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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
130/433

第130話 団体戦決勝トーナメント 対蒼北工業 対川嶋女子

弓道場の風


空気が凛と張り詰めていた。


栞代、沙月、冴子、紬、そして杏子。彼女たちの姿は、予選一位通過に相応しく、今、より一層凛々しく見えた。


対する蒼北工業も、緊張感漂う面持ちで弓を構える。


矢が弦を離れる音が、静寂を切り裂いた。澄んだ音色が、高い天井へと吸い込まれていく。栞代の放った矢が的に吸い込まれるように命中した。会場からは小さな息をのむ音が漏れた。


蒼北工業の大前も的中。互いに一矢も譲らぬ展開が始まった。


沙月が続く。予選の時と同様、集中力を見せる。


部長の冴子は、常に冷静沈着。彼女の射は無駄な動きが一切なく、まるで水が流れるように滑らかだった。紬は少し緊張の色が見えたが、それでも確実に的を射抜いた。


そして最後の射手、杏子。


杏子が弓を引くとき、道場の空気が変わった。まるで時間が止まったかのような静寂。彼女の呼吸だけが、かすかに聞こえる。弓を引く腕に一点の揺らぎもない。矢が放たれ、澄んだ音と共に、的の中心に吸い込まれていった。


結果は13対10。光田高校の勝利だった。




予選を一位通過した光田高校は、勢いそのままに決勝トーナメントを勝ち上がり、準決勝では、宿敵・川嶋女子と対峙する。昨年度も、対決のたびに競射勝負になった。その因縁が、今この場に熱を孕んだ静けさをもたらしていた。


地区予選で負けたその翌日、突然の練習試合に応じ、復調のきっかけを作ってくれた相手だ。

最高の調子で戦おう。そう望まれている気がした。まさに好敵手、ライバルと言っていい。正々堂々とした相手と戦うこはのできる喜びと覚悟が光田高校の5人を包んだ。

だが、一旦弓を握ると、あとは自分との戦いが待っている。


蒼白な光が射し込む広い試合会場、その中央に据えられた的は、無言の観客のようにただ静かに、選手たちの矢を待っていた。木の床に響くわずかな足音。それ音だけが存在していた。光田高校と川嶋女子高校――この二校の弓道部が、静謐な決闘の場に立っていた。


第一順目。光田高校の大前・栞代が、呼吸を整え、弓を構える。その横顔に浮かぶ静謐な決意。その指先から放たれた矢は、凛とした空気を切り裂き、真っ直ぐに的の中心を貫く。続く沙月、冴子、紬、杏子もまた、一射一射に魂を込める。五人全員が的中。横一列に並ぶ矢羽根が、まるで白い花のように咲き揃う。横皆中が決まった瞬間、会場は一瞬だけ静まり、その後小さく控えめな拍手が響いた。

対する川嶋女子は、緊張が強すぎたのか、二番・大塚、中・高梨が外す。5-3 光田高校リード。


だが試合の流れは波のように揺れ動く。二巡目。川嶋女子も名門の名に相応しい。二順目には落ち着きを取り戻し、見事な横皆中を見せた。対する光田高校は、リードを意識したのか、沙月と紬が外してしまう。張り詰めた空気が、さらに重く場内を包み込む。8対8。


三順目。栞代の矢が、わずかに的をそれた。彼女の表情に一瞬の動揺が走る。しかし、沙月が見事に的中させ、流れを引き戻す。冴子が続くが、紬が外してしまう。彼女の肩が小さく落ちる。最後の杏子は、いつもと変わらぬ冷静さで的中。

しかし川嶋女子は4本決める。11対12。川嶋女子がリードを奪った。


会場に漂う緊張感は、まるで目に見えるかのようだった。呼吸さえ忘れそうになる静寂。


最後の四順目。栞代の射は完璧だった。矢が放たれる瞬間、彼女の中の迷いが消え去ったように見えた。見事な的中。川嶋女子の大前、深町も的中。


沙月が弓を引く。彼女の手が、わずかに震えていた。矢が放たれ、的をかすめるかと思われたが。外れた。


弓を引いていると細かな得点計算をする余裕も時間もない。目の前の射に集中するだけ。

だが、観客はそうではない。固唾を飲んで見守る拓哉コーチ、瑠月、ソフィア、あかね、まゆ、つばめ、真映、楓、一華、男子部員、そして杏子の祖父母。


祖父はいちいちシュミレーションをしながら見ていた。最終四順目になって一本少ない。なんとか早く追いつきたい。お互いの落ち(5番目)の安定感はトップクラスだ。そこまでに追いついておきたい。


川嶋女子の2番も外す。


差は広がらなかった。祖父は安堵する。


冴子が弓を構える。部長としての責任感が、彼女の背中を真っ直ぐに伸ばしていた。しかし、矢は的をわずかに外れた。唇を噛む。


いかん。やはり相当の重圧なのだろう。祖父も追い詰められる。


だが、プレッシャーはお互いに掛かる。川嶋女子の中、高梨も外す。


祖父も少し落ち着く。1本差のまま、残り二人ずつ。おそらく最後の杏子は当ててくれるだろう。だが、川嶋女子の落ち、日比野も強い。外さないと思う。勝負は、この落ち前だ。

紬さんっっ。祖父が祈る。


紬の番。彼女の目に一瞬決意の色が宿る。深呼吸し、表情が飛ぶ。弓を引く。矢が放たれ、見事に的中。


紬さんっっっ。でかしたっっっ。これで相手にも相当なプレッシャーが掛かるだろう。

この勝負が掛かった一矢。きちんと決めるとは。紬さんでかしたっ。立ち順を変更していたコーチ、えらいぞっ。祖父は拳を握る。だが、まだ追いこまれている。ここで川嶋女子が当てれば、ほぼ負ける。


川嶋女子の落ち前、前田霞。日比野に劣らずチームを支えてきた。ここで決めれば、ほぼ勝ちが確定。外してもまだ同中。緊張と余裕。意欲と恐怖。あの光田高校に勝てる。昨年度、何度悔しい思いをしたことか。

溢れる思いは、微妙に矢筋を変えた。

前田霞が外し、ここで13対13。並んだ。


落ちは両校のエース、杏子と日比野の対決。


杏子の姿は、まるで古の武士のように凛としていた。彼女の呼吸が整い、弓が引き絞られる。矢が放たれ、美しい弦音と共に、的の中心に吸い込まれた。

日比野もまた、見事に的中させる。


14対14。決着はつかなかった。


勝負はこのまま一射による競射へ。


杏子の祖母が、祖父を心配する。ドキドキする展開。血圧は大丈夫かしら。

力抜いて、力抜いて。ただ結果を見守るだけ。耳元で声をかけ、握っている拳をほぐす。


一射目。栞代が決める。よしっ。さすが栞代じゃっ。こんどとびきり上手い紅茶を飲ませてやるぞっ。

川嶋女子の大前、深町が外す。続いて沙月が当て、大塚が外す。

思っても見なかった2本のリード。こ、これは・・・。祖父が小躍りする。

勝利が見えたかと思ったが、やはり勝負の波は激しい。

冴子、紬、と安定している二人が外し、高梨、前田が決めて、同中。

杏子と日比野は、互いに的中。

3対3。再び同点。


二射目も痺れる展開の中、3対3の同中


三射目。


栞代の射は美しかった。まるで水墨画の一筆のように、無駄のない動きで矢を放つ。的中。


栞代っっ。もう特別な紅茶を淹れてやるぞっ。


深町も的中。さすがに互いに大前を張るだけに強い。


沙月も続く。瑠月のために。自分のために。チームのために。見事に的中。

ここで、川嶋女子の大塚がわずかに外す。


冴子は、部長としての責任感を全身に漲らせ、見事に的中させた。

川嶋女子の高梨が、流れを止められない。


3人が終わって2本のリード。よしっ。ぱみゅ子は、状況に左右されない、鉄の鈍感さがある。2本のリードは追いつけないだろう。祖父は拳を握ろうとし、祖母がそっと手を握っていることに気がつく。


勝負が掛かる。余裕がある状況。ついさきほどの前田霞の重圧、がそのまま紬にものしかかる。

緊張と余裕。意欲と恐怖。そして矢筋が乱れる。


後が無い状況。前田霞がさきほどのお返しとばかり、見事な的中を見せる。


祖父の手に力が入り、握りあう。

ぱみゅ子っっっ。


勝負が決まる一射。

彼女の姿は、まるでいつもと変わらない。去年初めて三年生に強制された時から、それは常に変わらない。個人戦で、同門対決になって、相手のことを考えすぎて乱れる心配も今は無かった。

呼吸が整い、弓が引き絞られる。見事な弦音。澄んだ音色と共に、的の中心へ。


勝負が決まる。だが、まだ日比野の矢が残っていた。

日比野もまた、状況に左右されない強さを持つ。最後まで丁寧な姿を見せて、的中させる。

常に正しい射型で。会場から、拍手が届き、静かな拍手が広がっていく。

両校の選手たちが一礼をして下がっていく。

4対3。光田高校の勝利。


その時、客席から奇妙な声が響いた。

その一角、観客席の片隅で、杏子の祖父は椅子からずり落ちそうになりながら、手を合わせていた。

「ああ、ぱみゅ子~!ようやった、ほんまようやった……!」

顔を真っ赤にして、涙と汗でぐしゃぐしゃの顔をさらにぐしゃぐしゃにしながら、あたふたと立ち上がろうとするも、足がもつれてまた座り込む。その様子は、誰よりも滑稽で、誰よりも誇らしげだった。


まるで孫が世界を救ったかのような喜びようで、近くにいた部員が心配して慌てて駆け寄った。彼の手に持っていたお守り袋から、杏子の幼少期の写真がこぼれ落ちた。

「見た? 見た? この可愛さっ。わしの孫じゃあ!あの可愛さ!あの気品!あの腕前!天下一じゃあ!」

祖父は心配して駆けつけたあかねやまゆ、瑠月に、に向かって、杏子の幼少期の写真を次々と見せ始めた。


「これは三歳の時の七五三!これは小学校入学式!これは去年の誕生日!」


瑠月が優しく微笑む。あかねと真映が豪快に笑う。まゆが微笑む。


おじいちゃん、本当に良かったね。あと一つで全国大会だね。


杏子の夢と努力をずっと見てきた瑠月、あかね、まゆが次々と声をかける。

止まらない喜びに、溜まらず叫ぶ。


「わしの孫は日本一じゃ!チームメイトも日本一じゃ!」

ついでにわしも・・・という声は、祖母が口を塞いた。



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