第148話 あいつら、全員真面目すぎて引くわ(でも好き)。沙月。
合宿も、もう半分が終わろうとしてる。
ところで合宿って、何回目だったっけ。
1年の時は、まだ2.3年生が遊んでたから、合宿はなかったけど、夏休み、2.3年生が来ないって分かってたから、拓哉コーチと必死で練習したっけな。
2年生では花音さんだけが参加してて。あの時も頑張ったな。
ずっと学校だったのに。
なのに、去年は夏休みの半分は合宿してたよなあ。
今年が最後だと思うと、なんでもない時間まで意味ありげに感じてしまう。
下級生は、夏休み後半の勉強半分合宿が待ってるんだけど。
・・・・・・・・・・・・。
勉強だけで、参加できないかな。
なんか、練習は大変だけど、終わることを考えたら、しんみりしてしまう。
とか言いながら、私はいつもどおり、朝のストレッチ中に隣の栞代を肘で小突いたりしてる。大人しいやつが多い中で、栞代は大事にしないとな。
「おい、栞代」
栞代がうつらうつらしてるのを見て、つい肘で突いた。
「杏子、もう射ってるってさ」
「…また?」
毎朝これだよ。いや、あいつ絶対、道場で寝てるでしょ。本気で道場に寝袋持ち込んでるんじゃないかと疑ってる。
いや…下手すりゃ寝袋いらんタイプかも。空気吸えばチャージされるみたいな。
合宿って、寝食を共にして絆を深める場じゃないの?
ひとりで“弓道仙人修行”みたいなことされても、こっちの精神が削れるんですけど。
とはいえ、栞代も杏子に付き合い続けて、すでに肩で息してる状態だったから、私が勝手に“杏子当番”を決めたのは自分でもナイス采配だったと思ってる。
栞代を毎日引っ張り回してるのはもう仕様だとして、最近はつばめまでくっついてる。
あの子、いつの間にか杏子の影武者か何かになってる。
いやまあ、姉譲りの負けん気と根性は確かにあるし、正直、目つきがちょっと似てきてて怖い。
みんなもすぐ了承してくれたし、「当番表作っといたから、あとはよろしく~」って言ったら、
冴子が「私たち、人間だもんな」って笑ってくれた。褒められたのかは微妙だけど、悪い気はしない。
それに実際、杏子の矢を見てると、見取り稽古、の意味も大事さも分かる。
部の空気は、去年よりずっと軽い。
というか、去年が重すぎた。花音さんが三年生と一緒に総体出たいって希望を、杏子が受けたとき。あの子の決定が全部の空気を変えた。
まあ、あれは花音さんの希望じゃなくて、三年生に押し切られて矢面に立たされたって今なら分かるんだけど。花音さん、優しさ故の貧乏籤だったな。
あのときはちょっと恨んでごめんなさい、花音さん。空に向かって謝ったよ。「すまんでした」って。星しか返事くれなかったけど。
花音さん、天国じゃなくて大学で元気ですか?
遠的では瑠月さんがお世話になってます。
話を杏子に戻すけど、本人は、まったく無頓着だったね。団体で金メダル欲しいって言ってたくせに。でも、花音さんもそうだけど、瑠月さんにも出場して欲しかったんだよね、杏子は。
あいつ、あんなに人のことばっかり考えて大丈夫か?
まあ、だから栞代が寄り添ってるんだろうけど。
あいつには、絶対に守ってやる人が必要だわ。
逆に私は、あの場面で「私も出ない」って言った自分に、今ちょっと感謝してる。あそこで意地張ってたら、今の空気はなかった。
それでも杏子は、相も変わらず、的前で静かに矢を放ち続けてる。
誰よりも早く道場に来て、誰よりも遅くまで残る。
栞代だけじゃなく、つばめまで一緒にいることが増えてるけど、結局最後は杏子のペースに巻き込まれてるんだよね。
あの空気感、ほんと魔性の武器。
そいえば、杏子の姿勢の美しさの秘密を教えてほしいって言ったとき、あいつ、にこにこして、変な姿勢で弓を引くと、どこかにしわ寄せが来て、痛みが出てくる。そうしたら、弓を引くのも大変になる。だから、くせを無くすと、ずっと弓を引ける。痛くならないように引いてるだけなんですって。
そんなこと言われて、こっちが引いたわ。
私は、少しずつ変わってる後輩たちを見てるのも面白い。
つばめは、最初は静かで無口な印象だったけど、杏子のそばにいるようになってから、口数が少ないままに“存在感”を出してきたタイプ。
矢が的を逸れるたびに眉を寄せるけど、すぐに深呼吸して引き直す。
あれ、めちゃくちゃ性格出てるよね。
どこかつぐみよりも、自分に素直で、感情が射に出てる分、こっちも応援したくなる。
一方、楓。皇楓。あの子はまだ手探り中。
すごく丁寧な射をするんだけど、それが逆に“型に収まりすぎてる”感じもする。
まじめすぎて、弓道を「正しくやらなきゃいけないもの」として見てる節がある。
悪くはないけど、楽しめてないように見える時があって、それがちょっと心配。
あかねが隣にいる時は、自然に笑顔がこぼれるから、その時間がもっと増えればいいなと思ってる。
弓道って、別に“楽しむ”だけじゃ足りないけど、楽しくなかったら続かないからね。
下級生たちを見てると、ほんとにバリエーション豊かで笑える。
あかねと真映は、部の盛り上げ隊。いつも何かしら小ネタを仕込んでくるし、コーチにもズケズケ喋る。
でも言葉の端々に、先輩への敬意とか、射に対する謙虚さがにじんでるのがえらい。あいつら、実はちゃんと空気読んでる。
紬は…紬で、ソフィアと“静の仲良し”を築いてて、地味に二人の会話が哲学みたいで面白い。アニメって哲学だよな。絶対あれ、日本語じゃねーし。
まゆはマイペースだけど、弓を引くたびに確実に前進してて、あの子の根性はちょっと尊敬してる。
一華は、完全に“マネージャー神”。記録ノートの正確さと、射順管理の鉄壁さには、コーチたちもよく褒めてる。
でも最近、ちょっとだけ的前に目をやる時間が長くなった気がする。
やっぱり自分も引いてみたい、って気持ちがあるのかな。
無理せず、でも、そういう気持ちは全力で応援したい。
この子たちがこれから光田を支えていくんだと思うと…いや、心配だらけだけど、まあ、なんとかなるんじゃない?
で、私はというと、遠的の練習も始まったけど、正直私は、総体の団体戦のことばっかり考えてる。
でも、瑠月さんの射を見てると「私ももうちょい頑張らなきゃ」ってなる。
あの人、遠的でもストイックに結果出してくるし、何気にさりげなく努力型だし、年上ってのが逆にプレッシャーなのよ…。
でもまあ、私は沙月なので。ふざけてるようで、ちゃんと考えてるんで。
冴子とは、毎晩コーチとのミーティングのあとに、ちょっと真面目な話をすることがある。あの人、見た目はクールなのに、案外情熱家でさ、今年のインターハイに賭けてるのがひしひしと伝わってくる。
普段は淡々としてるのに、大会が近づくと“内なる火”が出てくるんだよね。
目標は――打倒・鳳城。そして全国制覇。
そう言われて、自然と私も背筋が伸びた。
今年は、勝てる気がする。そういう空気がある。
理由なんて特にないけど、そういう“感覚”って、結構バカにできないんだよね。
去年は私たちが三年生に譲ったけど、今年は違う。
“あの場所”に、杏子と一緒に立つ。
それが、私たちの最後の舞台だ。
そして、杏子の夢を叶えたい。わたしが漠然と思ってた、届きっこないと思ってた夢。
実は、冴子も本気で追いかけてた夢。
明日は父兄参観と部内試合。
部員のご家族もちらほら来るらしいけど、うちの親は、まあ来ないだろうな。
でも、そのぶん杏子の射が炸裂しそうで怖い。
あいつの“集中モード”って、半径3メートルの空気が変わるから。
虫とか普通に逃げるよ。道場に結界張られてるんじゃない?
あいつは絶対に、夢の中でも、弓を引き続けてるな。
この合宿が、きっと何かの分かれ目になる。
それは多分、後になって分かることだけど。
でも、いまこの瞬間だけは、仲間たちの背中を見ながら、同じ目標に向かってるという実感がちゃんとある。
それだけで、私は今を、ちょっと誇りに思ってる。




