第10話 練習試合前の練習
鳳城高校との練習試合まで2週間と迫った。男子も女子も、3年生は帯同しないことになった。彼らは、連休なんだから遊ばせろ、と言ってのけた。
今度の練習試合の成績で、団体戦のチーム編成をする、と伝えたが、そもそも興味がないようだった。
コーチもそのことには特に何も言わず、行きたくなったら、言ってくるように、とだけ伝えた。そもそも説得する気はなかったが、やる気になることを完全には諦めていない風だった。ただ、練習試合に参加しない時は、連休の最後に弓道場に集まって欲しい、と伝えた。
光田高校弓道部からは、三年生が参加すれば、団体戦に男女ともに2チームが出場し、成績の良い方がAチーム、次がBチームと分けられることになる。女子チームには2年生が3名、そして真面目に取り組んでいる3年生が1名、杏子とつぐみを入れると6人。三年生は4名なので、全員が団体戦に出ることが可能だが(1年生はまだ矢を射っていないため除外されている)、チーム編成が問題だった。
真剣に弓道に取り組んでいるのは6名で、予備メンバーを考えれば全員を入れられるが、団体戦は5人制だ。実戦で使うメンバーに絞るとなると1人余ってしまう。
1年生の|小鳥遊と杏子は、既にクラブ内で突出した実力を持っており、メンバー入りはほぼ確実だった。事実上、残る3つの枠を、花音、冴子、沙月、瑠月の4人で競うことになる。特に花音と瑠月には今回の試合が重要だった。瑠月は年齢制限のため最後のインターハイであり、花音はそもそも3年生だから最後の大会だ。
実力的には4人とも互角だ。コーチは「当日の結果のみで決める」と宣言した。一発勝負である。情実は考慮されない。当日の出来不出来、調子が大きく作用することになる。
これはもちろん、実力的には抜きんでている、つぐみと杏子にも言えることだった。試合が一発勝負である以上、選考もそうであるべき、というのがコーチの考えだった。判定基準を他に設けることは、結局情実が入って公平ではなくなる。そう信じていた。
もちろん考えにくいことではあるが、油断したり本気を出さなかったら、選ばれない、ということだ。そして、体調不良であっても、特別な疾病でない限り、配慮はしない、ということだった。
練習試合の意味を全員に伝えたあと、コーチは、栞代と杏子を呼んだ。
「杏子さん、試合も近いことだし、そろそろ的前での練習をした方がいいだろう」
その言葉に、栞代もすぐ同意する。「そうだよ、杏子。やっぱり少しでも多く的で射っておいたほうがいいと思う」
しかし、杏子は少し困惑した様子で黙っている。
すると、瑠月が声をかけてきた。「もしかして、3年生のことを気にしてるの?大丈夫、みんな試合があることも分かっているし、今は何も言わないわよ」
確かに杏子の心にひっかかっていたことではあったが、それだけでは無かった。
実は杏子は、学校の早朝練習の前に、毎日、道場へ通い、矢を使った練習をしていた。栞代もそのことは知ってはいたが、彼女は「でも、やっぱり学校で練習したほうがいいんじゃない?往復の時間も省けるし」と勧めた。
杏子は少し戸惑いながらも、「でも、早朝練習には、中田先生が見てくれるから……」と小声で打ち明けた。さらに、もう習慣になっていて、それを崩したくない気もあった。
「え、そうなのか?」とコーチは驚いた。中田先生とはコーチも長年の付き合いがある。そもそも、ここのコーチを依頼してきたのは、中田先生だ。話してくれてもいいのに。それにしても、杏子がわざわざその自宅の道場で練習しているとは知らなかった。
しかも、聞けば、祖父が車で送迎してくれているという。なるほど杏子の弓は、家族に支えられているんだ、と改めて思った。
コーチは、中田先生と滝本先生に相談し、配慮することになった。
今までは、早朝練習ては、的前に立って練習は出来なかったが、必ず自分が練習に付き添うことでそれを可能にした。試合は団体戦である。杏子も同じ場所で練習する、その時間を多く取る、団体の流れを掴む、ということが必要なのだという判断もあった。
中田先生に連絡を取ると、中田先生も同じことを考えていたようで、何の支障もなく、話は進んだ。それにしても、おばあさんだけではなく、中田先生の愛弟子でもあったんだと、改めてコーチは、杏子の境遇に感心していた。
杏子が学校での早朝練習に参加するようになると、思いがけない効果も生まれた。同じ的前に立つことになった2年生や花音が、杏子にアドバイスを求め始めたのだ。さらには、普段は少し生意気な態度を見せるつくみまでもが、素直に杏子にアドバイスを乞うようになった。
杏子は、「こうしろ」「ああしろ」とは言わず、相手の射の調子が良い時、つまりコーチの指導を受けた直後の射型との、わずかに違う点を指摘する程度だったが、その指摘は驚くほど繊細で、相手が求める限り、どこまでも微細な点を見抜いて指摘してくれた。その的確さに、部員たちは感心しながらも深く納得し、真剣に耳を傾けるようになった。
弓の射型は、実は微妙なものである。初心者がまず身につける射法八節の型はとても素晴らしく、まず身につけるべきものではあるが、弓道の歴史上、数えきれないほどの流派が存在するように、極端なことを言えば、それぞれの理想の型はそれぞれで違う、ということもいえる。
もちろん、これは極端な表現であり、実際は守らなければならない型、そして個性として尊重されるべき型、がある。拓哉コーチは、流派の型を極めるも、葛藤の上、違う型を取り入れ成績を向上させた経験から、射法八節を基本としながらも、それだけにこだわらず、部員の長所を引き出そうとしている。
だから、部員によって、違いがあるのだが、杏子はそれをも完璧に指摘することができた。
コーチが指導し、杏子が支える。思わぬ副産物で、練習試合までのわずかな期間ではあったが、大きく全員が上達していった。




