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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
156/433

第156話 それぞれの矢、違う空へ

彼女は、USBメモリをつばめに差し出す。

つばめは、手を出すのを一瞬ためらった。

でも、やがてそっと受け取り、ポケットの内側にしまった。


「……クラウドにもアップしています。でも、本物が一番リアルです。

コピーだと、逃げ道を作ってしまうかも」

柚葉は少し俯いた。


「……ありがとう。ほんとに……よく……」

つばめが、言葉を絞り出すようにして呟いた。


栞代は、ふっと一つ息をついてから言った。


「……今すぐ、帰るべきかもしれないな」


つばめが顔を上げる。

杏子は、そっと彼女を見た。


「USBがある以上……誰かが責任を持って持ち帰るべきだ。……でも、全員で帰ると、あのクソ監督の勝ちになる気がする。どうしても一目つぐみに会いたい」

栞代の声は、静かに燃えていた。


「……私と杏子は、残るよ」

「私が杏子を守る。つばめは、これをコーチに届けて」


つばめは、数秒の沈黙のあと、深く頷いた。


「……わかりました。必ず姉に会ってくださいね」


栞代は、柚葉を見て、頭を下げた。

「柚葉さん、だったよね。柚葉さんの勇気、必ず意味のあるものにする。だから、安心して」


柚葉は、言葉を出さず、ただそっと笑った。


——そして、つばめが帰ったあと。


杏子と栞代は、そのまま練習が終わるのを待つことにした。

隠れて見ることも出来たが、苧乃欺に見つかると、またややこしい。

ここは、堂々と練習が終わるのを待って、堂々と話しかけてやる。


柚葉にいろいろと尋ねてみたが、聞けば聞くほど、現代の話とは思えなかった。

全寮制、ということが悪い方に出てる。


「それにしても、あなたは大丈夫なの?」

「ええ、今日、みなさんが来るだろうことは、つぐみ先輩から聞いてたんで、今わたし、腹痛が激しくて宿で寢てるんですよ」

「なるほど」

栞代は少し笑う。

「それにしても、生徒は良く付いて言っているな」

「いろんなしがらみがあって。家庭環境もいろいろで。でも、つぐみ先輩を応援する人たちもいっぱいいるんです。表立っては声をだせないだけで。自分一人では、こんなに録画とか集められませんでした」

「なるほどな。つぐみのことをもう少し聞かせてくれるか?」

「先輩は、こちらに来た時から、実力は圧倒的でした。それこそ、苧乃欺監督より、強かったぐらいです。

つぐみ先輩は、言うことは絶対に言うタイプで、苧乃欺監督の、精神論一本槍の指導に、表立っては反抗はしなかったんですが、当初は言うことをきかなかったんです。

でも、いろいろと絡め手で、つぐみ先輩を追いこんでいって。

一番許せなかったのは、強引に射型を変えさせたことです」


「えっ?」

声をあげたのは、杏子だった。

「射型を変えさせた? あの綺麗な射型を?」

「はい」

柚葉は苦しそうに応えた。

「つぐみ先輩は、雲類鷲麗霞さんに憧れて、同じ射型だったんですが、苧乃欺は、そんなものは邪道だと言い出して」

「とにかく、こうあるべき、という思い込みが強くて強くて。弓道は姿形が一番大事だ、とここまではまだしも、絶対に自分の思うひとつの型を強制するんです。弓道着から身につけるもの、そして髪形まで」


「それで、かなり混乱したんですが、それでもつぐみさんは、部内ではナンバー1の実力でした。けれど、監督は個人戦には出場させなかった。ただ、団体は、監督も結果が必要。監督もジレンマを抱えながらも、つぐみさんを出場させない訳には行かなかった。

同時に、つぐみさんは」


ここで、柚葉は一息つき

「どうしても全国に行きたかったんです。杏子さん、そして栞代さんに、全国で会おうって約束したからって」


「つぐみ・・・」

栞代と杏子が同時に声を上げた。


「だから、つぐみ先輩は陰険な指導に従い、苧乃欺監督も自己保身のためつぐみ先輩を外すことまでは出来なかった。微妙なバランスだったんです」


どれだけ苦しかったんでろう。つぐみ。

つぐみがそんなに大変な思いをしていたのに、わたし何も知らなかった。

知る術もなかった。


杏子は唇を噛みしめる。


日が落ちかけた時、ざわついた声が外に聞こえてきた。


「練習が一段落したようですね。出てきますよ」

柚葉がそう声をかけた。

「行ってください。また阻止されるかもですが、わたしは離れて録画しています」


ゆっくり出てくる弓道着の選手たち。

なるほど、髪形もすべてが揃えられていた。

杏子と栞代も、ゆっくりと近づく。


遠くからは分らなかった。

思い切って、近づいてみる。


細く、背筋を伸ばして立つ少女。

手には弓、そして遠くを見つめるような目。


「つぐみ?」

杏子の声が喉の奥から漏れた。

でもその目は、驚きと、怒りに震えていた。


「……どうして?」


その姿は、かつてのつぐみとは似ても似つかないものだった。

頬はこけ、目はうつろ。笑顔のカケラもない。精気がまるで感じられなかった。

あれほど、エネルギーに満ちあふれていたつぐみが。


——一緒に頑張ってたつぐみの姿はどこにもなかった。


「……絶対に……許さない」

杏子の声が、はっきりと震えた。

私たちに会うために、我慢を重ねてきたんだ。苦しいなか、頑張ってきたんだ。


その瞬間、何かが変わった。

優しく穏やかな0だけだった杏子に、何かが起きた。


遠くの空に、風が鳴った。


その瞬間、

「お前ら、まだ居たのか。学校に報告する。光田高校だな。

出場停止になるかもな。お前らの責任だ」

威圧感いっぱいに、声が響いた。


杏子を庇おうと前に出ようとした栞代を、杏子が遮った。

何も話そうとはしなかったが、堂々と苧乃欺の前に立ち、一歩も退こうとしなかった。


そのとき、苧乃欺の腕があがった。

「やめてください」

つぐみの声が響く。


さっと杏子を引き寄せ、前に出た栞代がつぶやく。

「やってみな」


「お前ら、覚えてとけよ。覚悟しとけ」


苧乃欺はつぐみをひっぱりながら宿舎に帰っていった。


柚葉が駆け寄る。

「栞代さん、勇気ありますね~。あのガタイで迫られたらやっぱりコワイですからね」


「ああ。でも絶対に手は出せないだろ。ビビらせてるだけだ。だしたらこっちのもんだし。録画されてるなら、もっと挑発してもよかったかもな」


「あっ、録画忘れてましたっ」

「えっ」

「うそです」

「・・・・・・。さすがつぐみの後輩だな。ま、それじゃ、これで帰る。柚葉さんも、気をつけてな」


「はい。まあ、ここは学校の外なんで、ま、大丈夫ですよ」


栞代も杏子を引っ張り、呼んでいたタクシーに乗り込んだ。

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