第127話 部内試合
県大会を前にした部内試合。
迷っていたつばめも、参加することになった。
参加メンバーは、冴子、沙月、栞代、杏子、紬、あかね、まゆ、つばめ、真映。この9人で、5人の団体戦のメンバーと、1人の予備メンバーを決める。
まず、立ち順の抽選が行われた。今回は、3人ずつ。
あかね、冴子、紬。
栞代、まゆ、真映。
つばめ、沙月、杏子。
この3組で行われることになった。
まず、あかね、冴子、紬。
緊張が伝わってくる。
あかね ××〇×
冴子 〇×〇×
紬 ×〇〇×
そして次、
栞代 〇〇×〇
まゆ ××××
真映 ××××
つばめ ×〇〇×
沙月 〇×〇×
杏子 〇〇〇〇
結果
4本(皆中) 杏子
3本 栞代
2本 冴子、紬、つばめ、沙月
1本 あかね
0本 まゆ、真映
選考のための試合で数多く矢を引くことによって、順当に実力が計れるだろう。
または、通常の練習の結果からコーチが決定する方法もある。
その方法ももちろん取り入れることは可能だ。マネージャーのまゆ、一華は全ての練習の結果を記録している。
どの方式も間違いではないし、実力を重視して選ぶということが、結果を出す一番の方法でもあるだろう。
しかし。
拓哉コーチの信念として、試合形式の結果で選ぶ、ことを決めていた。
徹底した実力主義。
冷酷なようだが、これが一番平等だと信じていた。
つまり、そこにはコーチや顧問の恣意的な目が入ることがないのだ。
人間は絶対に客観的にはなれない。選抜、という形式を取れば、そこには必ず贔屓が入る。意識しなくても。これは出したい人間を選抜する、ということだけではなく、逆の方向に働くこともある。
コーチはそのことを経験上、身に染みて分かっていた。
あかねは1本的中。
最初の順番といしこともあり、緊張感も相当だったに違いない。
その結果が出た瞬間、胸の奥に重いものが落ちた。
コーチの信念もあるが、光田高校は戦術的な交代はほぼ行われない。
地区予選では予備メンバーだった自分が、今回はひとつ順位を落とした。
特に地区予選では、一発勝負なので、予備メンバーが出場することはまずない。
それは県大会でも変わらないが、少ない可能性だからこそ、予備メンバーとしては1番手の位置が必要だった。
「私……」
そう呟き、続く言葉は、必死に飲み込んだ。
試合後、まゆがそっと隣に座った。
「頑張ったね、あかね」
その言葉に、あかねは視線を伏せた。
「……頑張っただけじゃ、あかんねん」
「でも、頑張らなかったら、悔しいとも思えなかったよ」
まゆはそう言って、あかねの肩に手を置いた。
その温もりが、少しだけ胸を軽くした。
「まゆ」
「はい?」
「杏子たちは、必ず県大会を突破してくれる」
「うん」
「インターハイには、絶対に出るぞ」
「うん」
高校総体の前には、また出場者を決める部内試合が行われる。
その時点での最強チームを作る。
その瞬間には、今日のこの結果は、既に過去の結果だ。
あかねは、絶対にこの悔しさは忘れない。そう誓った。
真映は0本。
試合になると、なぜか当たらない。
練習では当たるのに、試合になると手が震える。
「……私、もしかして本番に弱いんかな」
誰に言うでもなく呟く。
でも、その小さな声を一華が拾った。
「大丈夫、真映。真映がきちんと努力しているの、わたし知ってるよ。」
「え?」
そう言って、下を向く真映に、一華、練習ノートを見せた。
「ほら、練習ではこんなに当たってる。だから、自信を持って」
「・・・・」真映は黙って一華を見つめた。
「じゃ、今度杏子さんに、コツ教えて貰おうよっ」
そう言って一華は真映の背中を叩いた。
「よし。そうだな。私はやればできる子だ」
日本代表レベルのこの切り換えの早さは、絶対に武器になる。
一華は自信を持ってそう思った。
全ての矢が放たれ、結果が発表された。
つばめは、地区予選で既に個人戦への出場資格を得ている。コーチと話し合った結果、団体戦は予備メンバーとして登録することになった。県大会の団体戦の予選が、そのまま個人戦の予選を兼ねる。
つばめが出場すれば、地区予選で獲得したその出場資格が上書きされ、県大会での団体予選の結果が優先されてしまう。もしも成績を落とせば、個人戦への出場資格を無くしてしまう危険性があった。
その危険は引き受ける必要はない、というのがコーチの意見で、つばめもそれを受け入れた。
団体戦メンバー:杏子、栞代、冴子、紬、沙月。予備メンバー:つばめ。あかね。
そして、立ち順がコーチから発表された。地区予選とは一部入れ換えた。
立ち順:栞代、沙月、冴子、紬、杏子。
それぞれが、これからは、それぞれの位置で矢を重ねる。
それぞれの呼吸、クセなどを掴み、団体戦ならではの流れを習得していく。
新たなチームとして、県大会へ向かうために。
今回も残念ながら、的中はならなかったまゆの元へ、瑠月がそっと近づいて、なにか話していた。
そしてコーチに、
私にも、弓を引かせてください、
と申し出た。
年齢が上であることが有利に働く、という連盟の考え方だが、それは決して間違っては居なかった。
だが、瑠月のように、家庭の事情で仕方なく2年入学が遅れた場合、同様の規約「高校生活3年まで」「同一学年では1回のみ」という制限はクリアしているだけに、無念の思いがあった。
拓哉コーチも、高校を通じて正式に連盟に特例を申し出ていたが、この日までに認められるという連絡は無かった。
悔しい思いを胸に、瑠月が的前に立つ。
一射。二射。三射。そして、最後の一射。
すべてを綺麗に的にまとめた。
皆中。
確かに年齢が上ということで有利な面もあったかもしれない。
しかし、瑠月の努力を知っている弓道部の全員が、悔しい気持ちを押し殺し、精一杯の拍手を贈った。