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手掛かり

そんなことがあったが、龍の宮は通常通りに回っていた。

維月は宮の務めの傍ら、洪に助けてもらいつつ、時を空けては書庫へ行って、多香子が苛まれている心の臓の病について調べた。

多香子の病は、生まれつき心の臓の筋肉が、あまり育たない性質のものだった。

とはいえ、幼い頃から適切な運動量を毎日こなし、心の臓中心に鍛えるような動きをしていたら、育つものは育つ。

育たぬ者は無理が掛かって突然に亡くなっていたはずだった。

多香子と貴理子は前者で、運だけでここまで生きて来ていたのだ。

だがそれも、歳を経て筋力が衰えて来ると、真っ先に心の臓がやられてしまう。

何しろ、元々そこが弱いのだ。

鍛えようにももう耐えられる状態ではなく、逆に無理が掛かって死に至る。

術で一時的に回復しても、結局また発作が起こる。

そうして、手立てがなく付け焼き刃で対処療法で過ごしているうちに、段々に衰弱して死に至るのだ。

若い時に発覚していれば、一度心の臓を止めて固定の術を放てば、まだ完治する可能性があった。

が、今となっては、もう衰えてしまった筋肉を元に戻すことはできず、そもそも一度止めてしまった心の臓が、再び動き出すのも難しいと思われた。

もう百年早ければと明花が言ったのは、そのためだと維月には理解できた。

…手遅れなの?

維月は、書物を前に無力感を感じていた。

恐らく父なら、それに天黎なら、まっさらの心の臓を作ることも可能なはずだ。

だが、そんなことはしないのは、維月にはもう分かっていた。

暗い書庫で気の玉が入ったランタンを前に、維月は呆然としていた。

「…多香子とは、主には重要な命なのか?」

突然に間近で声が聞こえて、維月はびっくりして顔を上げた。

するとそこには、天黎がほんのり光って浮いていた。

「天黎様…」維月は、涙目で何度も頷いた。「はい。私の友なのでございます。やっと幸福になったと思うておったのに、こんなに早く世を去るなんて…せめて今少し、平穏に暮らして欲しいと願っておりますの。何とかできぬでしょうか。」

天黎は、困ったように苦笑した。

「…困ったの。主の嘆きと必死な様が伝わって参ると、我も落ち着かぬのよ。とはいえ、我には我の法があり、それは碧黎も同じ。全ては平等であり、多香子だけを助けることはできぬ。ゆえ、主らで何とかするよりないのよ。碧黎が黙っておるのもそれゆえぞ。あれも主を案じておる。」

やはり、と維月は下を向いた。

「…はい。分かっております。でも…どうしたら良いのか、もう何も分からぬで。次元の扉を使って、過去へ渡ることも考えました。が、そうすると未来も変わり、どうなるのか分かりませぬから。昔、それで炎託様が混乱を引き起こして、大変なことになりました。」

天黎は、頷いた。

「その通りよ。なるべくしてなっておるものを、変えてしまえば思わぬ場で面倒が起こって参る。過去を変えようとはせぬほうが良い。」

維月は、頷いた。

「はい…。」

でも、もう手詰まりなのに。

天黎は、そんな維月を見て、息をついた。

「…そうだの…ならば維月よ、正月を思い出すが良い。」維月が顔を上げると、天黎は続けた。「主はそこに、ここから抜け出す手掛かりを得ておるはずよ。」

お正月…?

「…神威様の宮に、皆で参りました。それが?」

天黎は、微笑した。

「それしか言えぬ。そこで起こった全てを思い出すが良い。これは、碧黎も知らぬ。が、あれならこれを聞いて、もしやと思うやも知れぬがな。まあ、思っても言えぬだろう。我らは関われぬ。維心ならば何か分かるやも知れぬぞ?あれに相談してみよ。」

神威様の宮に訪問した時に、何かヒントがあったのだ。

維月は、途端に気力が湧いて来て、立ち上がった。

「ありがとうございます、天黎様!維心様に相談してみます!」

維月は、脱兎の如くその場を離れて奥宮へと駆け出して行った。

それを見送った天黎に、碧黎の声が言った。

《…珍しい。主しか知らぬ事を維月に明かしたのか。》

天黎は、答えた。

「あれが嘆いておるゆえな。主とて落ち着かぬでいたくせに。それに、そろそろあちらから使者が来る。ゆえ、もしかしたら維心なら気付いたやも知れぬこと。」

碧黎は、むっつりとした声で言った。

《いつもなら、放置しておったくせに。我でも気付いておらなんだ。が、恐らくアレだの。》

天黎は、笑った。

「そうアレぞ。そこは言うでないぞ、碧黎。これ以上はの。我にできるのはこれだけぞ。維月が生気を取り戻したゆえ、良かったではないか。」

それはそうだが…。

碧黎は、複雑だった。

何故に、維月を気遣うのか。

だが、それ以上は何も言わなかった。


居間へと駆け込んで来た維月に、維心も報告をしていた鵬も驚いた顔をした。

維月は、ゼェゼェと息を上げながら、慌てて頭を下げた。

「あ、あの、申し訳ありませぬ。至急維心様にお話ししたいことが…。」

維心は、言った。

「これへ。」と、手を差し出した。「鵬の報告が終わったところぞ。問題ない。」

維月は、頷いた。

「はい。」と、鵬を見た。「驚かせてごめんなさいね。あの、洪に後を頼んでおります。私は書庫に居て。私の仕事は洪から聞いて。」

鵬は、頭を下げた。

「は。では御前失礼致します。」

鵬は、その場を離れて行った。

維心は、行った。

「どうした?書庫で調べ物か。何か分かったか?」

維月は、維心の隣りに座りながら、頷いた。

「多香子様の病が、もうどうしようもないことが。」維心が、眉を寄せる。維月は続けた。「でも、八方塞がりで呆然としておりましたら、天黎様がいらして。手をお貸し頂くことはできませぬが、手掛かりをくださいました。あの、お正月を思い出せと。そこに手掛かりがあると。」

維心は、考える顔をした。

「…正月というと、神威の宮へ参ったの。神威は縁を見るが、その中で病に関することなど何も。あれはそもそも、見えても言えぬことが多いし、病を縁で何とかできるものでもないからの。」

維月は、頷いた。

「はい…ですが、そこで起こったことの中に、今の状況を打開する何かがありましたはずなのですわ。言えないが、維心様に聞けと。」

我に?

維心は、息をついた。

何でもかんでも丸投げしおってからに。

「…我とて何でも知るわけではない。」

維月は、頷いた。

「分かっております。が、維心様なら思い付くかも知れないと。」

どこまで我頼みなのだ。

維心は思ったが、うーんと考えた。

「…正月、何をしておったかだの。」と、考えながら続けた。「始めは皆で歓談。いつもの遊び。楽や香など楽しんで酒を飲んだ。主らは茶を飲んでおった。炎嘉が蔵を見たいとか言い出して…皆がそれに賛同し、我も承諾した。椿の縁が前世からのものだと分かり、箔炎が愛想を尽かした。長袴の件で何やらゴタゴタした。皇子皇女達が交流しておった。他には?」

維月は、眉を寄せた。

「…維心様は、門を開いて差し上げましたわね。公明様が、公青様の転生をお知りになりたいと申されて。そこで、観様と煽様とお話致しました。神威様の父君の、譲様がどこやらに転生されておると分かって。」

維心は、頷いた。

「そうだったの。あれらは何を申しておったか…誰が誰なのかとそんな話ばかりで、詳しいことは何も。もしや、その戻っておる誰かが何かを知っておるとかなのか?」

維月は、うーんと唸る。

どう考えても、正月にあった出来事の中で、それらしいことがない。

何しろ、転生して来ていると聞いた者たちは、まだ記憶を戻したとは聞いてもいないし、そもそもみんな王なので、そんな病に対しての対応を、知っているとも思えないのだ。

維心と維月が唸っていると、そこに声が割り込んだ。

「王。誠でございまする。神威様の宮より、鴻江が絵を仕上げたと、王と王妃様の肖像画が到着しました。」

維心は、そういえば、そんな約束をしていた、と答えた。

「…入れ。」

誠が、侍従達に運ばせて大きな布に包まれた板二枚と共に、入って来て膝をついた。

「どちらに運ばせましょうか。」

維心は、答えた。

「そちらの壁際に並べておけ。今考え事をしておって、後でゆっくり鑑賞する。」

誠は、頭を下げた。

「は!」

そうして、運び込んで来た侍従達が出て行き、それについて誠も出て行こうとした時、維心はハッとして誠を呼び止めた。

「…洪。」誠は、振り返る。「そうだ、洪。主は記憶を戻したの。」

誠は、こちらを向いて膝をつき直して、答えた。

「はあ。もうあれから数ヶ月でございますが。」

「違う、そうではない。」誠が何のことだろうと目を丸くするのに、維心は、興奮気味に維月を見た。「維月、麻耶ぞ!麻耶ではないのか、病と言えば、薬草ぞ!」

維月は、ハッとした。

そうだ…!どうして気付かなかったのだろう。

薬草に関して、治癒の者たちはあまり詳しくはない。

皆治癒術を放つので、そればかりを学んで鍛錬し、更に良い術を編み出してそれで対応してきたからだ。

が、最近ではそれに限界を感じて、薬草の知識もと言い出していたのが去年のこと。

もしかしたら、薬草で何とかなるのではないのか。

維月と維心が前のめりで自分を見つめるので、誠は居心地悪く困った顔をしていたのだった。

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