第120話 中間テストに向けて
鳳城高校、鳴弦館高校との練習試合を終え、光田高校弓道部は再び日常に戻った。しかし、弓道部の面々を待ち受けていたのは、学生としての本分――中間テストだった。
地区予選、そして県大会を目指して日々練習に励んできた部員たちにとって、中間テストはまさに"避けては通れぬ敵"。光田高校では、二期連続で赤点を取るとクラブ活動参加禁止、つまり大会への出場も許されないという厳しい規則が存在していた。
これは連帯責任ではないが、団体戦を戦う弓道部にとっては一人の脱落も致命的。部の士気にも関わる重大な問題だった。
そのため、去年からは瑠月とまゆが中心となって、試験前には自主的な勉強会を開催してきた。塾との両立が難しい部員のために自由参加としながらも、二人はこれまでの試験問題の蓄積や、教え合いの文化を根付かせてきた。特に、まゆはその柔らかな性格と気配りで、教えるだけでなく心の支えにもなっていた。
新入生たちの中でも特に心配されていたのが、学年は2年生であったが、フィンランドからの留学生ソフィアである。彼女は弓道への情熱と並外れた努力で日本語を身につけていたが、さすがに高校の国語、特に現代文は手ごわい。
杏子はそのことを気にかけ、ある日「おじいちゃんに相談してみようか?」とソフィアに声をかけた。杏子の祖父は元塾講師で、数学と国語を担当していた人物である。ソフィアは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔でうなずいた。「お願いします」と、丁寧な日本語で返すソフィアに、杏子は小さく頷いた。
その日の夕方、杏子が祖父に話を持ちかけると、祖父は目を輝かせて「もちろん!」と即答。
翌日、登校しようとした杏子に、おじいちゃんが、手紙を渡した。
こう書いてあった。
ぱみゅ子のおじいちゃんからフィンランドの美人留学生さんへのお手紙
え~、なにこれおじいちゃん。
杏子は驚いて言った。
いやいや、昨日寢ずに書いた、ラブレターじゃっ。
ちゃんと渡すんじゃぞ。
と言ってはさっさと自分の部屋に引き返した。
内容が気にはなりつつも、杏子は登校し、すぐに事情を栞代に話し、一緒にソフィアに渡しに行った。
ソフィア、これ、おじいちゃんから。おじいちゃん、パソコンで出力してると思うから、文字が読めないってことはないと思うけど、読んで、分かりにくかったら、また言ってね。
ソフィアはドキドキしながら、目を通した。
やぁやぁ、フィンランドからの美人留学生のソフィアさん!
ぱみゅ子のおじいちゃんじゃ。ぱみゅ子?ああ、うちの孫のことじゃよ。本当はきゃりーぱみゅぱみゅ様にあやかって「ぱみゅ子」と名付けようとしたんじゃが、家族に阻止されてしもうた。でもわしだけは今でも「ぱみゅ子」と呼んでおるんじゃ。高校生になった今でも恥ずかしいじゃろうが、ぱみゅ子は優しいからわしのためにそれを許してくれておる。ほんとにいい子じゃ。
さて、現代文のテスト対策じゃ。テストで点を取る、という即必要な点と、そして、現代文の読解力を高める本質的な方法じゃ、
必ず出ると分かっている問題がある。それは漢字じゃ。テスト範囲の漢字は、まず書けるようにな。ぱみゅ子に手伝って貰ってカード化して四六時中見ときなされ。全体から見ると割合は小さいかもしれないが、覚えていたら絶対に取れる。それが漢字の問題じゃ。
読解力に関しては、フィンランドの教育方法は素晴らしいと聞く。それを日本の現代文に応用するのがええと思う。
1. 読みと書きは車の両輪じゃ!
フィンランドでは「読む」と「書く」を一緒にやるそうじゃな。これは素晴らしい!日本語の本や記事を読んだら、必ず感想を書くんじゃ。ぱみゅ子も小さい頃からそうしていたぞ。
書いたものを誰かに見せて、意見をもらうんじゃ。ぱみゅ子や栞代に頼めば良い。ぱみゅ子は優しいが、栞代は口が悪いから気をつけてな。
もらった意見についてまた考えを書く。これを繰り返すんじゃ!
2. いろんな目で物語を見るんじゃ!
わしはテレビドラマを見るとき、いつも登場人物になりきって見るんじゃ。だから、わしはいつも退屈したことがない。フィンランドでもそういう読み方をするんじゃな!
物語の登場人物になったつもりで読んでみる
自分が物語の中に入って、周りを見回すような気持ちで読む
神様のように上から全体を見下ろすような気持ちで読む
そんな風に読むそうじゃが、日本の現代文のテストでは例外なく、作者の意図を考えろ、という問題じゃ。これは落とし穴でな。本当は、出題者の問題の意図を考えなくてはならん。フィンランドの方が圧倒的に楽しい勉強やと思うが、仕方ない。だが、当時に、パターンさえ抑えればなんとかなる部分も多いんじゃ。
3. おしゃべりしながら理解を深めるんじゃ!
わしは寂しがりじゃから、いつもぱみゅ子に友達を連れてきてほしいと言っておる。大勢で話すのが好きなんじゃ。読解も同じじゃ!
日本人の友達と文章について話し合うんじゃ
少人数で集まって、文章の意味を議論する
これは、何も現代文だけじゃなく、ソフィアさんが得意と聞いている英語を、みんなに、特にぱみゅ子には優しくな、教える時のやりとり自体が勉強にもなる。
4. たくさん読むんじゃ!
わしも若い頃は本をよく読んだもんじゃ。量をこなすことも大事じゃ!
毎日少しずつでも日本語を読む習慣をつける
今まではアニメで親しんでいたから下地は十分にある。アニメを見る時間を、少し、本にまわすんじゃ。なんなら、マンガでもいいぞ。
ぱみゅ子も小さい頃は絵本から始めて、今では難しい弓道の専門書も読めるようになったぞ。
5. 音読じゃ。
余裕があれば、音読じゃ。わしゃ教科書は嫌いじゃが、名文と呼ばれているものが多く収録されている。全部ではないがのう。
少しずつでも、声を出して読む。これは、大事なことじゃぞ。
実践の手順に行くぞ。
まずは「誰が、何を、いつ、どこで、どのように」という基本情報を取り出す練習じゃ
次に「なぜ」という問いに答える練習をする
そして、練習問題じゃ。
ソフィアさん。基本的に練習問題を解く時は、考える時間を長く取りすぎてはいかん。分らない時は、あっさり解答を見ても良い。だが、時々は制限時間一杯まで考える訓練もしておくようにな。
わしのぱみゅ子は、小さい頃から努力を続けてきた。今では弓道の実力は日本でトップクラスじゃ。読解力も同じじゃ、コツコツ続けることが大事じゃよ。
フィンランドの読解教育と日本の現代文を組み合わせれば、きっと素晴らしい結果が出るじゃろう!わしの家はいつでも開いておる。ぱみゅ子の友達はわしの友達じゃ。いつでも遊びに来るといい。おはあちゃんの作る料理は絶品じゃぞ!
おじいちゃんより
ソフィアはまず、勉強のやり方よりも、何かにつけすぐに杏子に触れるおじいちゃんが面白くて、そして暖かな気持ちになった。
放課後、すぐに杏子にも手紙を見せ、一緒に勉強しようと話し合った。栞代が読んだ時、「誰の口が悪いんだってーの。」ってぷんぷん怒ってた。
一週間前から、弓道部は中間テストに備え、一年生の練習参加を一時停止。彼らは部室の更衣室と部室に分れて自習を行い、練習が終わった上級生たちが合流して教えるという形を取った。
真映は勉強に対する苦手意識を隠せず苦戦していたが、瑠月が根気よく付き合い、時に自分の失敗談も交えて励ました。楓と一華は比較的学力が高く、他の一年生を支える側に回ることもあった。つばめは数学に苦手意識を持っていたが、「まゆ先輩のノートが神」と口にし、参考にして勉強を進めていた。
まゆは静かに全体を見守りつつ、必要な時にはすっと手を差し伸べ、励ましのメモを渡していた。彼女の存在が部の雰囲気をやわらげ、誰もが安心して勉強に集中できる空気を作っていた。
そして、迎えた中間テスト当日――部員たちはそれぞれの不安と向き合いながらも、弓道で培った集中力と仲間の支えを胸に、教室の席へと向かっていった。




