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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
153/433

第153話 合宿後半スタート

合宿七日目に一気に膨れあがった人数は、翌朝の朝食後には潮が引くように減っていた。

当初から参加していた臨時コーチは、後半のコーチと綿密に部員の課題を共有し、部員一人一人に言伝を残して静かに去り、保護者参観で訪れていた家族たちも、それぞれの予定を口にしながら、順々に車に乗り込んでいった。

一夜にして人口が倍になり、朝を迎えて静けさが戻った。


「なんか突然人口密度が低くなったね~」

冴子が湯飲み片手にぼんやりとつぶやく。

「まあ、突然人口密度あがったからな~」

沙月が、箸を持ったまま返した。


朝食の片づけが終わり、挨拶をして帰っていったあと、食堂の空間はいつもの様子に戻っただけなのに。

にぎやかさが去ったあとの空間には、何かしらの“喪失感”が漂っていた。

家族の温かさや、コーチの視線の重み。

それらが残した空気だけが、朝の廊下を静かに流れていく。


朝のミーティングでは、これまでの積み重ねと、ひとつ上の目標がコーチから示され、ここまでの練習の結果のグラフが示された。


まゆと一華はほんとに仕事してるなあ。


栞代がふと杏子の方を見ると、どこか寂しそうにしていた。

頼りなげで、不安そうで。こりゃいかん。

黙ってその肩を小突いて、立ち上がらせる。

「はい、道場行こ。弓触らんと落ち着かんやろ」

杏子は無言でうなずき、二人は靴を履いた。


道場の戸を開けた瞬間、冷たい空気が張りつめる。

弓を握らせれば、もう異次元に旅立つだろう。

栞代の思いとおり、杏子は淡々と巻藁に向ってた。


その後、徐々に部員が集まり、通常の練習が始まる。


午前中の練習はまだぎこちなく、誰もが静かだったが、徐々にいつもの熱が戻ってきた。

夏の陽射しが道場の板張りを照らし、射場に立つ影が、じわじわと短くなっていった。



昼食後。

つばめが杏子のところに駆け寄ってきた。待ちきれない、という様子に、いったいなにごとかと杏子は思った。


「杏子先輩、母から聞いたんですけど、厳敷高校……少し早めに現地入りするらしいです」

「えっ……じゃあ……つぐみに会える?」

杏子の顔が一気に明るくなった。

しょんぼりする杏子に弓を握らせたのは栞代だったが、弓を離せば元気なくなるの繰り返しだった彼女に、ようやく笑顔が戻った瞬間だった。


「はい。わたし、妹の特権持ちですから。一緒に行きません?」

「行くに決まってるっ。今日練習終わったら、コーチに言いに行こう!」


午後の自由時間もすべて練習に費やした二人は、全体練習でも浮足立ってはいたものの、楽しい矢は、コーチもにんまりする結果を出していた。


その日の夜のミーティングで、二人はコーチに申し出た。

思ったより驚かれたが、止められなかったというより、“止める術がなかった”。

コーチは少しだけ笑って、許可を出した。


ただし二人だけでは不安だったらしく、栞代が呼ばれた。

「当然でしょ」とでも言いたげな顔で彼女は頷いた。

紬や瑠月も行きたがったが、事情を聞いてしぶしぶ引き下がる。

ソフィアと遠的。二人には、合宿を離れられない理由もあった。そして、少し待てば大会で会える。それを越えて慌ててもいい理由が、三人にはあった。


外出許可を貰った日以降、杏子とつばめは自由な時間すべてを練習に費やすようになった。栞代も一緒につきあってはいたが、二人を調子に乗せたらコワイ、ことを改めて認識した。


まるで練習を抜ける時間分の“貯金”を積み立てるように、矢を射ち続けた。

他の誰よりも、集中して。

何かに間に合わせるように。


炊事当番、掃除当番、洗濯当番、沙月が計画したローテーションを細かく入れ換え、できるだけ迷惑をかけないようにする三人だった。紬と瑠月がその分カバーするからと言っても、順番を変更するだけでも迷惑をかけるから、というのが三人の理由だった。


就寝前にも、杏子、つばめ、栞代の三人が、弓を手に、ただひたすらに的を見つめていた。

練習というより、祈りのような時間。

矢が放たれるたびに、研ぎ澄まされ、何かが削られていくようだった。迷い、雑念、甘さ——そういったものを一つ一つ、矢に込めて手放していく。


就寝前、栞代と杏子が話している。


つぐみは、個人戦へのエントリーはなかったが、団体戦のメンバーには選ばれていることが分かっていた。

「きっと個人戦は、高校独自の選抜ルールがあったんだろうな。つぐみの実力だと、県大会は突破できただろうしな」

栞代がつぶやくと

「うん。二年生だから、三年生優先のところもあるって聞くし。でも、総体は、団体こそが本番って感じがあるからね」

「対戦、あるかな?」

「お互い、勝ち進んだら、絶対に対戦することになるからね」

「杏子、相手を思いすぎず、ちゃんと弓に向かい合えよ」

「大丈夫。つぐみがどれだけ強くなったのか見たいし。わたしも、ずっと頑張ってきた姿を見せたいから」


うん。大丈夫だ。杏子はなぜか全国大会に縁がない、というか、全国での活躍がない。去年の総体は三年生に譲り、昨年度の選抜は、おじいちゃんが倒れて全国の舞台には立っていない。


けれども、夏のブロック大会個人戦2連覇して、今年は県でも勝ってるから、個人戦負け知らずで全国に乗り込むことになる。いよいよ、雲類鷲麗霞とも対戦だよな、杏子。


そんなふうに思いながら杏子を眺めてると、

「うん。だから……会えるってことだよね」

杏子の声は小さかったが、はっきりしていた。

栞代は、団体戦、気合入れないとなあ、と改めて思っていた。

つばめも、興奮してるだろうなあ。


矢が空気を裂いて飛ぶ。

遠く、遠くへ。


彼女たちはつぐめに会うために、万全の準備をしていた。



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