→失格って何!? これは絶対何かあるやつ!」


瞬く間に拡散された画像と動画が、弓道界の静謐を突き破った。


いろんな憶測が流れたが、敢えて対応することはなく、祖父は、厳敷高校への処分を待っていた。




そして。


鳳城高校・弓道部宿泊所。


「ちょ、なにこれ」

黒羽詩織がスマホを握りしめ、むすっとした顔で画面を見せた。

個人戦で、ワンツー独占を狙った鳳城高校、そして黒羽だったが、それを達成できず、そもそも機嫌が悪かった。


「なんだよこれ。化粧とかしてさ……見せ弓か? こんなん、わたしがいつも怒られてる以上に最低じゃんっ。しかも皆中って、意味わかんないし!絶対わたしとの対決逃げたよねっっ。あいつ、いつもわたしの気に障ることしかしねーな。あー、腹立つ」


「詩織……」主将の圓城がなだめるが。


「うるさい! うちの麗霞がな、弓道界一の美人だって、全世界が知ってるはずやん! これじゃ、“美人すぎる弓道少女”枠、素人は分かってないから、全部持ってかれてるで! 卑怯すぎる!」


「詩織、落ち着いて……」


「落ち着けるかーっ!麗霞、化粧して写真アップしよ」


その言葉が聞こえていないように、まるで意に介していない麗霞を見て、黒羽詩織は


「なんでそんなに落ち着いてんだよ。高校チャンピオンが一番美人っ。当たり前だろっ」

そう叫んでスマホをバンと机に置いたが、画面には「#白い矢の乙女」がトレンド入りしていた。


詩織は、机に顔を埋めて、呻いた。


「……絶対、次、倒す。逃げんな、杏子」


部屋がしんと静まり返った。


次の日、麗霞をのぞく全員が、黙って詩織にスキンケア用品を差し出した。






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