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別居

綾は、やっと戻って来た翠明を迎えた。

寝ていても良かったのだが、椿の事でどうしても話しておきたいと思ったのだ。

いつもなら、何としても早く帰って来る翠明が、こうして遅くなることから、王達とてその件を、話していたのは想像に難くない。

綾は、疲れ切った顔で入って来た、翠明に頭を下げた。

「王。おかえりなさいませ。」

翠明は、頷いた。

「帰った。すまぬの、遅うなった。」

綾は、侍女達がわらわらと出て来るのに手伝われて、翠明を着替えさせに掛かった。

「よろしいのですわ。そちらもお話がありましたのでしょう。我も、王に申し上げておかねばと思うて、こうしてお待ちしておりましたの。」

着るのに比べて、脱ぐのはすぐだ。

翠明はさっさと取り払われた着物を恨めしげに見ながら、寝る前の袿を羽織った。

「肩が軽うなったわ。」と、侍女達が出て行くのを見送って、続けた。「…箔炎殿が戻りとうない様子でな。皆でこの時間まで付き合っておったのよ。が、結局戻らぬわけにはいかぬので、炎嘉殿の控えに参った。椿のこと…あれはもう駄目だ。」

綾は、息をついた。

「…はい。本日の様子を見ても、我もそのように。維月様が退いて見守るようにと諌められても、聞く様子はなく。あの子のためには、離れて居ったほうが良いのではないかと思うた次第です。」

翠明は、深いため息をついた。

「こちらでもそのように。あのままでは箔炎殿自身も参ってしまうし、こちらとしても出戻った娘を世話してくれておったこともあるし、宮へ迎え取った方が良いと思うた。離縁と申すとまたごねるゆえ、とりあえず別居でと配慮してくれておる。明日の節分が終わったら、明後日の朝あちらへ連れ帰ろうと考えておる。良いか?」

綾は、このまま連れて帰るのかと、少し驚いた顔をした。

「それは…それこそごねませぬか?」

翠明は、答えた。

「箔炎殿も言うておったが、別の輿で来ておるだろう。ならば、軍神達にこちらへ運ばせてしまえば良いと思うた。一度あちらへ戻ってしまえば、奥から引き出して輿に乗せることすら大層なことになるだろう。此度、己から出て参ったのだから良い機会なのだ。そのまま宮へ連れ帰る。輿に乗り込んだら、我が結界で内へ籠めて、外に出さぬようにするゆえ。宮まで面倒は起こらぬよ。」

綾は、それでは納得せぬままに戻ることになるのに、大丈夫なのだろうか、と翠明を見上げた。

「しかし王…それでは椿は納得しないままに。美穂のようなことになりませぬか。病んで闇など内に飼うことになったら、それこそ一大事なのでは。」

翠明は、またため息をついた。

「だが、維月が申しても納得せぬのに、誰があれを説得できるのだ。納得させるまでに箔炎殿の方が病んでしもうたらなんとする。とにかく、ここは我に任せよ、綾。これ以上は、せっかく上手く行っておる、宮と宮との間がギクシャクして良いことにはならぬのよ。椿は哀れとも思う…が、あれがもっと己を抑えられていたならこんなことにはならなんだ。これはあやつの選択、自業自得なのだ。」

翠明は、椿の縁の事も前世の事も知っている。

だからこそ分かっていたが、綾にはその知識がないので分からなかった。

が、それを綾に話すことはできなかった。

「…はい。王が仰る通りに。とはいえ、今少しあの子を待ってやっても良いのではとは、申し上げておきますわ。」

翠明は、息をついた。

「宮へ帰ったら、別居であるから時はある。離縁ではないのだ。その間に、いくらでも考えたら良い。」

離縁ではないからと…。

それでも、結局は箔炎に見捨てられたのは確かなのだ。

綾は、前世の娘が不幸になるのかと、悲しみでいっぱいだった。


次の日の朝、節分の祭りが始まった。

とはいえ、昨日会合で会っているので、改めて維心が挨拶を受ける必要もなく、通常の祭りより遥かに自由時間が多い。

維月も、長い時間あの衣装で座っていなくても良かったので、今年は楽だと思っていた。

昨日に引き続き、会合の宮の大広間では宴の席が設けられ、酒が新たに追加されて、楽師達が良い音を奏でる中で、来客達が楽しむのを後目に、維月は昨日より軽い訪問着に着替えて、維心と共に、居間で朝の茶を飲んでいた。

「本日は、上位の王達を連れて蔵へ参る。」維心は、言った。「主はどうする?」

維月は、答えた。

「私は昨日までにしっかり蔵の方は準備を整えさせましたし、動きが遅くて皆様にご面倒をお掛けするのも気がかりなので、妃の皆様とお茶会でもしておりますわ。宮の畳の間にお呼びしようかと思うております。楽器なども、揃えさせてありますので。」

維心は、頷いた。

「その方が良いな。あやつらがどれほど時を使って見るつもりなのか分からぬし、妃は衣装が衣装なので長時間となるとつらくなろう。ならばそれで。」と、茶碗を置いた。「時に維月、昨夜は申さなんだが、椿のこと。翠明が、宮へ連れ帰ると申しておって、それで話がまとまったのよ。」

維月は、え、と顔を上げた。

「…椿様の選択をお待ちするのでは?」

維心は、答えた。

「待つつもりよ。つまりは、離縁ではなく穏便に別居にしようということになっておる。恐らく、まだ椿には言うてはおらぬ。箔炎は控えに戻っておらぬし、侍女達も知っても決して口には出さぬだろう。別の輿で来ておるゆえ、片方を翠明の軍神が宮へ運べば済むことだと、翠明は此度連れ帰るのが一番良いと判断したのだ。そも、宮へ戻して椿に里へ帰れと言ったとて、奥から出すのも一苦労なことになろうが。ゆえ、翠明は箔炎を案じて、此度そうすることにした。別居しているうちに、椿が悟ればもしやというところか。だが恨み事ばかりとなると、その時は二度と来まいな。」

騙して連れて帰るの…?

維月は、さすがにまずいのではないかと思った。

絶望に絶望が重なることで、良い事にはならない気がするのだ。

「…それで霧が発生したりしないかしら…。ルシウスには、もしもの時のために見張っておいてもろうておりますが、普通の場所なら既にかなりの瘴気を産んでおろうと。箔炎様は力がお有りになるから、その結界はそういったものを弾きますし、維心様の結界も同じく、龍の宮で大したことにはなっておりませぬが、翠明様の結界内で、果たして大丈夫なのかと案じられます。」

維心は、うーんと顔をしかめた。

「…確かにの。既にそのような兆しがあるのは初めて知った。それも含めて話し合っておかねばならぬか。」

維月は、頷いた。

「はい。とりあえず、十六夜も母のことなので気を付けて見ておりますが、常にというわけではありませぬ。ご一考を。」

維心は、息をついた。

「困ったものよ。となるとどうしたものかの。…我が節分の趣向に舞っても良いがな。」

維月は、驚いた顔をした。

舞う?!舞うって、破邪の舞を?!

「え!なりませぬ、そんないきなり!神世が大騒ぎになりまする!各宮に通告してからでなければ、何の備えもなしに皆がバタバタと倒れることに!」

あれはチートなのだと蒼も言ってた。

維心は、頷いた。

「分かっておるわ。だが、舞えば一撃なのにと思うたまでよ。もう、大概面倒なのだ。あと数年踏ん張れば、椿はまた浄化の黄泉へと向かう。それまでぐらいなら、我の舞でなんとかなろうと安易に考えたのよ。」

まあ、確かにそれはそうだけど…。

維心が舞うとなると、またその準備で宮が忙しくなる。

それでなくても試験の告示があって、皆大変なのに…。

維月は、とにかく試験を終えるまでは、その話はなかったことにしてほしかった。

が、王達が話し合って、それが一番とか言い出したらこちらの都合など関係なくなる。

維月は、ため息をついたのだった。


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