遺伝
維月が治癒の対へとやっとのことで到着すると、義心が既に着いていて、治癒の神達が多香子を取り囲んでいた。
維月は、義心に言った。
「維心様にご連絡を。」と、サラサラと胸から出した懐紙に文を書いた。「これを。急いで。志心様にも、維心様がお知らせくださるだろうから。」
義心は、頭を下げた。
「は!」
そうして、義心はすぐに出て行った。
維月は、難しい顔をする治癒の長に話し掛けた。
「明花。多香子様はどう?」
明花は、維月を振り返った。
「王妃様、恐れながら多香子様には、幼少期より心の臓に病がお有りではありませぬか。」
維月は、え、と首を振った。
「いえ…知らないわ。」
やっと追い付いて来た、綾もゼェゼェと息を上げながら、後ろから言った。
「…お姉様の貴理子様は、心の臓の病でと聞いてはおりますけれど。」
そうだ、そう言っていた。
「…そう、貴理子様は確か、幼い頃から心の臓に病があって、鍛えておられて表に出ておられなんだのに、歳を経て出て参ってあっさり亡くなられたのだと。」
まさか…多香子もなの?
維月がドキドキしながらそう言うと、明花は息をついた。
「…やはり。これは、恐らく遺伝性のもので。その、貴理子様と同じ状態でございます。鍛えておられたのでこれまで表面化しておりませなんだが、このお年になられて出て参ったのでしょう。」
維月は、まだドキドキしながら言った。
「…治せるわね?多香子は、今の今まで元気にしておったのよ。」
明花は、維月を見た。
「王妃様…我の力不足でございます。せめて後、百年早ければ治せたやも知れませぬが…。進行を遅らせる他、手立てはございませぬ。」
そんな…!
維月は、手で口を押さえた。
綾は、もう涙を流している。
寝かされている、多香子の顔色は今、悪くはない。
それなのに、もう治らないと言うのか。
維月が絶句して立ち尽くしていると、維心が物凄い勢いで治癒の対へと窓から飛んで入って来て、そこから次々に志心、漸、義心が入って来た。
「…維心様…。」
維月が、維心に泣きそうな顔で視線を向けると、維心は急いで寄ってきて、その肩を抱いた。
「維月、知らせを聞いてすぐに戻った。多香子は…」と、寝台を見た。「…顔色は良いようだが。」
志心も、急いで多香子に寄って行って、その手を握った。
「…多香子…疲れただけか?」
しかし、維月は言った。
「…心の、臓が…。」
それを聞いて、漸が目を見開いた。
「…遺伝性か。」
それに、明花は頷いた。
「はい。お聞きしましたところ、姉君も同じ病であったとか。我には今、進行を遅らせる術より他、できることがございませぬ。せめて百年早ければ、治療はできたのかも知れませぬが…。」
漸は、眉を寄せて多香子を見た。
「…これの姉は我の母ぞ。母は同じ病で同じくらいの歳の時、命を落とした。」
志心は、目を見開いた。
「姉…貴理子か?貴理子と同じだと?」
すると、その声に反応した、多香子が目を開いた。
「…王。」
志心は、慌てて多香子を見た。
「多香子、気が付いたか。」
多香子は、言った。
「姉上と同じなら、我は長くはありませぬ。志幡がまだ幼いのに…申し訳ございませぬ。」
志心は、言った。
「何を言う。まだ龍の治癒の神に聞いただけぞ。我が宮の者なら何かできるやもしれぬ。諦めるでない、それに遅らせることはできるのだぞ!」
だが、龍の宮は治癒に関して最後の砦と言われていて、ここで治せないのなら、どこでも無理なのは皆、わかっていることだった。
維心は、言った。
「…遺伝性と申すなら、漸、主も今ここで明花に診させておけ。主は今生まだ若い。手遅れにならぬ間に。」
漸は、首を振った。
「我は遺伝しておらぬ。何故ならうちの治癒の者たちが、母の病を知り真っ先に調べたからぞ。伯も、貫も我が調べさせた。あやつらは何も無い。ゆえ、多香子も無いと思うておった。」
明花が、言った。
「この病は女神に多く出るのでございます。詳しくは専門的なことになりますゆえ説明を省きますが、本来多香子様を真っ先に診られるべきでした。」
そんなことは、犬神の宮では知られていなかった。
「月の宮の。」維月は、言った。「月の宮では治癒の効力が格段に上がるのですわ。あちらで治療してみたら、もしや治ることもあるのでは。」
維心は、息をついた。
「…主の気が済むのなら、明花を月の宮へ行かせても良いが…。」
志心が、言った。
「頼む、維心。多香子が命を繋ぐ可能性があるのなら、月の宮へ。蒼に頼んでみる。」
蒼は絶対に断らない。
が、治るかどうかは別の問題だ。
維心は、頷いた。
「では、それで。」と、明花を見た。「明花、月の宮へ多香子と共に参り、出来る限りのことをせよ。」
明花は、頭を下げた。
「仰せの通りに。」
だが、明花の様子から、それが徒労に終わりそうなのは皆が気取っていた。
が、それでも維月は諦められなかった。
ついさっきまで、幸福だと話していたばかりなのだ。
その幸福を、少しでも長く多香子に感じていて欲しかった。
維心はすぐに義心に輿を準備させると、月の宮へと志心、多香子、漸、明花と共に、維月を連れて龍の宮を飛び立ったのだった。
月の宮では、到着してすぐに、蒼に命じられて待ち構えていた治癒の対の者たちが、わらわらと寄って来た。
「維心様!志心様!漸!」
蒼が言う。
やはり月の宮では、知らせなくてもこの事態は伝わっていた。
維心は、維月の手を取って蒼に近寄って行った。
「蒼。迷惑を掛けるの。」
蒼は、首を振った。
「十六夜から知らせて来たのでわかっています。」と、志心を見た。「志心様、多香子を治癒の対へ運びます。そちらへどうぞ。」
志心は、頷いた。
「手間を掛けるの。よろしく頼む。」
志心の乗ってきた輿の方では、明花が月の宮の治癒の者たちと話しながら、もう歩き出そうとしていた。
志心は、急いでそれらに合流して、先に歩いて行く。
漸も、それについてさっさと歩いて行った。
蒼は、維心と歩調を合わせながら、言った。
「十六夜が、空から見てて。今日は満月だから、維月達が野草の花畑で遊んでるって微笑ましげに話してたんですよ。そしたら、宮へ帰る直前に多香子が倒れたって。その少し前から、十六夜はなんか多香子が気になるって言ってたんですけどね。」
維月は、え、と蒼を見た。
「え、十六夜は気取ってたの?」
蒼は、頷いた。
「なんか変な気の動きしてんなぁとか言ってたんだよ。でも、それが発作の前兆なんて知らなかったしね。」
私には分からなかった…。
維月は、唇を噛んだ。
わかっていたら、花畑に行かずにゆっくりしていたのだ。
維心は、言った。
「維月、遅かれ早かれ起こっておったことぞ。本日分かって良かったのだ。明花であるから適切な処置ができ、ああして大事に至らなかったが、悪くしたら一度の発作で突然に亡くなっておったやも知れぬのだぞ。我が言うのもなんだが、我が宮以上に適切に処置できる宮はない。炎嘉もそう申して、白虎の宮に残ったのだ。どの宮でも、己の宮で無理ならこちらへ運んで参る。最後の砦と言われておるからの。」
蒼は、頷いた。
「そうだよ、維月。どうせ起こったことなら、龍の宮に居る時で良かったんだ。うちの治癒の者たちにも先に話しておいたが、あれらが言うにはこっちに来ても、技術的には龍の宮に敵わないから、それ以上のことはできないって言ってたんだ。明花が一緒に来たから、ちょっとは良くなるかもだけど…その、遺伝性の心の臓の病…治すのは、ここでも無理かも。」
維月は、蒼をすがるように見た。
「そんな!十六夜の力が降ってるから、治るの速いでしょ?どうして無理だと分かるの?」
蒼は、息をついた。
「…遅いから。維月、ほんとならもっと幼い頃に亡くなっててもおかしくない病なんだって。それが、軍神家系で鍛えてたから、それを乗り越えたから一旦は長生きして来たけど、きっと同じ家系で乗り越えられてない子達も居ただろうって治癒の神は言ってた。耐え抜いて頑張ってた心の臓も、年には勝てなかったから、衰え始めてこうして分かったってことらしい。この病は、症状が一旦出始めたら治ることはない。それまでに、何とかしてなきゃならなかった。そもそも、だけど、数十年ぐらい前から、息切れとかし始めてたはずらしいよ。多香子は気付いてなかったのかも知れないけど…。」
…軍神は、我慢強い。
維月は、多香子の病に気付いてやれなかったと、大きなため息をついた。
維心は、黙ってそんな維月の肩を抱き、横を歩いていた。




