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ぱみゅ子だよ~っ 弓道部編  作者: takashi
2年生
101/422

第101話 新入生

四月の柔らかな日差しが光田高校の弓道場を包み込んでいた。朝露の残る空気が清々しく、杏子は手にした雑巾を少し強めに絞ると、静かに床を拭き始めた。雑巾越しに感じる木の感触は、毎年この季節になると特別に新鮮に思える。「新しい一年が始まったんだなぁ」と胸に染み入る瞬間だった。


木目の一つ一つが語りかけてくるようで、杏子は無心で拭き続けた。弓道場の床は、何年もの間、無数の足跡が刻まれ、幾度となく雑巾で磨かれてきた。その歴史を感じながら、杏子は今年も変わらぬ儀式を静かに続けていた。


新たな季節の訪れ


新学年の始まりは、弓道部にとって最も重要な時期だった。進学校として名高い光田高校では、学業に専念する生徒も少なくない。しかし今年は学校全体として「一度はクラブ活動を経験してほしい」という方針が打ち出され、体験入部の期間が特別に設けられていた。


それでも、全国大会レベルの弓道部である。弓道の名門校ならいざ知らず、普通の進学校でのこの成績は、敬遠要素になることはあっても、試しに入ってみよう、という気軽さかさは、最も遠い場所に居た。


「厳しい修練の場と思われている弓道部に、どれほどの新入生が興味を示してくれるだろうか」


期待と不安が入り混じる春の空気の中、部長の冴子を中心に部員たちが集まり、ミーティングが始まった。弓道場の窓から差し込む光が、真新しい畳の上に集う彼女たちの姿を優しく照らしていた。


「新入生をどうやって惹きつけるか、みんな何かいい案はある?」

冴子の落ち着いた声が場に響くと、すかさずあかねが勢いよく手を挙げた。


「エイプリルフールに杏子を驚かせた、あの仕掛けをもう一度やろうよ!」


突然の提案に部員たちの視線が一斉に集中する。杏子は不思議そうな顔を浮かべた。


エイプリルフールの思い出


つい先日、あかねが中心となって仕掛けたサプライズがあった。エイプリルフールの日、練習中に杏子を驚かせるという計画だ。

もちろん最初に栞代へ相談した。計画を耳にした栞代も、笑いながら賛成してくれた。


「杏子を陥れる計画ではない」ということが伝わったからこそだった。そんなことをしようものなら、栞代が黙っていないことは、弓道部全員が暗黙の了解として知っていた。


エイプリルフール当日、準備運動から筋トレ、基礎練習を終え、的前練習に入る時、あかねは杏子に声をかけた。


「久しぶりにわたしの射型を見てほしいな。まずは、杏子の射型を見せてくれる?」


言葉選びに気を配ったあかねの声には、わずかな緊張が混じっていた。「手本を見せて」と言えば、杏子は照れて「わたしなんか」と言い出し、形だけの説得が必要になる。そんな面倒な展開を避けるための配慮だった。


弓を引く杏子の姿は、やはり群を抜いて美しかった。静寂が場を包む中、杏子の矢が放たれると、的に仕込まれていた風船が破裂し、中から色とりどりの紙吹雪が舞い上がった。


杏子は一瞬何が起きたのか理解できず、再び番えた手を止め、的をじっと見つめた。その表情には、純粋な驚きと戸惑いが混ざり合っていた。


「あれ? なにこれ?」


やっと状況を把握した杏子に、あかねが大きな声で笑いながら言った。

「もっと驚いてよ! エイプリルフールだからさ!

もう杏子は、集中力がすごいっていうか、鈍感っていうかっ」


半ば呆れたように叫ぶあかねの後には、やっぱりきちんとあててくる杏子に、部員たちも拍手と歓声を送った。。

「そもそもが杏子が当てることを前提のプランだったもんな。」

冴子が感心して呟く。


杏子は最初こそ戸惑っていたが、次第に柔らかな笑顔を浮かべた。その表情には、仲間たちの温かさを感じる安堵の色が浮かんでいた。


そこへ遅れて入ってきた拓哉コーチが、場の騒がしさに驚きながら目を丸くした。あかねが事情を説明すると、コーチは苦笑しながらも小言を言い、すぐに掃除を指示した。


「まあ、弓道には合わないかなとも思ったけど、新しい学年に向けて頑張ろうって気持ちにはなれたかな。」

冴子のその一言に、部員たちは皆、心から同意するように笑顔を交わした。


「ガチガチの堅苦しいだけじゃだめか。高校生だもん、時々はな」


拓哉コーチはそんな風に思った。



募集案の決定


「あのエイプリルフールのノリで新入生を呼び込もうっていうのは、さすがにどうかな……」

冴子が苦笑しながら反対意見を述べた。

自分が入部した時の弓道部の様子を思い出して、遊びの要素はあまり入れたくない、と冴子は思った。沙月と瑠月も、黙って頷いていた。


「でもあかね、そうやって意見言ってくれると、とても助かるよ」

冴子は反対しながらも、あかねの積極性を大切にするフォローを忘れなかった。その言葉に、あかねの目が少し輝いた。


最終的に、いつもの練習を見せるという形で新入生を迎え入れることになった。

一見すると議論の意味がなかったようにも思えるが、「いつもの練習の価値」を再確認する上では、大切なミーティングだった。


ただし、杏子を的前に立たせ、弓道の美しさをアピールすること、そして全員が胴着を着用し、凛とした姿勢で活動することを徹底することになった。


「弓道着ってもてるからね~」

あかねが茶目っ気たっぷりに声を上げたが、すぐに自分で突っ込んでいた。

「あ、その割には、おまえ彼氏いないじゃんって、みんな今心で思ったでしょ~」

その自虐的な冗談に、場の空気が和らいだ。


見学者の中で、特に希望するものには、巻藁前で、実際に弓を引く、まではしてもらうことになった。ただし、文化祭のレクリエーションとは違い、姿勢には真剣に細かく教えることを確認した。いい加減に取り組むとケガの危険性もある。弓道の本質を伝えるための、妥協なき姿勢が、そこにはあった。


「あとさ、希望者にはちゃんと伝えるようにしよう。あくまでこれは体験入部の範囲で、実際には、入部してもすぐに弓を引けるわけじゃないって。」

冴子の言葉に、他の部員たちも深く頷いた。夏の大会まで弓に触れない可能性が高いことを理解した上で、それでも本気で続けたいと思ってくれる生徒だけに来てほしい。その思いは全員が共有していた。


新入生たちと


体験入部の期間には、男女とも二桁に届く人数が訪れた。しかし、正式に入部を申し込んだのは女子4名、男子6名。

その中で一際目を引いたのは、小柄ながら鋭い目つきをした少女だった。体験入部の時には姿を見せなかった始めて見る少女だった。


栞代が、

「杏子、去年のこの時だったよな~」

と話しかけた。


「もう一年なんだね。早いね」

杏子の声には、時の流れへの感慨が滲んでいた。


「あの時杏子があんなこと言わなければ、オレも平和にのんびり弓道やってたのにな~」

と栞代が少しイジワルに呟くと、それを聞いていたあかねが後から、

「いや、栞代は結局、絶対に本気でやってたよ」

と口を挟んだ。


それを聞いた栞代は、いつものように紬に振った。


「紬はどう思う?」


「それはわたしの課題ではありません」

紬の冷静な返答に、お約束の展開だと新2年生たちが小さく笑った。それに気づいた冴子部長が注意した。


「ちゃんと聞かないと。去年の3年生と同じだよ」

去年を思い出し、はっとした新2年生たちを横目に、紬は、「それもわたしの課題じゃありません」と小さく呟き、メガネの位置を直していた。その仕草には、彼女なりの照れが隠されていた。


冴子が静かに声をかけた。

「それじゃあ、左端から順番にお願いします。」


指名されたのは、体験入部には来ず、いきなり正式入部を申し込んで来た子だった。


体験なんて生ぬるいものは必要ない、かな。かなり気合入ってるんだろうな。

栞代はぼんやり見つめながら思った。。


その少女は、一礼すると、はっきりとした声で名乗った。

「今日から弓道部でお世話になります。小鳥遊つばめです」

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