第116話 杏子宅訪問その2
みんな一様に静かになった。
そんなときに栞代が、ぽつり。
「まあ今のおじいちゃんの言葉を分かりやすく言うと、杏子は絶対に嫁にはやらん、と。そういうことだな」
えっ。そうだったの? おじいちゃんの顔見たら、どんぴしゃだったみたい。
「はははっ。な~んだ~っ」
つばめが笑いだした。つぐみそっくりだ。
「おじいさん、わたし、つぐみの妹のつばめです。姉がほんとにお世話になりました」
「いや、一目見たら、分かったよ。そっくりだもんなあ。声までそっくりだな」
おじいちゃん、本当にうれしそう。
せっかくの大宣言が、なんだかちょっとずっこけたけど、冴子部長も笑ってるし、ま、いっか。
これをきっかけに、みんながそれぞれ楽しく話しだした。
瑠月さんが、そっと「杏子ちゃん、ほんとに愛されてるんだね」って言ってくれた。はいっ。
そしたら、栞代がまた、
「そうなんですよ、瑠月さん。おじいちゃんのちょっかいをかいくぐってるからこその、杏子の集中力なんですよ」
って。
もー、栞代ったらまだ言ってる。
そのあと、おばあちゃんにもう一度冴子部長が挨拶して、沙月さんがとっておきの和菓子をだした。
あかねが持ってきた「塩バター羊かん」を見たおじいちゃんは「本当に美味しい紅茶は、どんなお菓子でも合うのじゃ」と自信満々。
強が初体面は、ソフィアだけじゃなくて、一年生は全員そうだから、おじいちゃんとおばあちゃんにちゃんと紹介した。
楓は弓道初心者だから、おばあちゃんと弓について話してた。真映は全然物おじせず飛び回ってる。賑やかで、温かくて、ちょっと騒々しすぎる時もあるけれど。でも、これがわたしの、わたしたちの大切な日常なんだ。ソフィアも、この空気、少しでも感じてくれてたらいいな。
ソフィアが紅茶の感想をおじいちゃんに言ってる。
「杏子のおじいさん、すごく美味しい。こんな紅茶、初めて飲みました」
おじいちゃんはまるで金メダルを獲ったかのように、胸を張った。
「だろう、だろう。これがわしの特製『アッサムの奇跡』じゃ。ちょっとした秘密があってな」
「秘密?」
真映がすぐに食いついた。おじいちゃんは目をキラキラさせながら、声をひそめた。でも、なんか、さっきと全然名前違うじゃない。
「実はな……お茶っ葉に向かって、毎朝『美味しくなれ、美味しくなれ』と声をかけておるんじゃよ」
その瞬間、つばめが首をかしげた。
「あの……それで味が変わるんですか?」
「変わるとも!なにごとも愛が必要じゃ!」
真剣に頷くおじいちゃんを見て、栞代がツッコむ。
「いや、杏子が言うなら効き目あるだろうけどなあ。」
するとソフィアがうれしそうに両手を合わせて頷いた。
「フィンランドにも似たことわざがあります。『愛情が一番の調味料』って」
「おお、ソフィアちゃん、さすが国際派!よくわかっておるな!」
おじいちゃんは一層ソフィアに夢中になり、杏子がぽつりとつぶやく。
「おじいちゃん、にやにやしすきっ」
部屋にまた笑いが広がった。
「杏子、ヤキモチ焼くなよ」
栞代がまたちゃちゃいれてくるので、
「栞代、うるさいよっ」
わたしがむくれると、
「あっ、杏子が怒った。なあ、紬、これぐらい冗談だよなあ」
「それはわたしの課題ではありません」
ぽつりと言うだけなんだけど、この言葉はみんなが待ってる。
新入生も、みんなで笑った。
「そうそう、皆さん、よかったらどうぞ」
おばあちゃんが手作りのかぼちゃパイをテーブルに出す。黄金色に焼きあがったパイが登場すると、真映が歓声を上げた。
「うわぁ!杏子先輩のおばあちゃん、プロみたい!」
「プロより美味しいぞ~。なにせ愛情がぎゅうっと詰まっとるからな」
再びおじいちゃんがドヤ顔で解説するが、栞代が即座にツッコミを入れる。
「おじいちゃん、自分が作ったみたいだな」
おじいちゃんは大げさに両手を広げて抗議した。
「おばあちゃんの愛情はわしの愛情でもあるんじゃ!な、ぱみゅ子?」
「わ、わたしに振らないでよ……」
おじいちゃん、一瞬はっとしたう表情を見せたかと思うと、
「紬さんはどう思う?」
とまた紬に振った。
紬は表情をひとつも変えずに、また呟いた。
「それはわたしの課題ではありません」
「そろそろ晩ごはんの支度をしましょうね」
おばあちゃんがそう言うと、前もって決めていた、お手伝いメンバーが立ち上がる。
お手伝い組、そして途中だけど片づけ組、そして遊び組。笑
全部冴子部長が段取りしてくれてた。我が家だけど、もう全部お任せ。
何をするか、だけはわたしも加わってそうだんしたけどね。
「今日の晩御飯はもう美味しいに決まったもんじゃなあ。」
と、おじいちゃんが宣言したら、いつものごとく、さっそく栞代が、
「おじいちゃんは何もしないけどな」
けれど、おじいちゃんは自信満々に、
「栞代。お前は何も分かっておらん。わしは料理を応援する係じゃ!そしてわしの応援は料理を美味しくするんじゃ。さらには」
「さらには?」
「わしが応援すると、矢も的にあたるんじゃっ。だから、去年同様、鳳城高に行って、みんなを応援するぞっ」
おじいちゃんが力強く宣言した。
「あんまり騒がないようにな」
栞代がきっちり釘を指してた。
「きっと、雲類鷲麗霞さん見たいんだろっ」
「杏子の家族、素敵ですね」
ソフィアがそっと耳元で呟いてくれた。
最後は鳳城高校と鳴弦館との合同練習試合の団体戦の組み合わせになって食事を取った。
わたしは、瑠月さん、栞代、あかね、まゆと一緒のチーム。
今回は珍しく自分たちで立ち順を決めていいってことだから、みんなで考えた。瑠月さんがチームリーダだけど、あかねが一番張り切ってた。わたしもどこでもいいし、瑠月さんもそう言う。もちろん練習試合とはいえ、ちゃんと全力で勝つためにがんばらないと。
でも、わたしはいつも通りにすることしかできない。それに違うこと考えたら、すぐにダメになっちゃうから。
それを知ってるみんなも、わたしにはあんまり何も言わない。いつも助けられてるな。
今回はまゆが頑張って出場するから、まゆが一番大丈夫な位置、ということを一番に考えてるみたい。
それで、栞代、瑠月さん、まゆ、あかね、そしてわたし、の順番になった。栞代も瑠月さんも、まゆを楽にさせるために、きっちりと結果をだしてまゆに繋げるって、めっちゃ気合入ってた。
このあたりがわたしには足らないところだな。むしろ力まないように。力はいると、ほんとにわたしはダメになるから。
夕食後、また片づけ組、掃除組、そして、先攻組に分れて、おじいちゃんの車でみんなを家に送っていくことになった。わたしはずっと車に乗って、みんなを見送る役。
あかねとまゆは、まゆのご両親が迎えにきてくれた。
一番最後が、栞代、紬、ソフィア、の三人。
帰り際、玄関で靴を履きながら、ソフィアがわたしにそっと囁いた。
「杏子、今日、本当に楽しかった。おじいさんも、おばあさんも、みんな、とても素敵。Kiitos.」
その、心からの笑顔を見て、わたしもたまらなく嬉しくなった。みんなで一緒に過ごす時間は、やっぱり、かけがえのない宝物だ。
「杏子、今度はぜひわたしの家に遊びに来てください。わたしの家では全員は無理だけど、せめて、杏子、栞代、そして紬も。」
「ええ、是非」
「わたしのおじいちゃんは、コーヒーが好きで、今日わたしが紅茶を飲むって言ったら、杏子には是非美味しいコーヒーを飲ませたいって」
栞代が「おっなんか楽しくなってきたな。」
ソフィアがそれを聞いてにっこり笑ったかと思うと、紬に向って
「アニメのDVDもたくさんあります。アニメのお話、今度はたくさんしましょう」
それを聞いた紬は、今度はにっこりと笑って呟いた。
「ソフィア、それこそがわたしの課題です」




