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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
128/165

第128話 県大会へ

「立ち順については、地区予選から少し変更しました」コーチは説明を続けた。「紬さんは安定感があり、試合展開に左右されない性格だから四番目にして、それに伴い、順番を調整しました。ポイントゲッターとして、栞代さん、冴子さん、杏子さんの三人を考えています。杏子さんはまあ置いておいて、栞代さんと冴子さんは、気持ちでも積極的に。攻めてください。ここで9本を狙います。それができれば、優勝が視野に入るでしょう」


コーチがここまで断言するのは初めてだった。


拓哉コーチの言葉は自信に満ちていたが、栞代の胸には重い思いがあった。随分切り換えたとはいえ、地区予選での自分の不調が、まだ心の片隅に引っかかっていた。


部内での選考試合があって、すぐに立ち順が決まり、それからはそのメンバーで、お互いのくせ、ふるまい、構えてから引くまでの時間、一挙手一投足、全てを把握しようとしていた。


連携と信頼。団体戦は全員で一つの矢を引く。誰もがその思いで練習に打ち込んだ。それは、団体戦に出場するメンバーだけじゃない。部員全員で一つの矢を引く。全員がその気持ちだった。



県大会のメンバー選考のための部内試合。

全員が順番に射を行い、全てが終わったあと、まゆに寄り添っていた瑠月が、最後に弓を引かせてください、と申し出た。


少し遠慮気味な瑠月からは、珍しい申し出だった。


瑠月は静かに弓を構え、呼吸を整えた。年齢制限のため県大会には出場できない三年生。


一本目。瑠月の弓が引き絞られ、離れた。矢は完璧な軌道を描いて的中央に吸い込まれた。

二本目。さらに深い集中力で、瑠月の体は弓と一体となっていた。再び、矢は的の中心を射抜いた。

三本目。道場内の空気が張り詰める。全員が瑠月の射に見入っていた。三本目も完璧な的中。

四本目。瑠月の最後の一射。彼女は呼吸を整え、弓を引き絞った。矢は放たれ、まるで引き寄せられるように的の中心へと吸い込まれた。


四射皆中。完璧な形に支えられた圧倒的な的中率。


栞代は息を呑んだ。瑠月の射は、ただの技術ではなく、魂そのものだった。何年もの努力が凝縮された美しさ。それなのに、彼女は試合に出られない。


瑠月の表情は穏やかだったが、栞代にはわかった。瑠月の目に浮かぶわずかな光は、涙を堪えているからだと。


「みんな」瑠月は静かに口を開いた。「私は県大会に出られないけど、これが私の射です。これが今までの集大成です。見てくれて本当にありがとう。みんなと一緒に弓を引けて本当に嬉しいです。みんなには、自分の射を信じて欲しい。技術だけじゃない、心をこめた射を。苦しい時は私を見て。必ず、常に、一緒に居てますから」


栞代は拳を握りしめた。胸の内で何かが熱く燃え上がる。「瑠月さんの分まで...瑠月さんと一緒に」言葉にならない思いが込み上げてきた。



それぞれの決意


県大会に向けての最後の練習後、部室に居た栞代は、窓の外を見つめていた。瑠月の四射が脳裏に焼き付いている。


「まだいたの?」沙月が部室に入ってきた。

「ああ、ちょっと考え事をしてたんです」栞代は振り返った。


「瑠月さんのこと?」沙月は栞代の横に座った。


「はい...あの時の四射...なんというか、心に刺ささりました」


「ほんとに。私も」沙月の声は小さかった。「瑠月さんの射は、本当に...美しかった。何年かけても、私には出せない美しさだと思った」


「なのに、年齢制限で試合に出られないなんて...」栞代は言葉を詰まらせた。


「理不尽だよね」沙月は静かに同意した。「でも、瑠月さんは、分かってたこととはいえ、文句一つ言わなかった。むしろ、私たちを励ましてくれた」


「だから、私は決めました」栞代は立ち上がった。「もう不調とか、心を乱してる場合じゃない。結果を気にしてる場合じゃない。瑠月さんのために、瑠月さんの分も、全力で引き切るって」


「私も同じ」沙月の目が決意で輝いた。「瑠月さんの思いを、私たちが弓に乗せて届けよう」



道場では、冴子が一人で弓を握っていた。彼女も瑠月の射を何度も思い返していた。


「私は...才能では瑠月さんに敵わない」冴子は呟いた。「でも、心を込めることなら...できるはず」


冴子には、引退を申し出た瑠月を引き止めた、ということも心にひっかかってた。最後は部員全員の希望だったとはいえ、瑠月さんに負担を掛けたのではないか。瑠月さんは、静かに引退したかったのでは・・・。


しかし、もう言っても仕方ない。今は、とにかく、全力で弓を引くこと。瑠月さんとずっと一緒にやってきた。その思いを受け止めるのは、私だ。沙月と一緒に。




そして、紬と杏子は道場を掃除しながら静かに会話していた。


「紬、あなたはどう思う? 瑠月さんのこと」杏子が尋ねた。


「それは、わたしの課題ではありません」紬は淡々と答えた。しかし、その目には普段見せない感情が宿っていた。


杏子は微笑んだ。紬らしい。そう思った。

一見冷たい対応。でも、そこに、人一倍熱い気持ちを隠してるのはみんなが知ってる。だって、声に出したら泣いちゅうもんね。


「うん。わたししたちは、わたしたちにできることをやるだけだもんね」


紬は黙って頷いた。表面的には冷静を装っていたが、瑠月が出られないことに怒りを感じていた。


瑠月さんを追い詰めた、入学を躊躇させたその当時の状況にも。そしてそれを配慮しようとしない弓道連盟にも。

それは杏子も同じだった。二人は口に出さなくても、いや、表面に表さないからこその決意を胸に秘めていた。


あの部内試合が行われた日。最後に、瑠月が見せた姿は、部員全員の心に深く響き、全ての視線を一つに向けた。





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