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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
133/439

第133話 表彰式とそれぞれの祝勝会

会場に静かに流れる空気は、祝福というよりも、どこか神聖な重みを湛えていた。


表彰式が始まる。

今年、男子団体はあと一歩のところまで海浜中央を追い込みながら、あと1本届かなかった。

部長の菊島は、悔しさを押し殺し、賞状を受け取る。

だが、今年は、快挙も達成した。


個人戦、矢島大地が2位、準優勝。つまり、全国大会への切符を手に入れた。同じ高校のライバル、実力は遜色ない。だから悔しい思いがないはずは無かったが、祝福の気持ちが圧倒的に強かった。良かった。ほんとに良かった。


そして女子の表彰式。


弓を手にしている間、杏子はまるで一本の矢そのもののようだった。

凛と伸びた背筋、澄んだ眼差し、動じることのない呼吸。

その立ち姿は、まっすぐ、誇り高かった。

それを支えていたのは、間違いなく祖母への思い、そして祖父からの思いだった。


だが、弓を置き、手の中の感触が消えた瞬間――

杏子は、まるで水から引き上げられたばかりの小動物のように、

小さく、たじたじと縮こまっていた。


静かに優勝旗が掲げられる。表彰を待つ選手たちの袴の裾が床と触れ合う音だけが耳に届く。主催者の声が場内に落ち着いて流れる。


「女子団体優勝、光田高校」


部長の冴子が、深く一礼して優勝旗を受け取る。会場には、静かな敬意と感謝で満たされていた。

それぞれのメンバーがここまで辿り着いた道を振り返る。だが、全員が浮かれることなく、ここがスタートだという気持ちで満たされていた。


団体のあと、個人の表彰に移る。


「女子個人優勝、光田高校杏子」


アナウンスが響くと、杏子はびくりと肩を揺らし、

控えめに一歩前へ出る。

大勢の視線が集中する中、彼女は極力顔を上げようとするが、その頬はうっすらと赤く染まり、指先は、無意識に袴の裾をぎゅっと握りしめていた。


そんな杏子を、栞代は少し後ろからじっと見守っていた。

まるで、今にも逃げ出しそうな小鹿をそっと背中で支えるように、杏子から絶対に目を逸らさない。

杏子のことは、弓を引く姿も、こうして不安げに立つ姿も、

どちらも全部、すっと見守っていた。


「杏子、胸張れ。」


心の中で、栞代が呟く。

杏子に届け。しっかりな。

それでも杏子は、ぎこちなく、でも確かに胸を張った。


表彰状を受け取る杏子の手が、わずかに震えている。足元がおぼつかない。

だが、光田高校の仲間たち――とりわけ栞代には、その震えが痛いほどに伝わっていた。

ほんとに弓を持たせてないとダメだな。仲間全員の思いだった。


「杏子さん、よくやった。」


会場で応援していた校長の祝辞を受けるとき、杏子はさらに真っ赤になり、

慌てて頭を深々と下げた。

その後ろ姿を見た栞代は、思わず小さく笑った。


(ほんと、杏子は弓持ってるときと持ってないときで完全に別人だな。)


だが、そのギャップこそが、杏子の真骨頂。

人の前で誇るために、ではなく、

誰よりも真摯に、弓と向き合った結果としての、今日の勝利だった。


杏子に、栞代がにやりと笑いかけると、

杏子はまた、耳まで真っ赤にして俯いた。


「お疲れさん、チャンピオン。」


栞代のその一言に、杏子はかすかに、けれど確かに顔を上げて、笑った。


「またこれから騒がしくなるな」

栞代の視線の先には、杏子の祖父が居た。小躍りしているようだ。


着替えて学校に戻り解散。

拓哉コーチも、滝本顧問も、多くは語らないタイプだったが、まだ始まったばかりだと繰り返していた。

そして、それは全員の認識でもあった。


杏子の祖父が学校に迎えに来ており、団体戦のメンバーを家に招待した。

だが、冴子が、このあとは、沙月と瑠月と、3年生だけで祝いたい、と申し出た。

まゆが疲れているので、あかねが送ることになり、栞代、紬、ソフィアが来ることになった。


「いらっしゃい、ソフィアさん! 今日はもう、ゆっくり遠慮もいらんよ!」


笑顔で迎えるのは、杏子の祖父。

にかっと歯を見せたその表情に、ソフィアは思わず顔をほころばせた。


「また来れて、すごく嬉しいです!」

ソフィアは、たどたどしい日本語で気持ちを伝えた。


「二回目だし、もう“準レギュラー”だね、ソフィアちゃん」

杏子の祖母が優しく、冗談めかして声をかけると、

紬が後で「うんうん」と頷く。


ソフィアは少し頬を赤らめ、

「とっても光栄です」と、ぎこちなく頭を下げた。


杏子はというと、手持ち無沙汰のように玄関で立ち尽くし、

ちらちらとみんなを見回しながら、

どこかそわそわしている。


「……さ、入って!」

思い切って声をかけると、杏子自身も恥ずかしそうに笑った。


部屋には、杏子の祖父特製の紅茶と、

祖母がお祝いのために用意された和菓子が並んでいた。

上生菓子の練り切り、どら焼き、そして杏子の大好物、きなこ餅。


「さあさあ、今日はぱみゅ子が県大会でえらいことやったからな!」

祖父はすっかり上機嫌で、コップを掲げた。

「ぱみゅ子も、栞代も、紬さんも、ソフィアさんも、みんな最高じゃ!」


「ありがとうございます!」

ソフィアが一番に、背筋を伸ばして礼をする。

その初々しい姿に、祖父の目尻がさらに下がった。


「可愛いのう……美人じゃのう。もううちの孫みたいやな、ソフィアちゃん!」

にやけ顔全開の祖父に、栞代は呆れ、杏子は「もう、おじいちゃん!」と声を上げ、

耳まで真っ赤になった。紬は相変わらず「それはわたしの課題ではありません」と、声を出さずに言った。


祖母は笑いをこらえながら、

ソフィアにさりげなく和菓子を勧める。


「これ、練り切りっていうんだよ。甘いけど、おいしいよ。」

紬がそう言うと、ソフィアは恐る恐るひと口。


「……とっても、おいしいです。」

その目がきらきらと輝き、杏子たちは思わず顔を見合わせて、笑い合った。


話題は自然と、試合の話になった。

栞代が弓道場での緊張感を真顔で語り、

紬が「杏子の安定感、めっちゃ頼もしかったよ」としみじみ言った。


「杏子、すごくかっこよかったです。」

ソフィアも、静かにはっきりとそう言った。


杏子の顔はまっ赤だった。


祖父はそんな杏子を見て、

「ぱみゅ子が弓を握ってる時は、無敵じゃからのう。なぜなら、みんなと見ているところが違うからのう」

栞代と紬は、何を言っているのかは分らなかったが、その意味するところはなんとなく分かった。


「でも、そんな杏子さんだから……私、すごく好きです。」


ソフィアがぽつりと呟いた言葉に、場にふわりと、温かい空気が流れた。


もしかしたら、ソフィアさんも分かってるかもしれないな。祖父はニカニカ笑いながらそう思った。


杏子は顔を隠しながら、それでも少しだけ、嬉しそうに笑った。


追いこまれた時に的中させた紬のこと。

しり上がりに調子をあげて、見事に個人戦で花開いた栞代のこと。

そして、一切乱れなかった杏子。


それぞれが、そして祖父が、祖母が、とにかく褒めたたえていた。


こうして、小さな祝勝会は、

紅茶と笑い声と、少しの照れくささに包まれながら、続いていった。

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