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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
157/433

第157話 矢はそれぞれの手に

タクシーに乗り込むと、いきなり杏子が、

「栞代、ちょっと電話してもいい? ごめん」

「いや、気にしなくて大丈夫。どこに電話するの?」

「おじいちゃん」

そういって、杏子は電話をかけた。電話をかけるその横顔に、さっき震えていた杏子の姿はもうなかった。


あんまり聞いてはいけないな、とは思いつつも、横で話すから、どうしても聞こえてしまう。


おじいちゃんに、すぐに会いたいって言っているうだった。

そいえば、杏子のおじいちゃんとおばあちゃん、インターハイも見て帰るから、家には帰らず、こっちで観光してるって言ってたな。おばあちゃんも大変だ。おじいちゃんのお世話が。杏子抜きだと、二人でどんな会話してんだろ。一度聞いてみたいな。

そんな、どうでもいいことをぼんやりと思ってたら、杏子からまた声をかけられた。


「栞代、ごめん」

「ん? なにが? 電話は終わったの?」

「わたし、駅前で降りる」

「えっ?」

「おじいちゃんが迎えに来てくれるから。おじいちゃんに会いたい」

「え? いや、それはまずいじゃね。特別に許可が出て、外出させてくれたんだから。合宿所に帰らないと」

「おじいちゃんがね」

「うん?」

「前もって許可を取るのは大変だから、後で謝って許してもらおうって」

「お、おい、なんだよ、それ」

「栞代、おねがいっ。」

「い、いや、オレはまあ、いいんだけどさ」

栞代は驚いた。杏子がこんなことを言い出すなんて。


タクシーが駅前についた。杏子が降りようとしたが、おじいちゃんの姿が見あたらない。

「杏子、おじいちゃんが来るまで、ちょっと待とう。」「え?」「杏子一人にさせられないよ」

「過保護だなあ」「あとでオレがおじいちゃんに怒られるだろ?」


そんな会話を交わしていたら、おじいちゃんがやってきた。

「お~、栞代~、コーチには適当に言っておいてくれ。」

「適当にって・・」「一時間ほどでちゃんと送るから」

「分かったよ」


そう言って杏子はおじいちゃんと一緒に、おじいちゃんの車に乗り込んだ。

おばあちゃんの姿が見あたらないな。

なんかイヤな予感がする。

そんな思いを胸に、栞代は合宿所に向った。





つばめが合宿所に戻ってきたのは、午後の練習が佳境に入ったころだった。

一刻も早く報告したいつばめは、つばめはそれでも足を止めなかった


“勝手な行動するなよ”と咎める声を背に、つばめはそれでも足を止めなかった、拓哉コーチの元に駆け寄り、緊急事態であることを告げた。


「どうしたんだ。まずは落ち着け。栞代さんと杏子さんはどうした?」

「二人はまだ残っています。まず、これを見てください。」

「なんだい、これは?」

「いや、実はわたしもまだ見ていないんですが、厳敷高校での暴力が記録されてると、預かってきました」

「どういうことだ?」

「まずは見てください。」


つばめのただならぬ様子に、コーチはメモリを預かり、自分の部屋に向った。


仕方なく、草林コーチが、休憩を宣言する。冴子が声をかける。

「つばめ、つぐみは元気だったか?」


その名前が出た瞬間、それまで張り詰めていた何かが、ぷつんと音を立てて切れた気がした。つばめは声を上げて泣き出した。



一通りの事情を聞いた冴子たちは、草林コーチと話し、練習を切り上げた。

そして、全員でコーチの部屋に向った。


コーチは今までに見たことがない顔をしていた。感情を表さない、クール仮面と揶揄されるコーチだったが、なんの感情も表さない、それはこの表情なんだと冴子は思った。

コーチは全員を食堂に集め、今見た動画のことを話した。

そして、顧問の滝本先生と相談し、どうするか決める、と告げた。


冴子が「どうなるんですか」と詰め寄る。コーチは連盟に報告することになると思うが、今はまだはっきりとしたことは言えない、と言う。すると、つばめが

「今報告してください」と、声をあげた。「今もまた暴力を受けているかもしれない」


コーチは冷静に「いや、今は学校の外だから、目立つことはしないだろう。それよりも、これを撮った生徒のことも考えなくてはならない。盗撮は基本的には違法だからな」

「そんなこと言ってる場合ですか」

つばめが声を荒らげるも、コーチは「こういう時こそ、冷静に対応しなければならないんだ。落ち着こう」と冷静に告げた。


コーチは、臨時コーチとも話しをし、男子の練習が終わるのを待って、滝本先生とも相談するという。

興奮しているつばめを落ち着かせ、冴子に、普段通りのスケジュールに戻るように言った。


冴子も、とにかく冷静になることが必要だと判断した。

「まあ、みんな落ち着こう。まずお風呂にでも入って頭を冷やそう。……ん? 逆にのぼせて怒り倍増するかもな?」

冴子らしい、落ち着かせ方だった。




風呂上がり、つばめは少し間を考えてから、言った。


「……コーチが動いてくれないなら、わたし一人でも動くから」


沈黙。


その言葉に、誰も何も言えなかった。


——そして、そのときだった。


栞代が帰って来た。


「……あっ」


誰かが声を上げる前に、部員たちの視線が一斉にそちらへ向いた。


汗も乾いて、顔には疲れが見えていた。


「……ただいま」


その一言に、つばめがすぐに声をかける。

「おかえりなさい。姉ちゃんに会えた?」

つばめが短く言った。目が合って、頷き合う。


「ああ、少しだけ見ることは出来た。随分痩せてたよ」


栞代が一人で帰ってきたことに、誰もが自然とざわめいた。


すぐに、冴子が声をかける。


「……栞代? あれ、杏子は?」


栞代は一瞬、動きを止めた。

みんなの視線が集まっている。

だが、動じることなく静かに答える。


「杏子は……今、おじいちゃんのところに行ってる」

「え? 自宅に帰ったの? 合宿途中で投げ出して?」

「ああ、いやいや、違うんだ。杏子のところは、インターハイも見に来るから、近隣観光してんだ」

「は~。さすが杏子のおじいさんだな~。もう溺愛もいいとこだな」


それにしても。


それを聞いた沙月が、目を細めた。

「……へぇ。あの杏子が、ひとりで? 栞代と離れて?」

「うん。なんか、スイッチ入ったみたいだった」


「おじいさんとなに話してんだろうな?」

「まあ、つぐみのことだとは思うんだけど」


「なんか栞代と離れて、一人で行動してる杏子が思い浮かばないな」

「ああ、弓引いてる時以外、ずっと一緒だもんな」

「ま、ちょっとコーチに報告してくるわ」」


そう言って、栞代は、コーチの部屋へと向かった。


ノックし、返事があってから静かに入る。

中ではコーチが机に向かって、USBを繰り返し確認していた。


その手元が止まる。


「……戻ったか。つぐみさんとは会えたか?」

「いや、一目見ただけですけど。かなり憔悴してる感じでした。

……一つだけ、報告があります。杏子のことです」


栞代は姿勢を正し、きちんと報告する。


「杏子は、おじいちゃんのところに行きました。

つぐみの姿を見たあと、何か……自分にできることを考えたみたいで」


コーチは、しばらく黙った。

腕を組み、目を閉じ、思考をめぐらせている。


「ひとりで?」

「はい。私がついて行こうかと思ったんですが……止められませんでした」


「……そうか」

コーチは小さく頷く。


「……まあ、帰りを待とう。」


その言葉に、栞代は少し安心したようにうなずいた。


そして、その沈黙の中で、物語の重心が、確かに“杏子の帰還”を軸に動き始めていた。

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