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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
105/165

第105話 九一華(いちじくいちか)

新しい絆


道場の片隅で、(いちじく)一華はマネージャーとしての仕事を学ぶべく、2年生の雲英まゆ、秋鹿あかねと一緒に座っていた。窓から差し込む午後の光が、古い木の床に斜めの影を落としている。一華は少し緊張しながらも、真剣な表情で二人の話に耳を傾けている。


「あたしは選手専門だけど、まゆがマネージャーとしてすっごい優秀だから、何でも教えてもらうといいよ。」

あかねが柔らかな笑顔でそう言うと、隣に座るまゆは控えめに微笑みながら、小さく頷いた。杖がそばに立てかけられ、まゆはその手にノートを持っている。


「一華ちゃん、まゆのこと、最初にちょっと話しておくね。」

あかねはまゆをちらりと見て、了承を得るように目配せしてから続けた。


「まゆはね、全身障害があったんだ。小さい頃に大きな病気をして、それでほとんど動けなかったんだけど、すっごい努力家でね。懸命のリハビリで杖があれば少しの距離なら歩けるようにまでなったんだよ。」


一華は驚きの表情を浮かべた。まゆは控えめに微笑み、ノートにさらさらとペンを走らせ始める。

「でも、声がちょっと出しづらいから、話すのが辛い時があるの。だから、こうしてノートを使うことが多いかな。手間でごめん」

あかねがそう説明している間に、まゆがノートを一華に差し出した。そこには丁寧な文字でこう書かれていた。


「あかねはいつも大げさに言うの。でも、ありがとう。」


一華はそのメッセージを見て、思わずくすりと笑った。まゆの表情は穏やかで、努力家らしい芯の強さと優しさを感じさせるものだった。その瞳の奥には、幾多の困難を乗り越えてきた静かな誇りが宿っていた。


似た境遇


「すごいですね…私も、実は小学生の時に足を怪我して、全力で走ることができなくなったんです。」

一華は静かに話し始めた。「それ以外は普通に生活できるんですけど、運動で自由に体を動かせないのは、やっぱり辛い時期がありました。」


その言葉に、まゆがまたノートに何かを書き始める。ペン先が紙の上を滑るかすかな音だけが、しばらく三人の間に流れていた渡されたノートには、こう書かれていた。

「似た境遇だね。だからこそ、誰かを支えられるマネージャーになりたいと思ったのかな?」


一華は少し驚いたように目を見開き、次第に頬を緩めた。少し自分の心を見透かされたような、不思議な安堵感が胸に広がった。「そうですね…その通りです。選手としては無理でも、選手を支えることで自分の力を活かしたいと思ったんです。」


「まゆ、共通点が多そうだね」

あかねが茶目っ気たっぷりに言うと、まゆは照れくさそうに小さく頷いた。


杏子への憧れ


まゆはまたノートにさらさらとペンを走らせた。今度のメッセージには、嬉しい気持ちが溢れているようだった。


「私、杏子にすごく憧れているんだ。

杏子の弓の美しさに憧れて、弓道部に入る決心ができた。

杏子の弓は、勇気もくれる。

だんだん、杏子のようになりたいって思うようになったの。

そして勇気を出して伝えたら、こんな私にも、弓を教えてくれる。

椅子に座ったまま弓を引く方法を、コーチと共に研究してくれてるの」


「あー、それね。まゆ、杏子が好きすぎて、全体練習が終わったら、毎回レッスンして貰ってるんだ。その後、めちゃめちゃ嬉しそうだよね。」


あかねが笑いながら言うと、まゆは少し顔を赤らめ、ノートにさらに書き足す。


「杏子の弓は、本当に美しいから。すぐに九さんも分かると思う。

教わるたびに、もっと近づきたいって思うんだ。


一華はまゆの表情を見て、彼女がどれほど杏子に憧れているのかがよく分かった。その瞳には純粋な尊敬の光が宿っていたそして、そんなにも憧れを抱ける存在が近くにいることを少し羨ましく思った。心の中で、自分もそんな存在に出会えるだろうか。


「あの、私のことは、一華って呼んでください。」


「一華、分かったわ」

あかねが代わりに応える。


そして、「椅子に座って弓を引く…」一華はそっと呟いた。

「そんなこともできるんですね」


あかねが

「まゆは、腕の力もまだまだだから、今そこもトレーニング中。

いつか試合に出られたらいいよね。コーチも、そこはちゃんと公式に配慮があるって言ってたもんね」

まゆはそれを聞きながら

「そこまでは難しいと思うけど、的にあたるようにがんばりたいとは思ってる。杏子にそれを見てほしい」と書いた。


「これだよ。杏子杏子って。むかしはあかねあかねだったのにね~」

と、あかねはいたずらっぽく笑う。

「あかねにはほんっとに感謝してるよ~。これからもよろしくねっ」

いつものバターンだっだから、この文字は、ノートの先頭に書かれていた。何度も使えるように。その習慣には、二人の間に築かれた特別な絆が表れていた。


あかねは、一華の方を向いた。

「でもね、一華も弓を引いてみたいと思うようになるかもよ。もちろんみんなそうで、瑠月さんもすごく綺麗な射型だけど、杏子はほんとに特別。勇気をくれるし、自分もって思う。でも、これが実際にやってみると、めっちゃくちゃ遠いところに居るって分かったりして元気なくなって、でもまた杏子の姿見たら元気貰って・・・笑」


一華は、自分もいつかそうなるのかな、という思いがふと頭をよぎったが、すぐに首を横に振った。


(今はまだ…マネージャーに専念しよう。まずはそこから。)


一華は自分に言い聞かせるように、まゆに笑顔を向けた。


「まゆさん、私も頑張ります。まゆさんみたいに、選手たちに信頼されるマネージャーになりたいです。」


まゆはその言葉を聞くと、ゆっくりと頷き、穏やかに微笑んだ。

これからはもっと充実した記録も世話もできそうだ。


新しい絆


三人の間に、自然と笑顔が広がった。あかねが「これから大変だけど、頑張ろうな」と冗談めかしながら言うと、一華とまゆも笑顔でそれに応えた。


一華は、まゆさんと一緒なら、自分がマネージャーとしてしっかりやっていける気がする――そんな気持ちを胸に抱いていた。


「あ、いけね。私も練習しなくちゃ。」

あかねはそう言って、弓を取りに行った。


その背中を見送りながら、一華とまゆの間には、言葉なき約束が生まれていた。それは、互いの弱さを認め合い、支え合うことで生まれる、新しい強さの予感だった。


道場に響く弓の音が、彼女たちの新たな旅の始まりを告げているようだった。

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