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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
161/433

第161話 祖父の演説 その2

部屋の空気が、じわりと変わっていった。

祖父は小さくうなずき、再び語りはじめた。


 「さて──ここからが、いちばん伝えたいことなのじゃ」


「わしが調べたところ、やはり現在王者の、鳳城高校のシステムは素晴らしいと思う。鳴弦館高校もじゃ。弓道という競技が持つ性格と親和性が高いとも言えるが、それでも両校は素晴らしい。わしの思う、理想の伝統校のあり方じゃ」


何が言いたいのかな。栞代は少し構えた。


「だが、わしは、今の光田高校の指導システムの方が優れている、と思う。それは一旦失速したことが要因のひとつではあると思うが、そこからの復活プランはまさに素晴らしい。滝本先生の手腕に拓哉コーチの実践は、贔屓目もあるが、今、わしの知る限り日本一じゃ」


おおおっと声があがる。


「ま、わしが知ってるのって、ほんの少しだがのう」


と言って祖父は落とす。


なんだよそれ、とつい栞代はつぶやくも。


「それでも、鳳城高校、鳴弦館高校よりも評価が高いんじゃから、十分じゃろ」


といって祖父は笑った。


「まあ、光田高校の現実は、杏子がとにかく練習の虫で、迷惑をかけて、練習時間が多く、たまたまの結果を出していることもあって、部員が率先して練習していると聞く。ほんとに素晴らしい。何が身になるかって、自主的な意欲に勝るものはない」


なるほど。なんとなくおじいちゃんの言いたいことが分かってきた。栞代はまっすぐにおじいちゃんを見て思う。


「なぜ練習するのか。これは光田高校の弓道部のみなさんも、ほんとによく考えてほしい。強制される練習ほど辛く、そして意味のないものはないんじゃ。」


確かにそうだ。栞代は、中学の時のバスケの練習を思い出す。


「そして今回の話に戻るが、わしが激しく怒りを感じたのは、どちらかというとこちらなのじゃ。まだ、強くなりたければ監督の指示に従え、という強制なら、ここまで怒りを感じることは無かったかもしれない。今回、杏子から聞いたところによると、厳敷高校の苧乃欺監督は、虎の威を借る狐よろしく、弓道の精神を持ち出して、生徒を強制させている、と聞いた。弓道、という虎の威を借りて、自分の言動を正当化しておるのじゃ。わしゃ権威というものが大嫌いじゃが、もっと大嫌いなのは、権威を力を借りて自分の意見を押しつける奴じゃ。弓道の名を出せば、暴力をふるってもいいのか。力で抑えつけていいのか。しかもこの場合、明らかに間違った弓道精神、弓の心、礼の心を論拠しておる。許せない三段活用じゃ」


もしかしておじいちゃんはここで笑ってほしいのかな? 栞代はぼんやりと思う。


「ご、ごほん。そして絡んでくるのが、服装、姿勢という外見の問題じゃ。外見、服装は弓道という競技に対する敬意であり、それはそのまま神事によって支えられてきた「弓」に関わる本質だから、本来、そこは守るべきものだとは思う。」


なんかまた力入ってきたぞ。


「弓道とは、「型」「礼」「沈黙」が大事、つまり外見が“整っている”こと自体が礼に繋がる文化であり、 それゆえに、“整ってさえいれば中身は問われない”という歪んだ価値観が厳敷で温存された。が、これは厳敷高校だけの問題ではない。弓道では形式・所作が重んじられるが、それは「心を整えるための型」であって、“外見の整合性そのもの”が目的ではないはず。

つまり今回の作戦は、「整った見た目=正しさ」ではない、ということを可視化する手段なのじゃ。もちろん二つは対立するものではないが、あえて“型を破ること”で、逆に「本当に大事なのは中身」ということを示したいのじゃ。これは、弓道精神への“抗議”ではなく、“回帰”だと捉えてもらいたい。もちろん、みなさんにも、本質的に形式が重視されすぎる危険性のある競技で、杏子の行動によって「何が本当に大事なのか?」という問いに対する答えを、考えて欲しいのじゃ。礼儀とは何か、規則とは何のためにあるか──」


政治家になれるんじゃねーか。


「そして、先にも述べたのじゃが、現代、この動画を封じ込めることは事実上不可能ではある。だが、注目を集めることで、暴力そのものへの抗議とともに、その根本にも目を向けさせたいのじゃ。「武道=抑圧」という図式は簡単に成り立ってしまう。弓道はよくも悪くも「我慢」と「沈黙」が美徳とされやすい。

厳敷高校での暴力・ハラスメントは、“見えない場所で起きた”ことも問題だった。だから杏子はあえて“見える形で問題を提起する”ことによって、「無視できない空気」を生み出せるのじゃ

世の中は残念ながら「異常なことが起きないと動かない」。だから、杏子が“注目の導火線”になるんじゃ。

『痛みに耐えることが礼儀』になってはいけない。

そして、形さえ整えれば、矢は当たるというほど甘い競技ではない、ということは、みなさんも重々理解されていることじゃろう。心技体。正射必中。真善美。その言葉の意味を、もう一度考えてほしい。あてればいいのか。姿勢だけよければいいのか。技術があればいいのか。気持ちが正しければそれだけでいいのか。」


えっ。だったら。


「今回杏子は、絶対に規約違反はしない。わしは散々規約を読み込んだ。絶対に規約に違反はしない。暗黙の了解としてのマナーだけ外させてもらう。あくまで”合法的な違和感”。杏子には、ルールの内側で最も遠くに矢を飛ばすのじゃ」


上手いこと言ったと思ってんだろうなあ。


」とはいえ、やはり神事に繫がる弓の世界では、目的がどうであれ、邪道であることは否定のしようがない。だから、杏子は、予選のし4射のみで、その結果如何に関わらず、ここで大会参加を辞退する決断をしたのじゃ。

これは杏子が個人的な気持ちだけで実践したことではないことを示すためと同時に、みなさんの団体戦まで巻き込んだ議論にならないための決断なのじゃ」


全員で出場したいんだよ、だから、そんな手段取るなって。栞代は気持ちの向けるところが無かった。


「みなさんの団体戦への出場、これは、わしが全力を出して守ることを約束する。そのための算段はもう実行に写してある。ソフィアさんのおじいさんにも協力してもらうことになっている」


栞代がソフィアの方を向くと、ソフィアが頷いた。


「とはいえ、チームのエースである杏子が欠けるということに、みなさんには本当に申し訳ないと思う。このアイデアを杏子に示した時、杏子も即答はできなかった。しかし、どうしてもつぐみさんを救いたい、その思いをここに繋げたんじゃ。今回の責任はすべてわしにある。

言いたいことがあれば、いつでもわしに言ってきてほしい」


そんなもの、山のようにあるわ。


「外見まで強制された今回のことについて、最大限に抗議したいという意思の現れでもあるんじゃ」


なにより、一緒に行動できない、自粛することが杏子の思いに応える、という構造が、栞代には苦しかった。ずっと一緒にやってきたのに。このクソジジイ。


「でも、それって、杏子が皆中を出して初めて成立しますよね。いや、もちろん外しても本質的には変わらないと思うけど、説得力を出すには、皆中が必要になります。杏子ちゃんは今まで、結果はたまたま、姿勢だけ、を貫いてきました。今回はそれを曲げることになって、杏子ちゃんに極端にプレッシャーが掛かるし、外せば恥をかかせる結果になると思います。杏子ちゃんの負担が大きすぎます。杏子ちゃんがかわいそうです」


瑠月が悲鳴をあげるように抗議した。


「その危険はある。だが、それこそ杏子の覚悟を示すことになると思うんじゃ」


杏子が静かに「瑠月さん、ほんとにありがとう。でも、つぐみのために、わたし、すべてをかけたいんです」と言った。


冴子も沙月も、栞代も、そしてみんなも、そこまで言われては、もう応援する道しか残って無かった。


冴子が言った。「わかったよ杏子。おじいさん、協力できることがあれは言ってください」


「今まで通り、普通にしておいておくれ。そして、金メダルを取って、わしと杏子にプレゼントしておくれん」

その言葉を聞いて、栞代が叫んだ。


「杏子にはプレゼントしたいけど、だれがクソジジイにやるもんかいっ。ちくしょう」

栞代は全く納得していないようで、暴言を吐く。

「な、なかなか精神を鍛えるのは、難しいじゃろ?」

と祖父は返して、誰も応えなかったが、笑いを誘っていた。


だが、祖父は全く意に介さず、続けた。

「あと、少し、ユニフォームという意味で、弓道着と袴を少し変更させてもらうな。これは明日届くから、ちゃんとチェックしていてな」


杏子の祖父の大演説がようやく終わった。

今まで通り普通にする。意外と大変だけど。

あとは、全部まかせればいいようだ。


冴子も、沙月も、そして全員、黙っていたが、目の色は変わっていた。


拓哉コーチが腕を組み、少し笑った。

「相変わらず……ぶっ飛んだおじいさんですね。まったく、杏子さんに似てないな」


杏子がちょっと頬を赤らめた。


だが、栞代は言う。

「コーチ、違います。似てるんです、むしろ。いやになるほど。」と栞代が言った。

「おばあちゃんにだけ似れば良かったのに。こんなクソジジイになんて、似る必要なかったんだ」少し涙ぐんでいるようだった。


祖父は黙って嬉しそうに頷いた。


それだけで、他は誰も何も言わなかった。空気は、重たいままだった。


だれかわたしにふってくれていかな。あの一言を。そうすれば空気を変えることができるのにな。紬はそう思った。杏子の力を抜いてあげたい。


戦う場所を決めた少女と、それを支える者たち。

その日、合宿所の空は、静かだった。


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