第151話 合宿部内試合
合宿七日目、午後。
保護者が見守るなか、試合が始まろうとしていた。合宿という性格上、通常の厳格な雰囲気ではなく、どこか緩い雰囲気が漂っているが、的を前にするとやはり緊張感が漂う。
まずは、男子コーチチーム、女子コーチチーム。
全国レベルで戦い続けている彼、彼女たちの一つ一つの振る舞いは、大きな刺激となる。
ハンデとして使われるのは、特別な18センチの的。
始めて見る一年生はびびってたけど、実際にこれにあてるところを見るともっとびびる。
目の色変えてる一年生を見て、冴子は思う。
この的に普通に当てるのが、このコーチ陣である。
草林コーチが放った矢が小さな的に刺さると、観覧エリアの空気が一瞬で変わった。
「す、すご……」「え、無理じゃん……」
尊敬と恐怖が入り混じったようなざわめきが広がる。
白石未唯が微笑んで弓を構え、滝本先生が腰を落とし、神矢コーチの安定した動作が的を射抜く。
的前から戻ってきた大和コーチが、汗を拭いながらぽつりと言った。
「……正直、的が小さすぎて、情けで外すのも無理だったわ」
笑いが起きるが、内心と部員たちは呆然としていた。
試合は、男子コーチ16本、女子コーチ15本。
僅差の激戦だったが、深澤コーチが審判席で意味深に笑っていた。
次は男子チームの登場だ。A、B、Cチームに分かれ、3年生の“島トリオ”も全員参加。
三年生はインターハイに出場する矢島に付き添い、真嶋と菊島も合宿に参加したが、後半は弓の練習はせず、バックアップに回る。寂しいのかと思いきや、まゆ、一華と交流できるというので、男子下級生からは大いに顰蹙を買っていた。
3人とも、特別に練習した“最後の一射”に全てを込める。
Bチームが失速するなか、Aチームは3年を中心に粘りの13本。
そして、男子Cチームには、人数調整で、唯一女子から真映が参戦。彼女は一人だけ緊張感のレベルが違った。
「よっしゃあああああっ」
一射中たびに拳を上げる真映に、男子部員がこっそり「怖っ」と呟く。
インターハイ女子チームの登場に、道場内の空気が再び変わる。
一射目——栞代の矢が風を切って、的に突き刺さる。
続けて沙月、冴子、紬、そして杏子の四矢皆中が放たれたとき、観客席がどよめいた。
「杏子さん、今日も……」
「……あの人だけ、違う時空で生きてるのかも」
一年生たちはぼそぼそと囁き、深澤コーチは笑いながら見守っていた。
女子Bチームは一年生を主な編成だったが、まゆの奮闘に、保護者から大きな拍手が贈られる。
あかねはすぐに隣で「まゆはな、精神的支柱なんやから」とフォローを叫ぶ。
そして、最後には、場所を移動しての、遠的。
多くの部員が始めて見るその距離に驚いていた。
「気を抜いたら、風に遊ばれて終わる距離やからな」
沙月の言葉に、杏子が静かに頷いた。
「でも、風に合わせる、じゃなくて、風と対話しろ……って祖父は言ってた」
まるで詩人のような言葉に、沙月が小さく吹き出す。
「杏子のおじいちさんらしいなあ」
まだまだ練習途上の、瑠月、冴子、沙月、杏子の四人。
苦心のあとが見えるし、そもそも杏子が的を外す、という景色に、動揺が広がった。
栞代も片手で数えながら、「杏子が外してるの見るの、何本めだ?」
それでも、きっちりと練習を積み上げてきた瑠月は、安定した姿を見せる。そして、杏子も、矢を引くたびに的を捉えまとめてきたのは、さすがだった。
合計13本。
拓哉コーチ、深澤コーチが想定している予選通過ラインに、ぎりぎり届いた。
冴子は「……本番でも、この風が吹きますように」と呟いた。




