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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
122/433

第122話 地区予選翌日

地区予選をトップ通過できなかったこと、そのことも残念ではあったが、それよりも、むしろ、実力を出し切れなかったということが光田高校弓道部のメンバーに、更なる重圧をかけていた。

二位通過は客観的には悪くない成績だ。しかし、部員たちの表情には晴れない影が残っていた。特に栞代の眉間のしわは、昨日の試合から消えていなかった。


去年は、つぐみが居て、杏子と二人でチームをひっぱって行ってくれた。その存在がいかに大きかったか、練習試合、地区予選を通じて、弓道部の全員が痛感していた。つぐみの技術的な強さと精神的な強さは、チーム全体の支えになっていた。彼女が引っ越して不在の今、その穴を埋めるのは容易ではなかった。杏子は相変わらず安定していたが、二人のエースがいた昨年を知っているだけに、限界もあった。


この結果は決して慢心から来たものではない。光田高校の面々は、常に今自分でできることを考え、精一杯実践してきた。朝練も欠かさず、放課後も暗くなるまで的前に立ち続けた。技術的な向上はデータにも表れていた。練習での的中率は確実に上がっていたのだ。しかし、試合という特別な空気の中で、その力を十全に発揮できなかった現実が、彼女たちの胸に重くのしかかっていた。


試合の翌日、ミーティングが行われた。道場には静かな緊張感が漂っていた。窓から差し込む午後の日差しが、畳の上に四角い光の模様を作っている。部員たちは正座して、拓哉コーチの言葉を待っていた。


コーチからは、あらためて弓道の難しさが語られた。その声は穏やかだが、一言一言に重みがあった。


「杏子さんの言う、正しい姿勢で引けばあとはただの結果なだけ、ということがあらためてどれほどの困難なのか、あらためてわかったんじゃないか」


部員たちは黙って頷いた。理屈ではわかっていても、実践するのは別問題だ。特に試合の緊張感の中では、平常心を保つことがいかに難しいか。


「瑠月さんは、試合を見ていて、どう思った?感じたことを、伝えてほしい」


瑠月は、真っ直ぐな瞳で、丁寧に言葉を選びながら話し始めた。


「はい。見ていて、栞代さんが凄く緊張しているのが伝わりました。最初の矢を外した結果自体よりも、何か違和感の方が大きかったんじゃないかと思います」


栞代は目を伏せたまま、わずかに唇を噛んだ。彼女自身、その違和感を痛いほど自覚していた。弓を持つ手の感覚が、いつもと違っていたのだ。


「でも、チームとしては、次の紬さんが落ち着いて当てたのは本当に大きかったと思います」


紬は照れたように頬を赤らめた。普段は物静かな彼女だが、その安定感は確かにチームの宝だった。


「二順目も栞代さんの感覚は戻らず、今度は続いて紬さんも外しましたが、沙月が踏みとどまります。ここは、光田高校弓道部の強さだと思いました。悪い流れを引きずらない、強さです」


沙月は小さく頷いた。


「その二順目、冴子が外しますが、落ちの杏子さんの安定さは変わりませんでした」


杏子は無表情を保ったまま、静かに瑠月の言葉を聞いていた。彼女の安定感は、まさに光田高校弓道部の最大の砦だった。


「そしてここからは栞代さんの力が証明されます。弓を引く時の違和感はまだ若干残っていましたが、残りの二射を的中させます」


栞代の表情が少し和らいだ。それでも、彼女の目には悔しさが残っていた。


「個人としての目標もあったでしょうが、チームとして見ると、栞代さんと冴子、沙月で5本というのが目標に達しなかった。最低でも6本、7本は的中数を出せるメンバーです」


冴子と沙月は、互いに視線を交わした。彼女たちも自分たちの力不足を痛感していた。


「それでも、紬さん、杏子さんが二人で安定して6本を的中させたのは収穫だと思います。紬さんの落着きは、素晴らしかったです。そして、杏子さんの素晴らしさはまさに異次元でした」


杏子は少し居心地悪そうに肩をすくめた。彼女は自分の実力を誇示することを好まない性格だった。本気でたまたま、だと思っていたからだ。


瑠月は少し言葉を選ぶように間を置いてから、続けた。


「そう思うと、考えたくないことだし、たぶん起こらないと思うけど、杏子さんが崩れた時の動揺を抑えることも視野に入れる必要があると思いました」


その言葉に、部室に一瞬の静寂が訪れた。杏子が崩れるという想定は、誰も口にしたことがなかった。しかし、瑠月の指摘は的を射ていた。どんな選手にも調子の波はある。杏子だけに頼るチーム構造には、脆さがあった。


「去年、わたしは練習試合後に、メンタルトレーニングに力を入れました。わたしの場合とは少し違いますが、栞代さんも冴子さんも、技術的には問題ないので、少しメンタルトレーニングの方に注力してもいいかもしれません」


瑠月の分析は、冷静かつ的確だった。彼女自身、昨年は試合での緊張から何度も苦しんだが、メンタルトレーニングによって克服してきた経験を持っていた。1年で、チームのレギュラー落ちから、全国4位まで登ったのだ。


「以上、です」


拓哉コーチは満足そうに頷いた。


「うん。瑠月さん、ありがとう」


コーチの声には、温かみがあった。


「本当に弓道というのは、精神力、気持ちが大きな競技だってあらためて感じたと思う。地区予選は、中間テストのすぐあとだったし、気持ちもそりゃ疲れただろう」


部員たちの表情が少しずつ和らいでいくのが見て取れた。


「今の我々の目標は県大会で優勝すること。つまり、高校総体への出場だ。地区予選も、3位までに入れればいい、という慢心も無かったし、結果的には2位通過。必要以上に気にする必要はない」


コーチの言葉には、不思議な説得力があった。


「杏子さんのいう、最後はただの結果なだけ。地区予選の結果も、そうだ。ただの結果だ。できることをしての結果だった。さぼっての失敗じゃない。間違っていない。慌てることもない。わたしたちの進む道は間違っていない」


部員たちの肩から、少しずつ力が抜けていくのが感じられた。


「だが、気持ちが疲れただろう」


コーチは、部員たち一人一人の顔を見回した。そして、突然表情を明るくして言った。


「ということで、今日はもう遊べ。練習禁止だ。じゃ、解散な」


拓哉コーチは、こういうと、さっさと道場から出て行った。その切り替えの早さに、部員たちは一瞬呆気にとられた。


切り換えの早さでは日本代表クラスの真映は、それを聞いて大喜び。さっそくどこに行こうか何しようか一年生をまきこんで考えていた。彼女の明るさは、重苦しい空気を一気に吹き飛ばした。


「カラオケ行く?それともショッピングモール?」

「私、新しいカフェ行きたいな」

「映画は?」


一年生たちの間で、わくわくした会話が弾み始めた。


一方、栞代は杏子に向って静かに尋ねた。

「どうする?」


杏子は、逆に弓を引かないと落ち着かないからな、と栞代は思った。杏子にとって弓を引くことは、呼吸するのと同じくらい自然なことだった。休むよりも、弓を持っている方が彼女には心地よいのだろう。


杏子は少し考えて言った。


「川嶋女子に行ってみない?」


「ええっっ」

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