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花の園で

その一時ほど前、維月は日が傾いて来た庭を見て、言った。

「…そろそろ、王達も宴の席で歓談されておる頃でしょうか。」

綾が、微笑んで頷いた。

「そうですわね。それにしても、夕暮れのお庭もまた美しいこと…。こちらから見える南の庭は、本当に素晴らしいですわ。」

維月は、頷いた。

「庭師たちが我が王の御為にと、毎日励んで作り上げたお庭でありますので…。我も、こちらから見る南のお庭が一番に気に入っておるのですわ。我が嫁いで来るまでは、こちらも花は一つもないお庭でしたのに、我が参って王が、女は花を好むだろうとたくさん植えさせてくれましたの。今では、珍しい野草の花畑なども、東の方にはございますぐらい。本日は月が明るいですし、今から参ってみますか?」

綾は、パアッと明るい顔をした。

「まあ、野草の。外でしか見られぬのに、滅多に宮から出させてもらえないので、そんなものを見ることもできぬのですわ。移動の輿の中から、遠く眼下に見える野草の花畑を、一度降りて眺めてみたいと思うておりましたのに。それが、こちらのお庭にあるなんて。」

維月は、頷いた。

「はい。軍神が、あちこち行った時に見掛けた美しい野草の花々を、持ち帰ってコツコツと作り上げてくれたのですわ。それを、庭師が整えて、今では我の大好きな場所ですの。」

多香子も、微笑んで頷いた。

「ならば参ろうか。夕暮れの庭になど、なかなか出る機会もないしな。月が明るいのなら、また良い風情なのでは。」

綾も、頷いて立ち上がった。

「参りましょう。」

維月は、微笑んで居間の窓を開いた。

「こちらから出ると、近いのですわ。」と、庭の芝へと足を踏み入れた。「さあ、参りましょう。」

維月は自分の侍女を呼んで、東の花畑に行って来る、と言い置いて、三人だけで維心ともよく散歩コースにしている、野草の花畑へと道を歩いて行ったのだった。


歩いている間に、日はどんどんと暮れて来て、東の空には月が満月で現れた。

維月が言った通り、月が物凄く明るいので、開けたその平地には、まるで外の平原のような、花々が咲き乱れる園があった。

綾が、歓声を上げた。

「まあ…!」と、子供のように足を早く動かして、そこへ駆け出す勢いで入った。「維月様がおっしゃる通り…!なんて美しいのかしら!」

維月は、フフと笑った。

「まあ綾様ったら。皇女の昔に戻られたようですわよ?」

維月がからかうように言うと、綾は少し頬を赤くした。

「…まあ、我としたことが。ずっと、こういった所に降りてみたいと思うておりましたから…。」

維月は、微笑んで言った。

「よろしいのです。少しからかっただけですわ。」と、多香子を振り返った。「多香子は軍神だったから、見慣れておるでしょうけど。」

多香子は、首を振った。

「結界内で、落ち着いて愛でられるのは初めてぞ。何しろ、我らは外では常、警戒しておって、花を愛でようなどという心地にはなれぬからな。こうして見ると、誠に野の花も美しいものよな。」

維月は、頷いた。

「そうでしょう?小さな名もなき花達が、懸命に咲いておるのがとても良い風情で。」と、綾を見た。「綾様、もっと真ん中まで行きましょうか。」

綾は、足元を見た。

「…踏まぬように気を遣いますわ。少し浮いた方が良いかしら。」

維月は、頷いた。

「そうですね、踏んでも少々は大丈夫なのですが、気になりますものね。浮いて参りましょう。」

そうして、三人は花畑の真ん中まで行き、その場に座り込んだ。

真ん中は、芝になっていてそこだけ何もないのだ。

花に囲まれて座りたい、という、維月の望みを庭師達が叶えてくれた結果だった。

「…花に囲まれて地面に直に座るなんて。」綾は、芝を尻の下に感じながら、言った。「子供の頃以来かも知れませぬ。」

多香子も、頷いた。

「我は軍神であったので、地面に座るなどしょっちゅうだったが…まさか龍の宮の中で、こんなふうに礼儀も構わずいられる場所があるなど思わなかった。」

維月は、答えた。

「我は…月の宮で育っておりましたし。王はそんな我のことをご存知なので、羽根を伸ばす場も必要だとお許しくださっておりますの。公の場でさえ、きちんとしておれば良いと。寛大な方なのです。」

綾が、頷いた。

「龍王様を誤解しておりましたわ。維月様と仲良くさせて頂くにつれ、本当は大変に自由を好まれる方だと分かって参って…本当は窮屈な想いをなさっておいでなのではと、案じておりましたの。でも、思っていた以上に維月様を理解されていて、お気遣いくださる方なのですね。」

維月は、頬を緩めて頷いた。

「あの方は、大変にお優しい方。でも、世には龍王とは非情で厳格なのだと思わせねば、統治するのは難しいのです。我は、心にも無い沙汰をくださねばならぬ時もある我が王を、癒して差し上げねばと常、思うておりますわ。」

綾は、フフと笑った。

「まあ、誠にお仲がよろしくて。お幸せそうでよろしいこと。」

多香子は、言った。

「誠に、我が知る維月が月の宮でのアレであるから、このような厳格な宮でようやっておるなと思うておったが、龍王様のお優しさを聞くと、幸福そうで安堵したわ。我が王も、よう維月維月と申すのよ。あの方も、もしや維月をどこぞで想うておるのではないかと思う時もある。主はあちこちから愛されておるのだな。」

維月は、慌てて言った。

「多香子、誤解なのよ。我は陰の月だから。どんな殿方も、一度は憧れてしまうこともあるらしいの。でも、そんなものは子供の熱病のようなもので、すぐに冷めて消えてしまうわ。なので、後は母親のような心地で気遣ってくださるようよ。現に志心様が、我に手を出したりしたことはないでしょう。」

多香子は、頷いた。

「そうだの。あの方はそんな不粋なことはなさらぬわな。」と、花々を遠く眺めながら、続けた。「…まあ、別に主を想うておろうと何も思わぬのよ。愛していないわけではないが、今ではあの宮を守る同志のような心地での。それが心地良い。お互いに、幸福であればそれで良いと考えておる。我は、あの方に大切にして頂いておるのが分かっておるし、軍神であった頃彷徨っていたのが嘘のような心地で。これほど穏やかに、幸福な時間を過ごせるなど、考えてもおらなんだ。激しい愛情ではないやもしれぬが、これもまた幸福ぞ。」

維月は、それを聞いて頷いた。

「結局は、穏やかに落ち着いておるのが幸福だと、我も思うわ。お互いに愛し過ぎてしまうと、嫉妬に狂ったりして大変なことにもなるし…。ましてや片方だけが強く思うたりしていたら、それがまた…。」

そこまで言って、維月は口をつぐむ。

椿のことが、頭に浮かんだのだ。

綾が、言った。

「…確かに、愛情とは諸刃の剣でありますこと。強過ぎても毒になり、弱いと強い方が反発して騒ぎになったり致します。我は今、とても恵まれております。我が王は、少々綾綾言い過ぎるところがお有りですけど、それでも一人で出掛けたいと申したら、渋々ながら許してくださる。そこまで鬱陶しい執着ではないので、安心して我も愛しておれますもの。ちょうど良い加減で釣り合っておるのが、上手く行く秘訣でしょうか。」

多香子は、頷いた。

「我もそのように。王があのようであられるゆえに、我は安心していられるのだと思うておるよ。そう考えると、我は幸運であったわ。」

維月は頷いて、立ち上がった。

「…では、そろそろ戻りましょうか。侍女達も案じておるでしょう。戻るのにもまた、半時ほど掛かりますしね。飛べばすぐですけど…なんなら、飛びます?」

綾は、クスッと笑った。

「まあ。庭で飛んだりしたら、宮では大騒ぎですわ。でも、飛びます?」

すっかり開放的になっている綾に、多香子も維月も微笑み返して、浮き上がった。

「飛んで行きましょう。大丈夫、宮が近くになったら降りたら良いだけですわ。」

そうして、三人は月明かりの中、花畑の上を名残惜しく飛んでから、宮の方向へと向かった。

維月は、きちんと宮から見えない着陸スポットを知っていて、そこに二人を誘導して、降りた。

宮の灯りは、もうすぐそこだった。

「さあ、ここから歩いて行きましょう。ほら、見えているそこがもう奥宮の居間ですのよ。」

とはいえ、少し距離はある。

綾が頷いて歩き出すと、多香子がその場に立ち尽くして、動かない。

維月は、振り返った。

「…多香子?どうしたの?」

多香子は、下を向いていたが、答えた。

「…すまぬ、維月、何やら胸が…」と、膝をついた。「急に…。」

「多香子?!」

「多香子様?!」

維月と綾が慌てて多香子の側へと寄ると、多香子は額から冷や汗を流して、胸を押さえて苦悶の表情をしていた。

「大変!」維月は、宮に向かって叫んだ。「義心!義心来て!早う!」

維心は、維月が一人残るので、義心を置いて行ってくれている。

義心は矢のような速さでやって来て、膝をついた。

「御前に。」

維月は、言った。

「多香子様を治癒の対へ!胸が苦しいと…」と!そこで多香子は気を失って、芝の上にどうと倒れた。「多香子!」

「失礼を!」

義心は言ったかと思うとすぐに多香子を抱き上げて、治癒の対へと飛んで行った。

維月と綾はこんな時に飛べないなんてとジリジリしながら、走って宮へと戻り、治癒の対へと急いだのだった。


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