薬の女神
次の日、誠は、維心から命じられた通りの品を持ち、神威の宮へと軍神に警護されて向かった。
今回ついて来てくれたのは、正月に神威の宮で仲良くなった、軍神の光葉と頼黃だった。
この二人は、下士官でありながらこの間の試験を受け、見事に高得点を叩き出したらしい。
というのも、受けなかった軍神達も居た中で、これらは任務の合間に書庫へと通い、必死に誠について学んでいたのだ。
元々が頭の良い家系のようで、誠もストレス無く二人に教えることができた。
もしかしたらそこそこ良い得点を取るかも、と思っていたら、軍神の中で30位と31位というかなりの高得点を叩き出し、一気に序列が100位内に上がった。
もちろん、軍神は立ち合いの腕が良くなければ認められないので、義心に特別に鍛えられてその地位まで来たのだ。
そんなわけで、二人はこうして、誠の事を護衛して、二人で遠くまでやって来ることまで出来るようになっていた。
小さな臣下用の輿に乗せられた誠が、じっと外の景色を見つめていると、光葉の声が外から言った。
「誠。」誠が、ハッと外を見ると、輿の布の間から、光葉がこちらを見ていた。「主とはあれからゆっくりと話せておらぬゆえ、礼すらままならず。あの折は、頼黃と二人、主には大変に世話になった。感謝するぞ。それにしても主、突然に凄いの。無位の侍従からいきなり四位になったと聞いた時も大概驚いたが、此度の試験の結果が張り出されていたのを見て、仰天したわ。あの問題で満点だったのは、神世広しと言えども主だけだったではないか。」
誠は、苦笑した。
「…我は、幼い頃より日がな一日書庫に籠るしか能がない子供であったゆえな。こんなことしか取り柄がないのよ。それより、主らこそ大したものぞ。あの数の軍神が受けた試験であるのに…そもそも、受けておらぬ軍神の方が多かったのに、その中で30位と31位など。教えた我でも驚いたものよ。」
頼黄が、脇から言った。
「主が的確なところを押えて教えてくれておったからぞ。だが文章題には手こずった。最後の大問三つは、手を付けることもできずでおったゆえ。それでよう軍神達の中で上位に入れたなとこちらも驚いておる。」
誠は、頷いた。
「あの大問は、そもそも手を付けられた者が文官の中でも少数であった。何しろ、正解が一つではない。やり方が多くあり、考え方次第で答えは全く変わって参る。多くの案件を処理しておらねば、解くのは難しかったであろう。軍神には難しかったと思うぞ。とはいえ、義心殿は答えておったようだがの。」
光葉が、ため息をついた。
「あのかたは誠に何でもお出来になるのだ。我らに特別に稽古をつけてくれて…あれだけの知識があるのに、上位になって皆に指示を出せる立場にならねばと仰って。軍神も、最後には気の量かもしれぬが、結局は技術次第なのだとあの方は申された。お蔭で我ら、98位と100位を賜ることができたのだ。」
頼黄は、同じく息をついた。
「…とはいえ、特別扱いだと妬む者は居ったがの。それらが雑念があると謹慎処分にされた後、義心殿にその心根が悪いのは根っからなのか間が差したのか、精査されておって…龍軍には、心根の悪い神は要らぬと仰って。我らが急にこんなことになったゆえの事であるのに、それらが哀れに思うた。」
誠は、何度も頷いた。
「同族の間で、妬み嫉みがあってはならぬということぞ。我ら文官の間でも下位になるほど多いが、そんな輩は見つかり次第序列を剥奪される。軍神達はその任務に命が懸かっておることが多かろう。ゆえ、更にそんな事があってはならぬという考えぞ。哀れに思うことなどないのだ。当然のことであるからな。」
二人は、頷く。
光葉が、言った。
「…もう、神威様の宮が見えて参ったぞ。」確かに、遠く西の果ての島の中央の、神威の宮が見えて来ている。「雑談はこれまでぞ。」
そうして、輿は神威の結界を抜けた。
輿は、ゆっくりとした速度になり、神威の宮へと降りて行ったのだった。
多くの厨子と共に謁見の間へと通された誠は、玉座の神威に膝をついて頭を下げた。
後ろから、厨子を運んでついて来ていた、光葉と頼黃も膝をついて控える。
神威は、言った。
「よう参った、誠。」
誠は、顔を上げた。
「神威様。我が王維心様より、絵姿の御礼の書状と品をお持ち致しました。お納めくださいますよう。」
神威は、頷いた。
「これへ。」
誠が、傍らに立つ重臣に書状を手渡すと、その重臣はそれを神威へと運んだ。
神威は、それを開いてみてから、眉を上げた。
「…万華か。10も?良いのか、そんなに。」
誠は、頷いた。
「はい。我が王におかれましては大変に絵をお気に入られ、絵師の鴻江殿にも特別な計らいを。特に王妃様のお姿には、これを求めておられたと、大変にお喜びでございました。」
神威は、頷いた。
「それほど喜んでおったなら良かったことよ。して、維心が薬草のことについて聞きたいことがあると。麻耶に会う事を許せということだが、我は良いぞ。好きなだけ聞いて帰るが良い。案内させよう。」
誠は、頭を下げた。
「は!ありがとうございます。」
麻耶の居場所は知っている。
が、誠はそう答えて、案内の侍従について、光葉と頼黃と共に、謁見の間を出て行ったのだった。
時が掛かるかもしれないので、軍神の二人には控えの間に行ってもらい、誠は単独で麻耶の所へと侍従と共に到着した。
侍従が、頭を下げて下がるのを見送ってから、誠は言った。
「麻耶、取り急ぎ先に知らせておいたよの。多香子様の胸の病の件ぞ。それで参った。」
麻耶は、頷いた。
「明花殿の見立てを見ると、かなり深刻な状況。本来なら、確かにもう手立てはありませぬ。が、多香子様は今月の宮にいらっしゃる。もしかしたらと思うて、あれから考えたのですよ。」
誠は、期待を込めて頷いた。
「それで?」
麻耶は、苦笑した。
「洪様ったら、慌て過ぎでございます。」と、後ろの戸の方へと歩いた。「こちらへ。」
誠は、頷いて麻耶についてその戸をくぐって隣りの部屋へと入る。
そこは、壁を覆い尽くすほど高い棚の上に、綺麗に分類された多くの薬草が並ぶ、麻耶の作業場だった。
「…昨夜、御文を頂いてから寝ずに考えておりました。聞けば多香子様は、他の筋肉はとても鍛え上げられていて丈夫なお体で、臓器だけが心の臓のせいであちこちガタが来ておる状態。何もかも心の臓のせいなので、こちらがなんとかなれば良いのは分かっておるのですが、根本的には難しいのです。なので、ここはゆっくりと。肺、心の臓の細胞を整えるための…ようは、若返らせるような効果のある薬を、調合してみました。とはいえ、効果は分かりませぬ。初めて作りましたから。」
誠は、うんうんと頷いた。
「ということは、ゆるりと回復に?」
麻耶は、首を振った。
「回復とて、完全には無理でございます。要は、我が目指しておるのは、施術に耐えられるだけの強さまで戻すこと。今では施術したら心の臓は止まったまま、動き出すのは難しいでしょう。なので、施術出来るまでに戻すのです。できるかどうかはわかりませぬし、できたとしても何年掛かるかわかりませぬ。その間にお命を失うことになるやも。とはいえ、我にはこれしか方法はありませぬ。」
誠は、何度も頷いた。
「八方塞がりであったのに、少しでも希望が見えて王妃様も安堵されるだろう。して、それはそのまま飲めば良いのか?」
麻耶は、首を振った。
「いえ、まずこれを、こちらの匙で3杯、こちらの茶碗1杯分の湯で煎じて朝昼晩と飲ませてくださいませ。必ず、忘れずに。無くなれば、またこちらからお送りします、と蒼様に申し上げておいてくださいませ。」
誠は、頷いた。
「分かった。そのように伝える。」と、それを大切に袖へ仕舞うと、麻耶を見た。「すまぬの、麻耶。文ばかりで会いに参れぬで。」
麻耶は、首を振った。
「いえ。我がそちらへ参れぬのが悪いのですから。我のことはお心おきなく。また、訪ねてくださいませ。お待ちしております。」
誠は、頷いた。
「王からは7日頂いておるのだが、多香子様のお命に関わる事態であるゆえ。我はもう戻る。が、次は非番のときに必ず参る。」
麻耶は、頷いた。
「はい。お待ちしておりますわ。」
誠は、麻耶を一度、強く抱き締めると、その部屋を出て行った。
…昔から、大変にお務めに忠実でいらっしゃる。
麻耶は、その背中を微笑んで見送ったのだった。




