第14話 鳳城高校対光田高校 練習試合
杏子の一射目が見事的を捕らえた。
光田高校のメンバーは安心し、少し気持ちが楽になったが、逆に、鳳城高校のメンバーには緊張が走った。
不動監督から、相手が誰であろうとも、尊重し、謙虚に全力を尽くせ、とは言われてはいたが、そこは高校生のこと。相手は伝統校とはいえ、自分たちには初めて聞く高校名だし、試合をするのもどうなんだ、という気持ちがあったことは否めない。気持ちは翌日の強豪校との練習試合に行っていた。
そこを危惧した不動監督から、この練習試合の成績は本戦での選手選考に大きく影響する、と言われてはいたが、それは当たり前のことであったから、出場メンバーはさほど真剣にはなっていなかった、というのが、実情だ。
むしろ、試合になるのか、恥かかなけりゃいいけど、などと陰口も出る始末だった。
そんな見下していた相手が、いきなりの的中、しかも完璧な射型での完璧な正鵠を射たもので、衝撃が走ったのだ。
鳳城高校の1番手、圓城花乃は、いつもはかなり気が強く、だからこその一番手だったのだが、その分、相手を侮る癖があった。結局、何が起こったのか把握仕切れず、動揺のあまり、一射めを外した。
それに対して、奈流芳瑠月は、いつもの杏子の射を見て、わたしもいつもの通りにやればいいんだ、と、気持ちが軽くなり、的中。
鳳城高校の二番手、霜月夏帆は、3年生で経験もあり、視野も広い。だが、その分、自らも動揺し、さらに、チームの動揺も納めなければ、という気持ちが芽生えていた。いきなり2射連続で的中を出すとは。十分強豪校じゃないか。平常心に戻らなければ。とは思ったが、弛緩した気持ちはなかなか戻らない。
そして、今回は6人という特別ルールで、時間制限は無かったことを思い出し、時間いっぱいまで落ち着こうと思った。だが、目に余る場合は、自チームの監督が自ら判断して、当該射手の射を無効にする、という打ち合わせだった。そして、不動監督は、自らのチームに向ける目は厳しかった。結果、不必要に時間を取って落ち着かせようとしていると判断し、霜月の射の無効を宣言した。
光田高校の国広花音も、前の二人のいつも通りの射を見て、落ち着いて射ることができて、的中。
帆風秋音は、霜月が無効の裁定をされたことに、さらに動揺をさそわれ、的を外す。
ここまで、それぞれ3人ずつ弓を射った途中経過は、3-0で、光田高校のリードであった。
4番手の松島沙月も、流れに乗って見事に決める。この流れの妙も団体戦の醍醐味である。
鳳城高校の4番目、草葉冬花まで来て、ようやく杏子の衝撃もおさまってきて、落ち着いて的中を出す。
5番手の、三納冴子、羽山春美はそれぞれ自分の矢を打つことに集中して的中。
光田高校の落ち(ここでは6番目)、小鳥遊つぐみは、杏子の射を見て、感嘆していた。初試合とは思えない落ち着き。やはり凄い。
だが、今はそれだけ心強い味方が居るということなのだ。
鳳城高に一泡吹かせてやる。
つぐみの射は、麗霞の射に似ている。そもそも麗霞にかなり憧れているのだ。強い気持ちと平常心、高いレベルでの共存が、つぐみの強みである。これを中てれば横皆中だというプレッシャーも、かえってつぐみの闘争心に火をつけていた。そして、見事に的中。
栞代と紬の1年生コンビは、応援席で興奮していたし、男子生徒もそれは同じだった。もしかして、もしかするんじゃないか、そう思い、声を出して応援してはいけないという規則を、ぎりぎりのところで踏ん張り、皆中時に許された拍手に、ここぞとばかりに必死で手を叩いていた。
鳳城高校の応援席も、光田高校の健闘を目の当たりにし、一瞬だけ敬意を込めた拍手を送った。
そして鳳城高校の落ちを務めるのは、雲類鷲麗霞だ。その拍手に気を奪われることなく、静かに的に集中していた。さすがに見事な貫祿を見せて、一味違う力強い射を見せる。相手の横皆中の盛り上がった空気感を、自らの醸しだすオーラでかき消すようだった。まるで自分が築き上げた世界を打ち立てるような迫力で、見事に的を射抜いた。
そこには、白鷲一箭流の宗家に産まれ、家元を継ぐためには、こんなところで躓いて居られない、という強い覚悟が込められていた。
直接見ることはできない杏子だが、その弦音、的中した時の音、矢音が澄み、空気を切り裂くような迫力を、肌で感じていた。
ここで一巡目が終了。6-3で光田高校リード。しかも、全員的中、いわゆる横皆中だった。。
二順目以降も、杏子は何も変わらず、安定した射を見せて、見事皆中。
奈流芳瑠月は、ここまで皆中でまわってきたこと、そして、勝負に気持ちがいってしまい、緊張が強くなり、いつもの射を打つことができなかった。その後の射も外してしまい、1中。
国広花音も、勝負に勝てるかも、と思い出した二順目を外し、緊張が続く中、三順目はなんとか中るも、激しい緊張が体力を削り、メンタルの限界だったのか、4順目も外し、2中。
松島沙月も、二順目、前二人が外したことによって、硬くなり、外したものの、三順目からは開き直ったかのように落ち着き、最後も決めて3中。
三納冴子は横皆中の後、二順目は3人連続で外す、といういやな流れを断ち切れず外してしまったが、こちらも、三順目からは開き直ったかのような集中力を見せて、最後も決めて3中。
小鳥遊つぐみは、仲間たちが次々と的を外し始め、更に相手は確実に決め始めているという悪い流れであったが、それを見事に止める的中。
個人戦を中心に考えている、と常々公言していたつぐみではあったが、こうして皆の射を見て、さらに皆と一緒に努力する、という経験が、「私もチームの一員だ」と強く感じさせていた。この瞬間、彼女の中で闘志がさらに燃え上がった。彼女の胸には光田高校の一員としての誇りが芽生え、杏子と肩を並べ、チームを支える覚悟が生まれていた。杏子と並ぶ皆中。
鳳城高校も一順目の流れに、再び奮起し、二巡目は「横皆中」でやり返してきた。
二順目が終わった時点で、9-8と逆転した。
この後、リードを譲る、ということは無かったが、三順目終わった時点で14-13。
四順目、試合終了時に19-17と、決して楽な勝利では無かった。
三順目で草葉が外し、四順目を羽山が外した。だが、前半、特に一順目の混乱を考えれば、十分力を発揮したと言っていいだろう。
光田高校が最後まで対抗できたのは、松島沙月、三納冴子が、最後まで勝負を諦めず、踏ん張り切ったからだ。
雲類鷲麗霞は、杏子とつぐみの射型を見つめ続け、対抗心が芽生えていた。麗霞は自分の射に自信を持っていたが、始めて見る同じ1年生としての杏子の美しい射型、そして昨年中学の決勝の舞台で対戦した時にはもっと差があったはずのつぐみの成長を認めた。二人と同じ的前に立つ、弓を射る、ということに高揚感も感じていた。素晴らしいと認めた射ち手と同じ的前に立つことがこんなに幸せで楽しかったとは。
麗霞はこの時間が終わってしまうのが惜しいとまで思っていた。
試合は僅差で鳳城高校の勝利に終わった。しかし、この試合を通じて光田高校の選手たちは大きな自信を得、鳳城高校は教訓を得た。
光田高校 17本
杏子 〇〇〇〇
奈流芳瑠月 〇×××
国広花音 〇×〇×
松島沙月 〇×〇〇
三納冴子 〇×〇〇
小鳥遊つぐみ 〇〇〇〇
鳳城高校 19本
圓城花乃 ×〇〇〇
霜月夏帆 ×〇〇〇
帆風秋音 ×〇〇〇
草葉冬花 〇〇×〇
羽山春美 〇〇〇×
雲類鷲麗霞 〇〇〇〇
皆中は、杏子、つぐみ、雲類鷲麗霞の3人であった。
試合後、後半に試合をした女子の特権であったが、ほんのわずかな時間、女子のみ、試合メンバーが混合で練習をした。あまり時間が無かったのは、鳳城高校が、翌日違う高校と練習試合の予定があり、その高校が前泊するために到着する時間までだったからだ。
すぐに雲類鷲麗霞が、杏子に話しかけた。
「本当に美しい射型でした。つぐみが秘密兵器だと表現していたのも当然で、本当に驚きました」
「あ、ありがとうございます・・・」
杏子は、お礼を言ったが、自分は一番最初だったので、雲類鷲麗霞の射型は見えてはいなかった。しかし、それでも、弦が放たれたときに響く弦音は素晴らしく、的に中ったときの音からも、正確で力強い矢なのがわかり、感嘆していた。どんな射型なんだろう。杏子は、麗霞の射型を見たい、と強く思った。ただ、もしもこのとき、麗霞の姿を見ていれば、麗霞が杏子を見て受けた衝撃に匹敵したことは間違いない。
麗霞の周りに、光田高校の選手たちが集まり始めたので、麗霞は最後に杏子に言った。
「必ず、また、的前で会いましょう」
その後は、杏子もまた、鳳城高校の選手に囲まれていた。
一方、拓哉コーチは、不動監督に挨拶をしていた。二人は旧知の仲だ。
「試合をお受けいただき、本当にありがとうございます」
「さすが樹神コーチ。素晴らしいチームでした。二重三重に教訓になりました。本当に試合をありがとうございます」
「小鳥遊は打倒雲類鷲麗霞で燃えてたのでうちへの勧誘が実ったのですが、杏子は、全くの僥倖でした。二人の力が大きかったです」
「確かに二人の力は大きいですが、他のメンバーもなかなかどうして素晴らしかったです。全国の決勝レベルだったと思いますよ。樹神コーチの卓越した指導力、洞察力を強く感じました。我々は全国の優勝を目指しているチームです。ぜひ、全国大会で会いましょう」
「はい、必ず」
そして、合同練習の方に目を向けると、杏子に、鳳城高のコーチの一人が話しかけていた。
それを見て、コーチは何か理解できるものがあった。杏子には、何か力になってやりたい、と思わせるものがある。
しかし杏子の射型は完璧であること、そして杏子特有の事情、性格などを考慮し、コーチは今まで杏子に技術的な指導はしたことが無かった。ただ、指導をしたとして、杏子が受け入れるかどうか。
鳳城高校のコーチは、杏子に対し、どうやらもう少し力強い矢にするためのアドバイスをしているようだ。
杏子は、コーチの指導を素直に聞いて、素直な返事をするのだが、いざ試射をさせると、今までと全く、射型は変わっていない。
何度かこのやりとりを繰り返すが、杏子の射型は一向に変化しない。
鳳城高校のコーチは、純粋に弓道への指導として、杏子の上達を望んでのアドバイスでしることは十二分に分かる。そして、返事はとてもいいのに、いつまでも変化がない。実力的に対応できる指導のはずなのに、全く変わらぬ射型に少しイライラしてきているようだった。
それを見かねた拓哉コーチが
「ありがとうございます。また帰ってから、アドバイスを参考にさせて頂き、練習させます」
と、丁寧に間に入り、その流れで練習も終了した。光田高校の部員たちは、丁寧にお礼を伝え、更衣室へ向かった。
さきほどの様子を見ていた栞代が、小声でコーチにつぶやいた。
「杏子の射型を変えたかったら、杏子に言っても無駄だよなあ。」
「おばあちゃんに言わなきゃ」
つぐみがその言葉を引き取り、続けて言った。
そのやりとりを聞いていた部員全員が、笑いを噛み殺しながら頷いていた。
杏子はそんなやり取りに気づかぬまま、試合後の余韻に浸ることもなく、珍しくどこか落ち着きをなくしていた。
話題になっているというのに、と、栞代は杏子を探した。
なにやら、そわそわと落ち着かない様子だ。試合中はあんなに落ち着いていたのに。変なやつだな。
昨晩、おじいちゃんとおばあちゃんから、試合を見に来る、という連絡があったのだ。
ちゃんと来られたのかなあ。
どこで見てたのかなあ。
わたし、どうだったかなあ。




