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希望2

「…何故に諦めておる、多香子。」志心は、多香子に険しい顔で歩み寄った。「回りが必死に主を助けようと励んでおるのに。当の主がそれでは、何のために皆、己の時間を主を思うことに費やしておるのだ。主はそんなに弱い女か。」

多香子は、ムッとした顔をした。

「…弱い強いではなく、我は姉の様子を見ておったからです。姉は一度倒れてその後、しばらくは元気にしておりました。が、すぐに息を切らすようになり、軍務を退いて部屋にこもりきりに。その後、寝たきりになって次の発作が来て、亡くなりました。我は…今、この部屋を出て目の前の庭を少し歩くだけで息を切らせておりまする。月の宮に居ても、やはり悪化しつつあるのが実感できて、覚悟を決めておるだけなのです。」

志心は、言った。

「それでも、主には回復してもらわねばならぬ。何故なら、式に耐えうるだけの体力を戻してもらわねばならぬからぞ。」

多香子は、怪訝な顔をした。

「式?何のお式でしょうか。志幡はまだ幼いし、正神式には程遠く…。」

志心は、首を振った。

「そうではない。昨日、神威より正月から描かせていた絵ができて参った。主と我の立ち姿を描いたものぞ。それを歴代王の間に収めて並べるように命じて参った。」

歴代王の間…。

確か、白虎の宮には歴代の王と王妃の絵姿が、飾ってある部屋がある。

つまりそれは…。

「…志心様、もしかしたら多香子を、正妃になさるのですか?」

王の間には、正妃以外の肖像画は飾られない。

多香子は、驚いた顔をした。

「え、我を?!」多香子は、驚いた顔をした。「こんな病の我をそのような…。」

志心は、多香子の手を握ると、言った。

「主は我の正妃になるのだ。婚儀の式までに回復せねばならぬ。これは我の命ぞ。分かったな。」

多香子は、ふるふると震えていたが、頭を下げた。

「…はい。仰せの通りに。」

だが、その声には必ず従うという気概はなかった。

恐らく、無理だと思っているのだろう。

治癒の神が、誠と共に戻って来た。

「…これを。」治癒の神は、茶碗を多香子に差し出した。「苦味は強いやもですが、お飲みくださいませ。試してみる価値はあるかと思います。」

多香子は頷いて、何も言わずに茶碗の何やら濁った液体を飲み干した。

志心の気迫は、何やら場の空気を気まずいものにしていたが、蒼は志心のためにも、何としても多香子には回復してもらわねばと思っていた。


「多香子を正妃に?」維心が、驚いた顔をした。「志心がそう申したのか。」

誠は、報告のために月の宮から戻ってすぐに、維心の前に膝をついていた。

「は。我も少し、扉の外から聞いただけでありましたが、間違いございませぬ。なんでも、神威様より参った絵姿を、歴代王の間に収めるとおっしゃったのだと蒼様よりお聞き致しました。」

維心は、眉を寄せた。

「…婚儀までやろうと言うからには、志心は本気ぞ。本来、妃から正妃にすると宣言さえしたらそれで良いのだからの。式は後付けぞ。どちらでも良いなら、せぬ方が多い。」

つまりは、志心は多香子をなんとしても世に留めようとしているのだ。

「…哀れなこと。こんな時でなければおめでたいお話でありますものを。麻耶の薬湯が、効けばよろしいのですが…。」

維心は、下を向く維月の肩を抱いた。

「天黎が申した手掛かりから考え出した道ぞ。恐らく、上手くやれば多香子は助かるはず。嘆くでないぞ、維月。希望はあるのだ。」

維月は、頷く。

薬の礼にと、白虎の宮から大量の品が贈られて来た事でも、志心の本気さ加減は分かった。

志心が、やっと愛する妃を見つけたのなら、なんとしても助けてやりたかった。

だが、もしこれが決められたことであり、多香子の寿命であったなら、いくら足掻いても結局はなるようになってしまう。

それが、定められているからだ。

が、天黎がとりあえずでも道はあると示してくれたのだからと、維月は顔を上げて気を取り直した。

どうか麻耶の薬が、効きますように…!


誠は、その事を治癒の対にも話しに行った。

明花が、毎日文献を漁っては難しい顔をしているのを知っていたからだ。

誠が一通り話すと、明花は目を見開いた。

「…なんと画期的な。」と、身を乗り出した。「その薬、成分は?」

誠は、袋に入っていた書付を明花に渡した。

「これぞ。微妙なバランスであるゆえ、調合は麻耶に任せるよりないが、それでも何かの役に立つであろうか。」

明花は、それを手に取って、食い入るように見つめた。

そして、息をついた。

「…恐らく我には、思い付きもしないもの。何しろこの年になるまで、薬草の方は全く学んで来ておらずで、去年よりこの宮の書庫にある僅かばかりの文献を見て、学び始めたばかりで。学べば学ぶほど、奥が深い代物で…麻耶殿について、学びたいとまで思うておったところで。」

誠は、言った。

「麻耶は昔から薬の女神として人にも崇められてあちらで生きて来ておって。恐らくだが、その責務があるゆえ老いが止まり、長くあの地で生きておるのだと思われる。ゆえに、こちらへ来て主らに教えるのは無理であろう…責務を放り出して来ることになるゆえな。どうしてもなら、主らがあちらへ参るよりないのよ。」

明花は、息をついて頷いた。

「…そうなのですね。尚更その深い知識は学んでおきたいと思うのだが…王にそんなに長く、こちらを離れるご許可はいただけまいし。」と、また書付を見た。「これを一晩で調合するなど、かなりの知識。誠に惜しいこと…。」

誠は、言った。

「…ならば王に、長の主ではなくとも、誰かあちらへ学びに参れるように我からお願いしてみようか。若い女神なら、時が掛かってもそれなりになってこちらへ戻り、皆に教えることができようし。」

明花は、誠を見た。

「…まことか。ならば我の一番若い弟子である、奈々ななかを行かせてもらえたら。術は不得手で苦労しておるが、頭の良い子で。あれなら薬草を学んでこちらへその知識を持ち帰ってくれるはず。誠、ならば頼んで良いか。我も奈々花を説得してみるゆえ。」

誠は、頷いた。

「ならばそのように。王に、お願いしてみよう。また結果を知らせに参る。主は、また月の宮へ多香子様を見舞うが良い。もし状態が良うなって施術ができるとなれば、すぐに対応できようし。」

明花は、頷いた。

「では、そのように。王に申し上げて投薬を始めてからの、容態の変化を調べに参る事をお許し頂こう。我も、誠にこれが効くのなら、この病で倒れる者たちを救う事が出来るようになるゆえ。経過を観察したいのです。」

誠は、頷いた。

「では、そのように。」と、踵を返した。「ではの、明花殿。」

誠は、その場を離れて行った。

明花は、いまいち行き詰まっていた治療の方法が、薬草の知識が入る事で広がって行く未来が見えて来て、心が沸き立つ心地だった。

そして、奈々花を呼ぶと、奈々花はやって来て頭を下げた。

「明花殿。お呼びでしょうか。」

明花は、奈々花を見た。

「本日は、訓練場に鍛錬に参っていたはずですね。どうでしたか、止血は上手く行きましたか?」

奈々花は、顔を暗くした。

「…思うようにならず…初音殿に助けて頂いて、こなしました。」

訓練場では、小さな傷は日常茶飯事だ。

なので、見習い達はいつもそこで、治癒術の鍛錬をしている。

明花は、言った。

「…あなたは頭がよろしいのに、恐らく術の扱いが苦手なのでしょう。」と、誠からもらった書付を、見せた。「これが何だか分かりますか?」

奈々花は、頷いた。

「はい、薬草の調合の割合でありますね。明花殿から見せて頂いた、文献にあるのと似ておりまする。」

明花は、頷いた。

「これは、多香子様の心の臓をじわじわと良い方向へ持って行くための薬。」え、と奈々花が驚いた顔をすると、明花はまた頷いた。「そうなの、術ではどうにもならぬのに。薬草ではなんとかなるやも知れぬのです。西の神威様の宮の、麻耶殿が作ってくだされたもので。」

奈々花は、目を輝かせた。

「まあ…!大変な知識ですわ。このように複雑に組み合わされたものは、どの文献にもありませんでした。いったい何がどうなればこうなるのか…興味のあることでございます。」

明花は、また頷いた。

「我もそのように。」と、奈々花の手を握った。「奈々花、折入ってお願いがあるのです。」

奈々花は、驚いて明花を見つめた。

「はい、なんでございましょう。」

明花は、続けた。

「知っての通り、我は去年から、術だけでは救えぬ命があることに、大変に悔しい思いをして参りました。そして、薬草にも目を向けてみるものの、我が宮には基本的な文献しか残っておりませぬ。頭痛に効くもの、腰痛に効くもの、そんな単純なものですわ。我が望んでいたのはそんなものではなく、麻耶殿が作られたような、術を補う薬なのです。ゆえ、麻耶殿に学びたいと思いましたが…我は、こちらの長で。ここを離れるわけには行きませぬ。」

奈々花は、胸をドキドキさせた。

…それは、もしや…?

「…確かに長が離れるなど、王にもお困りになるやもしれませぬから。」

明花は、頷いた。

「ですから奈々花、あなたの頭の良さをかって、もし王がお許しになられたら、麻耶殿について学んで来てくれませぬか。そして、その知識を我らに伝えて欲しいのです。奈々花、これは大変に重い責務です。この宮の治癒の将来が掛かっておりまする。できますか?」

奈々花は、宮の将来と言われて少し、怖気づいたが、しかし明花の手を握り返して、頷いた。

「…はい!我は術は苦手で皆様の足を引っ張ってばかりで、誠にこれでは皆を救うことなどできぬと思うておりましたが、学ぶのだけは得意です。王からお許しが出ましたら、必ず明花殿のご期待に添えるように、学んで参りますわ!」

まだ、二百そこそこの子を。

明花は、西の果てにこんなに若い女神をやるなんて、と一瞬己の非情さに躊躇ったが、しかし奈々花ならやる。

この子は本当に頭が良いのだ。

なので、明花は頷いた。

「頼みましたよ。きっと、薬草の知識をこの宮にもたらしてくれると信じています。」

奈々花は、明花の気持ちとは打って変わってそれは明るく晴れ晴れとした顔で頷いた。

明花は頷き返し、そうして未来を若い奈々花に託すことにしたのだった。

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